決戦に向けて

 朝を迎え民や兵士たちは集まった。

 ミーアは岩の上に昇りそれを見下ろす。自分のためにこれだけの人間が動いてくれることにまだ実感がわかなかったが、兵士たちの瞳は絶望もしていなければ諦めてもいない。抗うのではない、勝ちに行く人間の目をしている。


「みんな、これから私たちはジャクボウと戦うために王国を取り戻す。これが始まりの戦いであり、この結果が後の戦いへ大きく影響する。だけど、心配しないで。勝機は十分あるわ。私たちはあそこで育ち、成長し、思い出を作った。それを土足で踏み荒らす奴らを許しては置けないでしょ。あいつらはあの王国に愛着なんてない。私たちは隅々まで知り尽くしている。戦術上防衛する彼らにも分はあるけど、地形を知っている私たちにも分はある。そして、この場には二本の伝説の槍がある。傷を癒し、壁を壊す槍。道も退路も確保してある。あとは信じて前へ進むだけ。あなたたちの力をやつらにぶつけなさい!」


 王国奪還作戦は少数で道を開く先発隊と城の制圧を主とした後発隊で構成される。スバラシア王国の城下町の周囲には半円を描く壁で覆われており、壁に監視や弓兵を配置することができる。正面突破は困難だが、一つだけ気づかれずに進入する経路が存在する。

 城は山に作られており、正面は町へつながる道。後ろは兵士の演習などで使う場所となっている。民たちはここを知らないが兵士たちは目を瞑ってでも移動できるほどに熟知している。

 ジャクボウが攻める際に後ろから攻めず正面突破を行ったが、単純にスバラシアの後ろから気づかれずに攻めるためには別の国の領土に侵入する恐れがあったからだ。

 だが、森から一本道で迎える現在のミーアたちにとっては攻めと撤退を容易く行える都合のいいルートだった。


「姫様、敵戦力はどれほどのものなのですか」

「レイが調査にいった結果、内部にいる人間をあわせおおよそ二千人」

「森に保管されていた武器とここで作った武器を合わせても装備できるのは四百程度。兵士の数は足りています武器が足りてません。制圧するには戦う兵士を増やさなければいけません」

「武器の数は足りてないけどそこは考えているわ。それに例え少なくてもジャクボウが私たちに勝てた理由は、強化兵士を利用した不死身なまでの耐久力による強引な侵攻。王国に駐在している兵士たちには強化は施されていないことがわかってる。それに、あの時はウィークが傭兵として驚異的な早さで城までたどり着いたこと大きな原因。実際のところ兵士一人一人の技術はスバラシアのほうが上。さらに、先行隊にはウィークが行く。漆黒の槍は一人で国を相手どれるほど力があるわ」


 兵士たちはまだウィークに対し半信半疑だった。それは無理もない。何もウィークだけが王国を壊したわけではないが、ウィークが現れなければもう少し戦闘は長引き、ミーアを安全圏まで連れて行った後三騎士が戦闘に参加していたかもしれない。時間さえかければ犠牲はあれど強化兵士の猛攻も止められた。漆黒の槍が国を相手どれるというのは比喩ではなく、事実ウィークが証明している。国同士の対決の片方に参加するだけでパワーバランスは大きく変化するのだ。


「作戦は深夜に決行する。もちろん私も行くわ。先発隊はウィークとレイを中心に道を切り開き、後発組は私と共に城を取り返す。武器を持たない兵士たちはさらに後方からついてきて。武器庫の制圧が出来次第合図を送るからそこから城に入って一気に制圧する」

「ミーア様、それでは危険です。私もそちらに行った方が」

「先発組は背後から忍び寄ると言っても地の利は向こうにだってある。ウィークは城に侵入した後、単独行動してもらうから兵士の指揮はあなたに任せたい。昨日の戦い見たでしょ。私も戦えるわ」


 仮にミーアが殺されてしまったり多くの兵士が失われた場合は即時撤退。だが、そこで事実上の完全敗北となる。この作戦は成功しなければいけない。仮にミーアが生きていてももうチャンスはないだろう。あくまでジャクボウと本気でぶつかるのなら防衛戦でしか勝ち目はない。今回の戦いがダメならもう王国の再建は不可能なのだ。


 この作戦においてマグナは完全な自由行動をとる。

 ビートは森の防衛のために残ることを決断してくれた。大量の人間が森から移動するため見つかる可能性も高い。この戦いが無事に終われば迅速に民を王国へ移動させる必要がある。ビートは森の戦いにおいて三騎士を上回る。もっとも適した人間だ。


 森にある資源から武器を作り出し、進行ルートの計画や戦況に応じた策を考えているとあっという間に時間が過ぎ、戦う者たちは軽い休息をとって戦いに備えた。


 ミーアは高い木に簡易的に設置された監視塔に昇り周囲を確認していた。すると、レイがやってきた。


「眠らないのですか?」

「眠れないのよ」


 兵士の前では微塵の迷いも見せなかったミーアだったが、迫る恐怖を振り払おうと必死だった。もし負けたらとほんの少しでも想像すると、恐怖の沼に足を引っ張られもう抜け出せない。勝つことだけを考え迷いをなくしたかったのだ。


「恐怖だけに打ち勝とうとしないほうがいいです」

「どういうこと」

「私たちが戦うのは兵士です。一人一人は対しことのない者たち。束になっても戦いようはあります。ですが、自身の心が生み出す恐怖は、どんな兵士や騎士よりも手ごわい。いや、むしろ勝てない存在なのかもしれない。ですが、恐怖するから計略に変え、恐怖するから光ある未来を手にする方法を考え、恐怖するから戦う。恐怖するのは彼らと戦うからではありません。彼らが王国を奪っているからです。その恐怖は王国を奪還することでようやく解放されるのですよ」


 精神とは不思議なもので恐怖が増幅すると人は動けなくなる。体はどこも悪くないのに精神が体を止めるのだ。しかし、恐怖とは常に原因がある。その根本原因をどうにかしない限り恐怖は消えない。

 若くして幾度も他国の援護として戦ってきたレイにも恐怖に押しつぶされそうになったことがある。そんな時こそ行動だけが恐怖と戦う唯一の武器だと知ったのだ。


「す、すみません。勝手なこと言ってしまいましたね。いまのは忘れてください」

「そんなことないわ。レイの言いたいことはとてもよくわかった。完全に迷いが消えたわけじゃないけど、この迷いこそが、人の命に対し考えるってことね。答えを出すには時期尚早だったわ」


 そして、王国奪還作戦が開始する。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る