兵力差
王国を奪還しあと、三日かけてすべての建物や壁を黄金の槍で直したミーアは自室のベッドで寝ていた。すでに太陽は真上にあり、兵士と民が訓練する声がかすかに聞こえる。槍を何度も使ったことにより体力を消耗したミーアはいまだ起きれずにいた。
そこにレイがやって来る。
「ミーア様、大丈夫ですか?」
「まだ体がまだ重いわ」
「あれだけのことをやったのですから仕方ありません。ですが、今後のことについてマグナが話があると」
「マグナさんが?」
「えぇ、戦いのことに関してです」
「……わかった。部屋に集めといて。すぐ行くわ」
「承知しました」
レイが部屋を出ていきミーアはゆっくりと重たい体を起こした。槍の力を使っても今までは何ら異変はなかった。魔力を使わずとも槍の力だけでも十分戦えたからだ。しかし、槍の力は強大で、今の自分には手に余ることを知った。導きではなく意志で強引に使うとそれだけ体力を消耗するのだ。
その仕組みは一切不明だが人の手には余るということだけははっきりと理解出来る。
「ナーバスになってちゃだめだわ。これからが本当の戦いなんだから」
玉座の間へいくとすでに三騎士とマグナにビートが集まっていた。柱に背を預けたウィークの姿もある。
「ミーア様、あちらへ」
「玉座に?」
「そうですよ。あなたはこの城の女王となる存在なのですから」
「そうか、城があって国あるんだから姫のままじゃいられなくなるのね」
かつて母親が座っていた場所に座ると、なんとも言えない不思議な感覚が身を包む。数段高いこの場所から立っている人々の姿を見ると、嫌でも自分が地位の高い存在になったことを自覚する。責任を背負い、言葉を求められ、一言で王国の命運が変わる。心臓の鼓動が早くなる。だが、深く深呼吸をしてミーアは言った。
「マグナさん。お話を聞かせてください」
マグナはミーアの不慣れに座る姿を見て、小さく笑みを浮かべたのち答えた。
「そちらの三騎士や兵士の情報から計算したところ、戦闘に参加するであろう相手の兵士は十二万。対してこっちは民を合わせて一万と言ったところだ」
「かなりの差ですね……。現実的にこれを覆せるのでしょうか」
「勝てない戦いというわけではない。かつて俺が若い時、十二倍の兵力差のある戦いで勝利するのをこの目で見ている」
「その時の兵力はどれくらいだったんですか」
「二千対二万五千」
「そんな少数でどうして……」
「当時は豪雨だった。雨に紛れ敵陣に接近し、最後には大将を討ち取った」
「大将を討ち取れば兵士たちが生きていようとその後の恩恵はなくなる。士気は低下し戦いを放棄する者が大半というわけね」
「この時代は俺が戦った時代と大差はない。基本的にトップが下に何かを与えることで士気をあげ従えさせる。特にジャクボウは兵士たちに自由にやらせ成果をかなり重視するタイプだ。戦いへの動機が恩義ではなく、報酬ならば大将を討ち取るのが得策」
事実これはスバラシア王国を含め多くの王国が同様に抱える問題。スバラシアの兵士たちの中には女王が死んでもなお戦い続けた者もいるが、その先の未来が見えないとなると士気は下がる。スバラシアが崩壊した原因の一つは女王が早期に殺されてしまったこと。
「でも、それは向こうも同じなのでは」
「どうかな。ウィークほど素早く敵陣に攻め込む馬鹿はそうそういない。ウィークの話によれば一人だけウィークの後に続いて城へ侵入したやつがいたらしいが、あくまでそれはウィークが切り開いた道があったからだ。この戦いに関しては差ほど城への侵入は気にしなくていい」
「でも、マグナさんの言う戦いは攻め、私たちは守り。それに、天候が崩れるのを待っていることもできない」
「だが、秘策はある。君を前線に出すことだ」
「わ、私を!?」
マグナは黄金の槍に力の多くを知っている。ミーアがバリアを張り兵士を癒し建物を直したことから思いついた策だった。兵力差があるということはそれだけ一人の人間が戦わなければいけない兵士の数が増える。仮にうまく立ち回れたとしても体力だけは嫌でも取られてしまう。救護隊を作れるほど余裕のない現状で、唯一広範囲で守りと治癒、さらに武器の再生を可能とするミーアは本人の体力が続く限り無限の兵力を生み出す存在にも等しい。
ミーアもその提案に乗り気であったがレイが割って入る。
「いけません! 前線では矢も大砲も飛び交う。兵士の回復をしている間に狙われる可能性があります。そのような姿を敵兵が見たならば優先してミーア様を狙うことでしょう」
「だったらそれでいいだろ」
「貴様! ミーア様を見殺しにするのか!」
「敵兵が一か所に集中したならば、こちらの攻撃も当たりやすい。その上、こちらの兵士を維持しながら戦える」
「だが、もしものことがあれば!」
「少しでも完璧なことをしようとしたら少数勢力は負ける。完ぺきではない策に賭けるのが少数側の戦いだ」
拠点制圧や手薄な場所を攻めるのなら、地形や天候を利用し様々な可能性を模索できる。だが、今こうしている間にもジャクボウが攻めてくる可能性がある以上、できることはそう多くない。
ボルトックはマグナに疑問を問いかけた。
「レイが言っていることもわかる。だが、マグナの言っていることも一理ある。ただ、仮に前線を押されたらどうするつもりで?」
「町で戦う」
