事実を見つめて

 ウィークはジャクボウの動きを探るため領土へと侵入し気づかれないよう行動していた。馬を見えづらい場所に待機させ槍を布に巻き背負い、かつて裏切者を殺した町へと向かう。ローブを被り口元にハンカチを巻く。少し狭い視界で周囲を見渡すと、そこに広がる光景は意外にも普通なものだった。

 そもそもこの町はジャクボウ領土の端にあるためそこまで重要な場所ではない。駐屯地として使われていた場所は、ボルトックの電撃の影響でほとんど壊滅状態であり現在は無人状態。


「旅人ですかな」


 一人の老人が声をかけてきた。


「あぁ、少し立ち寄ってみようかと」

「ワシはここの町長をしているジバラです。大したものはありませんがゆっくりしていってください」


 以前のように旅人に対し異常なまでの好意を押し付けるのではなく一般的な町の姿。あの後のことが気になっていたウィークにとって喜ばしいことだったが、それだけではなかった。


「いいもん! 勝手にやるからさ!」

「待ちなさい! 外は危険なのよ! って聞いてないんだからもう」


 十歳程度の少女は木の棒を持って町の外へと出て言った。母親はそれをみて大きなため息をついた。


「どうかされましたか」

「い、いえ。その、娘が兵士になるって聞かなくて」

「まだ幼いのになぜそのようなことを」

「以前、この町で戦いが起きてしまったんです。いまは事実上支配から解放されましたが、少し前までジャクボウ王国に支配されていて、二人の槍をもった男女が兵士たちを次々と倒していったんです。ですが、その光景はあまりにも悲惨で、弱いままではいずれ自分も殺されてしまうと思ったのか、自分で槍に見立てた棒を作って練習しているそうなんです」


 以前起きた戦い、それは紛れもなくミーアとウィークによるもの。あの時ウィークが行った大量の殺しを少女は見ていたのだ。ふと、周りをみるとすぐ近くに広場がある。


「強くなろうとするのはいいことなのですが、あの子はまだ幼い。下手に強い意志を持てばいずれは屈折したものになる。私はそれが怖くて」

「俺が見てきます」

「でも、あなたは旅人でしょう。そこまでしなくても」

「責任を取るだけです」


 そういうとウィークは少女を追いかけた。


 少女は川辺で棒を振っていた。ブレている重心にまだ華奢な体。ド素人以下の動きだったが、そこには信念のようなものがあった。

 ウィークはフードを取り髪を一つ結びにして少女に声をかけた。


「それでは癖がついて戦えないぞ」

「……だれ?」

「しがない槍使いだ」

「そう。私のことは放っておいて。別に理解する必要ないから」

「まぁ、そういうな。力を手にするには人の手を借りることを拒んではいけない」

「だったら見せてよ。あなたの腕を」


 川辺に落ちている枝を手にしウィークは構えた。


「ふざけてるの? そんなんじゃ私の棒を受け止めることさえできないじゃない」

「試してみろ。現実は想像しているよりも遥かに強大なものだと思い知る」

「ケガしても知らないよ!」


 少女は全力で棒を振るった。人に当てるというのにまったく力を緩めておらず、意思の強さ、自身の強さの証明をしたいという思いが先行していることがわかる。

 だが、ウィークもそれに対し容赦はしなかった。木の枝で受け流すと少女の頭へと枝を叩きつける。枝が折れたことでさほどの痛みは発生しなかったが、リーチの差と武器の差がありながら一瞬で反撃を受けたことに少女は憤りを覚える。


