11 萱津合戦
尾張。
稲庭地。
「兵を分ける!」
織田信長は叫んだ。
このいくさ、狙いは人質の奪還にある。
つまり、織田伊賀守と織田信次を取り返すことが目的である。
そのため、兵を分けた。
多人数の軍を、少人数の部隊のいくつかに分けるということは、実は戦理(いくさのやり方)に背くやり方ではあるが、敢えて分けることにより、人質の発見と捕捉を重視したのである。
ただし、信長は、人質がいる可能性の高い場所、つまり守護又代・坂井大膳の軍の主力である坂井甚助のいる
これには、織田信光も共に萱津口を戦うと申し出た。
それだけ、坂井甚助という男は強敵だったからである。
「他の松葉口、三本木口、清洲口の攻める者たちは、人質を見つけたら合図せよ。おれがそちらへ向かう!」
では征くぞ、と信長は愛馬に鞭をくれ、まっしぐらに萱津を目指す。この時、初陣の前田犬千代という元服前の若者が、駆け出したはいいものの、つまづいて転びそうなところを、木綿が手を伸ばした。
「すまぬ」
「……小者に礼など不要」
「それでもじゃ。礼を言う」
犬千代は何となく木綿の隣を走り、そのまま戦いに突入することになる。
木綿藤吉と前田犬千代。
のちに、生涯の友となる豊臣秀吉と前田利家の、その縁のはじまりであった。
*
辰の刻(午前八時)。
萱津口での戦闘が始まる。
ちなみに、この萱津口の戦闘が勝敗を決したため、この戦いは「萱津合戦」といわれる。
「われこそは、守護代・清州織田家家老、坂井甚助なり!」
案の定、坂井甚助の部隊に人質――織田伊賀守と織田信次――がいた。
甚助は伊賀守と信次を清州城へと連れて行くところであったが、あまりにも信長の動きが迅速で、追いつかれてしまったのである。
だが、甚助もまた戦国に生きる武将であり、覚悟を決めて、槍を取った。
「おのれッ。われこそは前田犬千代なり!」
犬千代が果敢にも甚助に槍で挑んだが、軽くいなされて、転倒してしまう。
「うっ」
甚助の槍が犬千代の眼前に。
ところが、横合いから出た金棒が、その槍を弾いた。
「木綿!」
「小者とて、礼を言われれば恩を返す!」
手が痺れた木綿は金棒を取り落としながらも、犬千代の肩を背負って、退いた。
「逃がすか!」
甚助は若僧だからといって手加減はせぬとばかりに、槍を繰り出す。
だが、その槍は一刀で両断された。
「柴田勝家、見参!」
信長が気づくと、隣に平手政秀がいた。
「爺!」
「信長さま、お待たせし申した」
政秀はにこにことして、信長に会釈した。
もしその光景を信行が見たら「鬼が如来になった」とたまげたことだろう。
だが勝家が甚助相手に苦戦するのを見るや、政秀は近くにいた
家忠は泡を食ったように、勝家に加勢しに行った。
「ちゅ、中条家忠、推参!」
勝家は、家忠に同情の視線を向けたが、何も言わなかった。
政秀に無駄口を叩くなと言われたくなかったからである。
「家忠、おれに合わせろ!」
勝家が怒号し、家忠が刀を突き出す。
甚助は器用に槍で家忠の刀を弾くが、そこを勝家の斬撃が襲った。
「う……ぬッ」
甚助が落馬する。
つづいて、家忠と勝家も馬から飛び降りる。
数瞬後。
勝家が家忠の肩を抱いて立ち上がった。
「坂井甚助、この柴田勝家と中条家忠が、討ち取ったり!」
「でかした!」
信長が馬を進める。
信光もつづく。
「今こそ、伊賀守と信次叔父をお救いせよ!」
「かしこまって
これは政秀の返事であり、彼は信光と馬を並べて突進、二人で十数名の兵を蹴散らし、織田伊賀守と織田信次を解放した。
……こうして、萱津合戦は信長の勝利に終わり、このあと勢いに乗って信長は深田城と松葉城へ向かい、両城共に取り戻すのであった。
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