戦いの狼煙

 王国は今可能な限りのすべてを用意した。かつての同盟国に魔法大砲と高威力の設置型爆石。兵士全員分の弓と魔法の矢。さらに、マグナの伝手で馬や多くの武器を譲ってもらった。

 そして、新たな仲間も。


「魔法戦略情報特務機関魔法特捜隊、通称魔特隊のカナリアです。マグナからはいつでも逃げていいってことになってるからそこんところは勘違いしないでね。でも、やるからには徹底的にやらせてもらうわ」


 カナリアはかつてマグナが行動を共にした魔法学の研究者。魔法を利用した兵器や乗り物、魔法を利用した様々なものを作っている。


「ミーア、私はあなたに恩義ないけどマグナにはそれなりにあるの。そんなマグナが頼み込んできたんだから力を貸してあげるわ」

「ありがとうございます! その魔特隊というのは存じ上げませんが、きっととてもすごいところなんですよね」

「まぁね。といってもこっちの島じゃあまり名は広がってないけど、大陸のほうではかなり有名よ。それにちょうどこいつの試作運用したかったものがあったから結構いろいろもってきたよ。ちなみに目玉はこれね」

「その円卓は何に使うのですか?」

「あれは魔法戦闘情報コントロール、通称MCIC。魔力や生物反応感知して戦況を把握したり、魔力波を送って言葉を届けられるの。対象を指定したり全体に声を届けることもできるわ」


 試作段階ではあるがMCICはカナリアがとある出来事をきっかけに作った独自の物で、魔法を扱う兵器の入射角や距離、相手の位置などを探り的確に対象を沈黙化させることもできる。もしこれがあらゆる国に配備されたのなら戦いは大きく変化するとカナリアは語る。


「姫様! 大砲、爆石、魔力誘導装置の設置がすべて完了しました」

「ご苦労様。監視を怠らないようにして交代しつつ休息をとって」


 カナリアは兵士の動きに強い違和感を覚えミーアに尋ねた。


「ねぇ、あれって本当に兵士?」

「今は兵士です」

「そういうことね。戦いのために民を育成しているわけか」

「志願してくれた方に限定しています。以前の戦いで多くの兵士が死んでしまって」

「比率はどれくらい? 一万くらいなんでしょ」

「今は一万三千人です。六割は兵士で構成されています。解放した時はもっと少なかったですが各地に遠征していた兵士たちが私の状態がわかるまで潜伏していたらしく、王国奪還後に集まりました」

「まだ動きがぎこちないわね。あれで本当に戦力になるのかしら」

「そのために他国やあなたから兵器を譲ってもらったんです。彼ら彼女らには一番最初に攻撃を面で行い進攻を阻止、魔法の矢で弓による足止め、前線が押されてからは元民で構成された長槍兵と本来の兵士たちが戦闘します」

「なら、私のMCICが重要な役割を果たすわね。作戦はざっくり聞いてる。でも、兵器の使用がしづらい間合いに入られると状況報告くらいしかできないから気を付けてね」

「それでも十分ですよ。ここまで人がいて、ここまで兵器を集められたことさえも奇跡みたいなものです」


 そのどれもが女王が兵士や民、同盟国との関りを深いものにしていたおかげだった。

 

「私はまだ何の力もありません。黄金の槍を手放したら自信がなくなってしまう。お母様のすごさを死んだ後に気づくなんて思っても見ませんでした」

「自信なんてものはあとからつければいいのさ。それに君は本来戦場の真っただ中で旗を掲げ鼓舞するタイプじゃないはず。でも、槍の力でそれができるのなら存分にするといい。少なくとも今回はやるべきだよ」


 崩壊前からの兵士の多くは死んでしまった。四割が元々王国の民だったもので構成されるこの戦いで、士気の低下はそのまま敗北に直結する。どの時代でも城の奥で震える王などに従い命を懸けられる兵士などはいない。兵士を鼓舞できる力、圧倒的な魅力、戦場で共に駆ける、そんな王こそが兵士たちが必死で守りたくなる存在だ。


