49 陰謀には陰謀を
織田信行は、
「母上(
ところが
むしろそうなることを見抜いていたかのように、「では持仏堂にでもお
信行は何もしなくていい、全権を蔵人に委任し、全ては蔵人がやった、ということにすればよい。
それは――信行にとって甘露のように思えた。
自分は知らずにやった、自分は知らなかった、と言い張れる。
それは素晴らしい案で、そして義銀にも信長にも言い訳ができる。
「うむ、わかった。では任せたぞよ、蔵人」
信行はつい、その案に手を出してしまった。
心の弱さと言えばそれまでだが、津々木蔵人の策の巧妙さによるものなのかもしれない。
こうして、信行は持仏堂にて「謹慎」するようになり、それは妻子すら入れず、ただ蔵人のみが入ることを許された。元々、蔵人は信行の身の回り等の世話をすることを仕事としていたので、信行としてはこれまでとあまり変わらず、それどころか読経三昧の日々を送れると喜んだ。
「――
蔵人が密かにそう呟いたのを信行は知らない。
そして、そのときばかりは例の貼りついた笑顔でなく、醜悪な憎悪の表情を浮かべていたことを。
*
信長は早速、謀臣である
誰に会ったのか、は特に手間がかかるわけでもなく、わりとあっさりと判明した。
他ならぬ、熱田神宮大宮司の
「守護さまだと? 斯波義銀さまだと?」
そういえば、斯波義銀は清州城を自分に寄越せだの何だの、自己主張が強くなってきている。
信長としてはその
秀隆はこの手の外交的な仕事に向いているのである。
「……で、守護さまと何を話したのか?」
龍泉寺城築城から類推するに、信長に対する何かを企んでいるようだが。
簗田政綱としては、ここからが本領発揮である。
彼は、信行の使いのふりをして義銀の居所に行き、「龍泉寺城は完成間近であり、次は何をしたらいいか教えて欲しい」と聞いた。
すると、「先に言ったとおり、信長包囲網を維持せよ」と、近侍を通して答えて来た。
瞬時に政綱は「自分は信行の家来になったばかり」と近侍に信じ込ませ、近侍から信長包囲網の内容を聞き出した。
「斯波義銀さまと信行だけでなく、岩倉織田家、三河の吉良家、美濃の一色義龍、そして海西郡の服部友貞だと……」
それらが、今川義元の仲介により、斯波義銀を中心として、信長を包囲する網として機能しているという。
中でも信長は、海西郡の服部友貞に注目した。
「服部友貞の服部党の手引きがあれば、海路、今川は尾張に乱入できるではないか」
これは厄介なことになったな、と信長はうなった。
だがまずは信行である。
信行はおそらく、陸路で今川軍を尾張に入れるためか、あるいは目くらましとして、海路の存在を誤魔化すために龍泉寺城を作っている。
「いや待て」
そこまで考えて、信長はまた少しちがう可能性を感じた。
いくら服部党の手助けがあるとはいえ、そう簡単に海上から尾張に入れるだろうか。
知多半島には、水野信元がいる。
むしろ、本命は陸路か。
しかし……。
「だが……これ以上は当面の対処をしてから考えるか。よし!」
信長は家臣たちを集めた。
そして。
「斎藤利治、まかりこしました」
「濃、戯れはよせ」
「失礼しました……ほほ」
最近はすっかり父・斎藤道三の死から吹っ切れた帰蝶である。
帰蝶は道三の死の直前に、斎藤家の家督と「利治」の名乗りをもらっており、それを冗談めかして言ってみたわけである。
そしてそんな彼女の発言に、周囲も笑った。
いるだけで、元気をくれる。
それが、この頃の信長の家臣たちの間の帰蝶への認識だった。
「さて」
信長はかいつまんで信長包囲網の説明をした。
家臣たちからは力攻めの案なり調略の案なりが出たが、帰蝶だけはちがった。
「やはり信行さまでしょう」
「で、あるか」
それこそが信長の望む案であり、しかしそれを採る前に、彼は敢えて家臣たちに話して語らせた。
自分が思いついた案よりも良い案がないか、確かめたかったためである。そしてまた、家臣たちの頭でも、確かめて欲しかったかったのである。
帰蝶もそれを察しており、敢えて家臣たちの様子を見守って、その上で発言したのだ。
「だが濃、信行は持仏堂に籠っていると聞く。それも、あの津々木蔵人が見張っている。どうする?」
帰蝶の回答は単純明快だった。
「一色義龍の策を用いましょう」
「……おいおい」
これには信長だけでなく、周囲の家臣たちも苦笑した。
一色義龍は帰蝶の「兄」であり、弟の孫四郎と喜平次を殺し、ついには道三と敵対していくさにて討ち果たした。斎藤の名乗りを捨てて、より「高位」と称する一色の名乗りを名乗った。
帰蝶にとっては仇と言える存在である。
その一色義龍の、こういう時の策と言えば。
「信長さま、
「…………」
義龍は病と称して孫四郎と喜平次を騙しておびき寄せ、そして斬り殺した。
この信長にも、それをしろというのか。
信長は、そういう目をしていた。
「……説明が足りませんでした。まずは信行さまを出すことが肝要。そのために、
いかに津々木蔵人とて、信行の母である土田御前までは拒めまい。
そして、その土田御前が信行に「出なさい」と言うには、相応の理由が必要だ。
「それが、病というわけか」
「さようです。それと……個人的なことですが、今川義元への仕返しです」
義龍の弟たちの殺害の策は、今川義元の策によるもの。
それと同じ策を用いることによって、仕返しをする。
「かつ、義元に『いい加減にしろ』と言えます」
「で、あるか……よし、秀隆!」
「はっ」
「使いを命ず。わが母、土田御前に、わが病を伝えよ。なお、持仏堂にて蔵人が抵抗するなら、かまわぬ、突破いたせ」
「承知」
河尻秀隆は一礼して、信行のいる末森城に向かった。
秀隆は織田信秀の代から仕える家臣である。
そういう意味でも、信行も無下にできない存在であり、ましてや蔵人がどうこう言おうが、無言の圧力で黙らせることができた。
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