「も、もう一回!」

「何度でもいいぞ」

「舐めないでよね!」


 何度も、何度も、何度も。少女は棒を振るった。今まで一人で強くなろうと頑張っていたのだろう。手元は淡い赤色で染まっていた。手の豆がつぶれ血が出てきていたのだ。

 だが、少女はそれでも手を緩めない。痛いはずなのに、疲れているはずなのに、負け続けて辛いはずなのに、愚直なまでの強くなろうという思いが少女を突き動かす。


 そんな少女の姿を見てウィークは使命感に駆られる。このままではいけない。その先にあるものが悲惨な現実であることをわかっていた。

 愚直な強さも、純粋な優しさも、どこかで崩れる。今ここで少女を止めなければ後戻りはできない。

 あんな悲惨な現場を見せてしまった責任を取るため、ウィークは攻撃を受け流すと、力を入れて少女の背中を蹴った。

 川に落ちる少女。背中を蹴られた衝撃で呼吸が一時的に止まりパニックに陥る。想像していたよりも深い川はパニック状態の少女を引きずり込むようにまとわりついた。

 死が過った瞬間、ウィークは川へと飛び込み少女を抱きかかえた。

 川辺に戻り少女は必死に呼吸を整える。


「これが現実だ」

「わかってるわよ。現実だから、それに抗おうとがんばってるんじゃない!」

「同じだ」

「何がよ」

「俺も君と同じだった」

「何を言いたいの」

「俺はかつて王子だった。親を殺され復讐に精神を飲み込まれ、相手を殺した。だが、その先に待っていたのは深い闇だ」

「どうして? 目的を果たしたのにさ」

「無意識なんだ。奴らを殺せば自身の心も晴れ晴れとするだろうと。だが、本当は違った。俺が求めていた本当の目的はもう一度母親に会うこと。でも、そうなると復讐で殺したところで蘇りはしない。俺らが表層で思い描く目的と、実際の目的。同じじゃないんだ」


 少女がこの先、今のまま突っ走ればどうなるか。強さを求めるあまり過酷な世界へ歩みを進めることになるだろう。だが、次第に強くなる目的を忘れていき、地獄のような日々に嫌気がさす。

 超えられない壁に出会い今までの人生が無駄だったのではないかと絶望する。

 これはウィークも似たような体験をしているから想像できる。力を手にし、殺しの覚悟持った先にあったのは異常なまでの罪悪感。母親を殺した相手に復讐する。なんらおかしい行為ではないはずなのに、正当化さえできるのに、ずっと心の中に靄がかかる。


「だったら私はどうすればいいの……」


 ウィークはローブを脱ぎ髪をほどき、口を覆っていたハンカチを外して素顔を見せた。その姿に少女は驚きを隠せない。


「あ、あんたはあの時の!」


 棒を握り今まで以上に力強く振るうが簡単に受け止められてしまう。


「あんなことしといてなんでそう平然とできるんだ!」


 しかし、少女はすぐに気づき棒を落とした。


「ど、どうして。なんでそんなに悲しそうな瞳をしてるの……」

「これが殺しに飲まれた人間、強さだけを求めすぎた人間の末路だ」

「そ、そんなの嘘だ。私が目指そうとしているのがあなただとでもいうの」

「道はどうなるかわからない。強さを守るために使う者たちもいる。強くなることはいいことだ。でも、強くなるという目的の先に、さらなる目的を見つけなければ、君もいずれこうなる」


 少女は落胆しその場に膝をついた。


「絶望するにはまだ早すぎる。これから俺は責任を取るために戦う。そこで証明しよう。末路の先にも、まだ道が作れることを」

「あんたは私が想像しているよりも多くの人を殺してきたんでしょ。そんなのどうやって責任の取るの?」

「やり方はよくわかってない。まだ模索している途中だ。でも、これから起こる戦い。俺はある少女にすべてを捧げる」

「それは誰なの」

「スバラシア王国の女王になる存在。ミーアだ」


 そういうとウィークはその場から去った。

 少女に何かを教えようとしていたのに、話している内に自分がやるべきことを再認識していた。


「まって! まだ私は何にもわかっちゃいない! だから、戦いが終わったらまたここに来てよ。責任を取るって言うのなら、私が間違った道に行かないようにしてよ」

「……わかった。きっと戻るよ。それまでに自己流で学んでおけ。同時に目的を探すんだ」


 果たせる約束かもわからないが、ウィークにとって生きる新たな目的。

 義務感ではなく使命感を知り、戦うために王国へと戻った。

 門の前ではミーアが待っていた。


「遅いじゃないの! 今日は作戦会議するって言ったでしょ。これだけ遅いってことはそれなりに情報を集めてきたんでしょうね」

「多少はな。……ミーア」

「な、なによ。急に改まって」

「この戦い、絶対に勝つぞ」

「あたりまえでしょ。ほら、みんなが待ってるわ」


 過ちが消えることはない。

 大事なのは過ちを犯したあとにどうするかだ。それには決まった答えなどなく、悩み続けることだろう。

 だが、悩み続けることもまた過ちを犯した者のやらなければ行けないことであり、その先に進むこともまたやるべきことなのだ。

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