「私は君に命を懸けられるほど君のことを知らないが、君の魅力は少しわかってきたよ。マグナが手を貸したくなるわけだ」

「マグナさんはあれだけの力があるのになぜ山奥なんかで暮らしているんでしょうか」

「強すぎるが故だよ。自分の力が戦いのパワーバランスを崩すことを知っている。仮に君たちがジャクボウと同等の戦力を保有していたのならば傍観者になっていただろう。彼は自身が興味を抱いたもので、それがなくなろうとしている時だけ力を貸す。名を轟かせる必要も富を欲することもない。詳しくは知らないが、大きな戦いに参加した経験が彼をそうさせているらしい」

「そんな方が力を貸してくれるなんて、運はまだ枯れてませんね」


 そう答えるミーアに対しカナリアは小さく笑った。自身の魅力でマグナを引き入れることができたのを気づいていないさまが、純真無垢な少女のようだったからだ。


 これ以上はないと言えるほどの準備を整え戦いの時を待つスバラシア王国。何も張り切っているのは兵士だけじゃない。民たちも食料を用意したり馬の世話や兵士たちへねぎらいなど、戦えないからこそできることをやっていた。子どもたちでさえも門番に自分の食事のパンを届けたりと町全体が勝利に向かって動いていた。


 カナリアがやってきて二日が経ち、ついにその時はやってきた。

 太陽がまだ顔を出していない早朝に町の空へ照明石が光る。

 睡眠時間が極端に少ないカナリアはすでに起きており専用のMCIC部屋で動きを探っていた。


「かなりの大群ね。でも、まだ全兵力を投入してきたわけじゃないみたい。舐められたものだわ。――全員すぐに配置について。魔法の矢で動きを制御しつつ罠に向かわせる」


 三騎士やミーア、マグナやビートやウィーク、それぞれの場所の主要指示者にはすでにカナリアの声を聞く言霊魔法が施されている。早朝だというのに兵士たちは機敏に動き配置についた。

 町を囲う壁の上からまだ見えぬ敵兵士たちのほうをみていた。壁の上と下には大量の魔法大砲が用意されており、魔法の矢を携えた弓兵たちもほぼ全員集合していた。


「ミーア様、始まります。兵士たちに鼓舞を」


 カナリアの協力で言霊を範囲を町全域に聞こえるようにしてもらいミーアは言った。


「ついにこの時が来ました。スバラシア王国は一度崩壊し全員が苦渋の涙を流しました。しかし、今回は違う。私たちはあの悲劇を乗り越え、以前よりも精神的に大きく成長した。大切なものを奪われ、自由を奪われ、愛する人を亡くした。それは私も同じ。最愛の人物であるお母様を失ったあの日から強くなろうと努力した。自らの足で前へ進もうとしたから、ウィークに出会い、マグナさんに出会いビートに出会いカナリアさんに出会った。そして、お母様が残してくれた信頼のおかげで他国から多くの力を借りた。民は兵士になる覚悟を、兵士は今以上にと、民も自身のできることを全力でと、この王国が一丸となった。負ける未来など一切見えない。――王国の全員に告ぐ、生きて王国の未来を共に築きましょう!」


 民や兵士の声が町全体を包んだ。

 言霊の範囲を再び主要メンバーだけに移し、戦いの狼煙は上がった。


「ミーア、第一設置エリアの爆石が作動したよ」

「えぇ、音が響いてきます」


 爆石の設置を知ったジャクボウは一瞬足を止めたが魔法の矢の長距離射程力により迂闊に止まっていられない。設置エリアから反れた者たちが矢に射抜かれると、捨て身覚悟の特攻で設置エリアを駆け抜ける。


「噂通り強化兵士ね。恐怖を捨て去り命令に忠実。まるで生きた屍よ」


 かつて敗北した相手にスバラシア王国は全力を尽くし挑む。

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