第001話「冒険者スーファ ①」

 パチパチと木の爆ぜる音が静かに響く。

 うっすらと目を開けると火の温かな光が見えた。

 周囲を見渡すとそこがまだ森の中だと分かる。

 焚火の向こうにはフードを被った人物が一人。

 どうやらその人物に助けられたらしい。

 見知った風景ではない。


 ――やっぱり、夢じゃなかったんだ。


 受け入れたくない現実。そう思うと涙が出てきた。


 ――帰りたい!


 見慣れた街並み、お母さんの待っているおうち、そういえば先日ケンカした美保ちゃんとはまだ話せていないままだったな。今度会ったら謝ろうと思っていたのに……


「お目覚めかいお嬢ちゃん」


 私が目を覚ましたことに気づいたのか焚火の向こうにいた人物が声をかけてくれた。

 声からして女性のようだった。


 ――よかった。言葉が通じるみたい。


 私は身を起こす。


「おおっと、まだ動かない方がいいよ」


 身体を起こす私を気遣ってかフードの女性はコップに注いだ白湯を飲ませてくれた。ほんのりとした温かさが身体に染み渡る。


「ありがとう……ございます」


 私の言葉にその人物は驚いたようだった。


「…………日本語だ」


 彼女はコップを握る私を凝視している。


「あの……何か?」


 私の顔に何かついてる?


「ああ、これは失礼」


 彼女はフードをとる。さらりとした金髪が目を引いた。


「ほう……」


 女の私でさえ見惚れてしまうような、町中ですれ違えば十人中十人が振り返るほどの美少女だった。


「オレの名前はスーファ、冒険者だ」


「オレ?」


「ああ、なんか【わたし】って言いにくくてね」


 恥ずかしそうにはにかむその笑顔も素敵だった。

 こんな人がおなじ学校だったらさぞかし賑やかになるだろう。残念ながら私はその部類には入れなかったが。


「あなたの名前は?」


「十六夜真澄って言います」


「………………………………!!」


 名前を口にした途端、彼女の顔色が変わった。


「いざよいますみ……」


 ススススと私の横に音もなくすり寄ってくる。


「ななな、なんですか!」


 異常なほどの大接近に私はどぎまぎしてしまう。


「そのお名前、その恰好……やっぱり日本人なんですか。いえ、日本人なんですよね!!」


 両手を包み込むように握られる。


「は、はい……そうですけど……」


 そう答えた瞬間の彼女の表情をなんと表現すればいいのだろう。

 

 ――歓喜。


 満面の笑み。感動。至福。

 世界中のすべての幸せをかみしめたような表情で彼女は一言「よっしゃー!」と叫んだのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「ごめんな。なんか久しぶりに興奮してしまって」


 スーファは落ち着きを取り戻しズズズとお茶をすすった。

 茶色の液体でつんと薬草のにおいがした。味は……かなり苦い。


「薬草を煎じたものだよ」


 疲労回復に効果があるということなので、苦いけど我慢して飲んだ。

 スーファは焚火に木の枝をくべてお茶を飲む私をずっと観察している。美少女にジロジロと見られるとこっちが恥ずかしくなってしまう。

 焚火の周りには四隅にお香のような物が置かれていた。

 聞けば【虫除け・魔物除けの香】だという。旅人に必須のアイテムだということだった。是非とも夏のキャンプに持っていきたいアイテムだった。


「あの、スーファさんは冒険者……なんですか?」


 率直に聞いてみる。

 すると彼女は「うん」と頷いた。その仕草は様になっていてなんだかうらやましい。


 ――冒険者。

 

 日本ではゲームではおなじみ、しかし現実の世界でこの職業についている人を私は知らない。

 つまり、この世界は私の知っている世界ではないということだ。


「スーファでいい。みんなそう呼んでいる」


「じゃあ、スーファで、私のことは真澄で」


「じゃあ、そう呼ばせてもらう」


 スーファは嬉しそうにそう呟いた。

 私は先ほどから疑問に思っていたこと質問してみた。


「スーファは日本人なんですか?」


「ん? そうだよ」


 あっさり認めた。

 でも、見た感じどう見ても外人さんなんですけど。めっちゃ美少女なんですけど。

 ハーフ名のかな? 


「もう、いきなりこんな世界に飛ばされてさぁ、見た目も性別も変わっちゃっててホントびっくりしたよ」


 ん? なんですと!?


「えっ? スーファ……男なの?」


「そうだよ」


 見た目は美少女の冒険者スーファはあっさりと素性を明かしてくれた。

 話を聞いてみると彼女(この際彼女のままでいきます)は私と同じようにこの世界に突然移動したという。

 玄関を出てすぐ――という状況は今の私の境遇に酷似していた。


「オレは旅をしながら元の世界に戻る方法を探しているんだ」


 その表情に私は泣きそうになった。


「帰りたいんだ……どうしても……」


 日本に残してきた家族や友人のことを考えているのだろうか。スーファはとても悲しそうな顔をしていた。


「F●6クリアしたかったのに……」


「……はい?」


 スーファの言葉は途中で理解できなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ 


【ファイナルファンタジー6】

 発売は1994年、ファイナルファンタジー「FFシリーズ」はドラゴンクエストに続き日本のRPG(ロールプレイングゲーム)界のビックタイトルとなった。

 以降のシリーズはPS1へと移行した。

 現在もMMORPGシリーズなど様々なジャンルで新タイトルが出ている。

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