「もう一度町を戦火に包むと? 民の暮らしはどうなる」
「ミーアが直せる。これからの戦いは王国の再起をかけたもの。そんな中、建物の一つや二つ、いや、町がダメージを受けることを少しでも回避したいと思うのは傲慢ではないか? 傷を負う覚悟がなければ倒せんぞ」
マグナの言っていることは正しかった。この戦いの勝敗がこの国の存在そのものを決定する。犠牲を前提とした戦いなのだ。
しかし、マグナの言っていることには不確定要素もある。それは王が戦場にやってくるのかという点だ。ミーアは槍の力を使うため前線へ出ることになったが、本来そんな危ない場所に国の主が来るはずがない。そもそも、相手は侵攻なのだから余計にやってくる理由はないはずだった。だが、それに対してウィークが答える。
「ジャクボウの傭兵としてスバラシア王国を崩壊させた時、王は近くまで来ていた。奴は悪趣味な奴だ。もう一度滅ぼし完膚なきまでに叩き潰すだろう。ならば確実に来る」
「でも、今回はどうかしら。私たちの兵力が低いのは向こうもわかってる。相手からしたら片手間のつもりで興味を失っているかもしれない」
「そんなことはない。俺が知っている限り奴は三度戦場に姿を現している。そのどれもが対象となる国を崩壊させ支配する時だ」
「三度? ウィークは傭兵として戦果を上げているけど、ジャクボウがここ数年で支配したのはこの国だけでしょ」
「ジャクボウの王としては一度だ。だが、あいつは精神を別の人間へと移せる魔法を使える。俺の国を崩壊させた時、俺が復讐をした時。そして、ジャクボウの王となってスバラシアを崩壊させた時だ」
「精神を移すってそんなこと……」
ウィークは情報共有のためにかつて自分が見た出来事を話した。
ウィークのいた王国はスバラシアと同様に侵略をせず同盟を結び友好関係を保つことを重視していた。しかし、少しずつ同盟を広げる姿をよく思わなかったナキーア国が同盟の中心となっていた王国に侵略戦争を仕掛けた。その結果、王国は崩壊しウィークは一人になる。豪雨が降りしきる中、ウィークは離れた場所から、たくさんの兵士に囲まれ勝どきをあげる王の姿を目撃した。
マグナの下で修業を積み、漆黒の槍を盗んで復讐しにいくと、王は満面の笑みで答えたという。
「お前の顔を覚えたぞ。ウィーク・レイハント。次あった時はお前を殺してやる」
死に際の言葉にしてはあまりにも奇妙だった。呪い殺すのか、霊体となり殺しに来るのか。そんなことを考えたこともあったが時は流れ、ウィークは槍を満たすために傭兵として活動を始めた。そして、死に対してあまりにも冷酷になったころ、スバラシア王国を支配する話を持ち掛けられ多額の報酬で請負って女王を殺した。
その成果は大きく称えられたが最終的に裏切られることになる。
「裏切られた時、その場にジャクボウの王がやってきていた。俺に殺される危険があるのにも関わらずだ。そして奴は言った。『言っただろう、次あった時は殺してやる』と。満身創痍の中なんとか逃げることができた。どうやってにげたかもよく覚えてない。だが、あれが奴だったことだけはわかる」
「で、でも、一体どうやってそんな芸当ができるの?」
「奴は一部の兵士や騎士に刻印を押す。表向きの意味としては成果上げた者に対し信頼できる証として首の後ろに刻印をするんだ。奴は死んだ瞬間、刻印を付けた生きた対象がいればそこに意識を移動させる。その後どのようにして王になったかはわからいが、ジャクボウはスバラシアのように王座を受け継ぐのではなく、王が次の王を決める。おそらく気に入られた後に殺したのだろう」
「だったら何度倒しても意味がないじゃない」
「刻印はそんなに頻繁につけられるものではない。それだけ魔力を消費するからだ。だが、師匠が言っていた大将だけを仕留める作戦は一時的な決着はできるが、奴なら復讐しに戻ってくるだろう」
この事実はミーアにとってつらいものだった。偽善かもしれないが犠牲者を一人でも減らしたいという思い。だが、半ば全員殺すつもりで戦わなければ刻印による移動を阻止できない。
「悪趣味なやつだな。まぁ、それならそれで戦いようはある。でも、武器が必要だ」
「ボルトックとウォースラーが他国から物資の手配をしています。それらでどうにかなりますか?」
「もっとだ。設置、砲撃、投擲、それらを駆使すれば時間稼ぎになる。奴らと戦うためには最初にどれだけ時間を稼げるかがカギになる。王が前に出てきたくなるくらい戦場をかき乱すんだ」
「ですが、これ以上は今の国の状況では」
「俺に当てがある。三日以内に手配しよう。それまで奴らの動向を逐一確認して置いてくれ」
圧倒的な兵力差の防衛戦。完璧な策などなかったが、それでも戦うための準備は着実に進んでいた。
ジャクボウ王国では王が戻り不在期間中に起きた異変のすべてを聞いた。
「奴は生きていたか。それにスバラシアが復活。楽しくなってきたじゃないか。奴らはかつての同盟国に力を借りるだろう。だが、この国を正面から相手するのは他国も二つ返事で答えられるわけがない。兵力差ゆえに増援としてではなくあくまで兵器を渡すだけ。ならば見せてやろうではないか。こちらの新たな力を、俺の力を」
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