11 萱津合戦

 尾張。

 稲庭地。


「兵を分ける!」


 織田信長は叫んだ。

 この、狙いは人質の奪還にある。

 つまり、織田伊賀守と織田信次を取り返すことが目的である。

 そのため、兵を分けた。

 多人数の軍を、少人数の部隊のいくつかに分けるということは、実は戦理(のやり方)に背くやり方ではあるが、敢えて分けることにより、人質の発見と捕捉を重視したのである。

 ただし、信長は、人質がいる可能性の高い場所、つまり守護又代・坂井大膳の軍の主力である坂井甚助のいる萱津かやづ口をになうことにした。

 これには、織田信光も共に萱津口を戦うと申し出た。

 それだけ、坂井甚助という男は強敵だったからである。


「他の松葉口、三本木口、清洲口の攻める者たちは、人質を見つけたら合図せよ。おれがそちらへ向かう!」


 では征くぞ、と信長は愛馬に鞭をくれ、まっしぐらに萱津を目指す。この時、初陣の前田犬千代という元服前の若者が、駆け出したはいいものの、つまづいて転びそうなところを、木綿が手を伸ばした。


「すまぬ」


「……小者に礼など不要」


「それでもじゃ。礼を言う」


 犬千代は何となく木綿の隣を走り、そのまま戦いに突入することになる。

 木綿藤吉と前田犬千代。

 のちに、生涯の友となる豊臣秀吉と前田利家の、その縁のはじまりであった。



 辰の刻(午前八時)。

 萱津口での戦闘が始まる。

 ちなみに、この萱津口の戦闘が勝敗を決したため、この戦いは「萱津合戦」といわれる。


「われこそは、守護代・清州織田家家老、坂井甚助なり!」


 案の定、坂井甚助の部隊に人質――織田伊賀守と織田信次――がいた。

 甚助は伊賀守と信次を清州城へと連れて行くところであったが、あまりにも信長の動きが迅速で、追いつかれてしまったのである。

 だが、甚助もまた戦国に生きる武将であり、覚悟を決めて、槍を取った。


「おのれッ。われこそは前田犬千代なり!」


 犬千代が果敢にも甚助に槍で挑んだが、軽く、転倒してしまう。


「うっ」


 甚助の槍が犬千代の眼前に。

 ところが、横合いから出た金棒が、その槍を弾いた。


「木綿!」


「小者とて、礼を言われれば恩を返す!」


 手が痺れた木綿は金棒を取り落としながらも、犬千代の肩を背負って、退いた。


「逃がすか!」


 甚助は若僧だからといって手加減はせぬとばかりに、槍を繰り出す。

 だが、その槍は一刀で両断された。


「柴田勝家、見参!」


 信長が気づくと、隣に平手政秀がいた。


「爺!」


「信長さま、お待たせし申した」


 政秀はにこにことして、信長に会釈した。

 もしその光景を信行が見たら「鬼が如来になった」とたまげたことだろう。

 だが勝家が甚助相手に苦戦するのを見るや、政秀は近くにいた中条家忠ちゅうじょういえただに「何をボサッとしておる?」と言った。

 家忠は泡を食ったように、勝家に加勢しに行った。


「ちゅ、中条家忠、推参!」


 勝家は、家忠に同情の視線を向けたが、何も言わなかった。

 政秀に無駄口を叩くなと言われたくなかったからである。


「家忠、おれに合わせろ!」


 勝家が怒号し、家忠が刀を突き出す。

 甚助は器用に槍で家忠の刀を弾くが、そこを勝家の斬撃が襲った。


「う……ぬッ」


 甚助が落馬する。

 つづいて、家忠と勝家も馬から飛び降りる。


 数瞬後。

 勝家が家忠の肩を抱いて立ち上がった。


「坂井甚助、この柴田勝家と中条家忠が、討ち取ったり!」


「でかした!」


 信長が馬を進める。

 信光もつづく。


「今こそ、伊賀守と信次叔父をお救いせよ!」


「かしこまってそうろう


 これは政秀の返事であり、彼は信光と馬を並べて突進、二人で十数名の兵を蹴散らし、織田伊賀守と織田信次を解放した。


 ……こうして、萱津合戦は信長の勝利に終わり、このあと勢いに乗って信長は深田城と松葉城へ向かい、両城共に取り戻すのであった。

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