川の流れは世界を映す

 ジャクボウ兵士たちを退け陽が落ちたころ、ウィークは森の川辺へとやってきていた。槍を前に突き出し禍々しい本体をじっと眺めている。すると、そこへミーアがやって来た。


「こんなとこにいたのね。こっちに来ればいいのに」

「俺が君らの国を壊した。さすがに居づらい」

「案外そういうとこ気にするんだ」

「おかしいか」

「ううん。やっぱりそういう性格なんだなって。マグナさんからいろいろ聞いたよ。元々王子だったんでしょ」

「余計なことを……」

「いいじゃない。減るもんじゃないし。それに、あなたのことが知れて少しだけ嬉しかった」

「なんでだ」

「さぁね。私にもわからない」


 二人は座って川の流れを見つめていた。空には満月が輝いており夜だが周りがはっきりと見えるほど鮮明に照らしている。川は形を常に変え、一瞬たりとも同じ形にならない。常に動き続けている。二人はそれをじっと眺めた。


「君がやろうとしていることには大きな責任が伴う。それを理解しているのか?」

「兵士たちの殺しを背負うのは女王の定めよ。ただ、モンスターを殺せたことだけが引っ掛かっている。人とモンスター、私にははっきりとそれを区別することができた」

「なら、大丈夫だ。君は少なくとも俺よりはうまくやれる」

「ウィークはモンスターも殺せなかったって聞いたわ」

「昔の話だ」


 目的もはっきりとしない他愛もない会話だが二人はこれを小一時間つづけた。続ける意図があったわけじゃない。自然と二人は会話していた。お互いのことを中心に、王国のこと、傭兵のこと、槍のこと、戦いのこと、殺しのこと。

 お互いの意見や思いを交わすことで、漠然としていた見えないものがおぼろげであるが見えるような気がした。


「俺らは答えを急ぎすぎたのかもしれないな」

「どういうこと?」

「魔法学者は老後に絶望するとよく言われる。それは、世界のすべてを解明しようとすると、嫌でも神の存在に到達してしまうからだ」

「神はいるかもしれない。でも、それを一旦外すし人間の領域で考えるのが学者の役目なのに?」

「そう思いたいが知識を得ると後戻りはできない。その結果、あまりにも世界には解明できないことがたくさんあることに気づくんだ」


 二人の持つ槍はかつての戦争で使われたもので、最後にこの森を形成したとされている。破壊のあとに創造が発生したのだ。しかし、その根源。槍がどうやってできたかはマグナも知らない。ただ、そこにあって、それを取ることを命じられたとマグナは語っていたことをミーアに伝えた。


「じゃあ、マグナさんが槍を手にする前。戦争が始まったさらに前。この槍がなぜ存在していたかは誰も知らないの?

「そういうことになる。師匠は声に導かれここへ来たと言っていた。師匠は過去の記憶がおぼろげだ。それは長い年月を黄金の槍の影響で生き続けているからだと思っていたが、そんな師匠でさえ俺がいなくなる前に神の話をした」


 マグナは自身の名前を本当の名ではないと当時のウィークに明かしていた。ならば本当の名前を聞きたくなるものだが、聞いたところで帰って来たのは「わからない」という返事。しかし、マグナは確実にここにくる以前があったと言ったのだ。

 その当時のことを一切覚えていないが、誰かの声に導かれたと。


「ここってどこのこと」

「この世界のことさ」

「宗教の話でもしてるわけ? 神の御恵みを~みたいなことなら私には理解しがたいわ」

「俺も宗教というものには疎い。だが、ある宗教の一説にこういう言葉がある。『あなたを必要としているのはここだけではない。死の縁に立った時こそ耳を傾けるのです』と」

「抽象的過ぎてわかりづらいわ」

「俺らがいるこの世界のほかに、俺らの知らない世界があって導かれるかもしれないってことさ」

「スケールの大きい話ね」

「師匠は黄金の槍で長い年月を生きてきているが、俺には師匠の言葉が老人の誇張した話しとも思えない」

「マグナさんは導かれた者だと? でも、それを確かめるすべはないわ」

「あぁ。だが、そういう広い世界があるのなら、世の中の偶然の連続に深い意味を追求せずともいいのではないかと思えてくる。長生きしている師匠でさえ、殺すという行為を肯定しているわけじゃない。そう割り切っているだけ。制御しているんだ」

「なぜ殺すと割り切れるの」

「それが今は正解だとしなければ迷宮入りになるからだ。考えている間は動けない。でも、敵はやってくる。だから、殺すんだ。でも、君のように殺さないというのもまた正解になりえる。あくまで個人の中にある正解を自らが唱えることで前へ進める」


 ウィークがなぜこのような話をしたのかミーアにはわからなかったが、少しだけ心が楽になった気がした。戦いは殺し合い。だが、ミーアは殺しをしたくないし、殺しの責任を背負うことを覚悟した。どこか矛盾していると自身でさえも引っかかっていたが、それはいますぐわかるものではない。

 正しさの渦に巻き込まれ何もできなくなってしまう前に、行動を起こしその先に見えるものを確認する。仮にそれが間違いだと分かった時、再び責任をもって前へと進まなければならない。


「戦う準備はできているのか?」

「もうじきできるわ。偶然か運命か、私たちにはジャクボウと戦う世界へ導かれた。これが今の私たちにとっての使命かもね」

「だとすれば小さな使命だ」

「世界がいくつもあるのなら小さなものね」


 この戦いの意味は、なぜ自分がこんなことに巻き込まれたのか、なぜ平和に過ごせないのか。問いたいことはいくらでもある。でも、その答えを知っている者はいない。神ならばあるいは。

 しかし、こんなことの答えを知ったとて何の意味もない。なぜならば目の前に現実はあって、戦いという未来は変えられない。ならば、これがどのような理由でも、偶然でも運命でも関係ない。ただ、戦うだけだった。 

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