孤独を打ち破る光
ジャクボウ王国城下町から離れた場所では、大きな川に橋を繋げる作業を行っていた。しかし、働いているのは職人でも兵士でも民でもない。スバラシア王国から連れてきた人間たちだ。少しでも手を抜けば鞭で打たれ、倒れればそこで殺される。
労働力として利用しながらも、兵士たちの鬱憤晴らしとしても利用されていた。
「隊長、こいつらって最後はどうなるんですか?」
「処分されるだろう。戦力にすれば逃亡する可能性がある。さんざんこき使って死にたいと懇願し、それでも夢叶わない時、ようやく解放されるのさ」
「悲惨ですね」
「考えるな。相手の側に立つと、その後ろにあるいろんなものが見えてしまう。一国の兵士は頭脳をすべて国に預け、武器を振るうだけだ」
勝者と敗者の結末が、この場所に嫌なほど如実に広がっていた。負けたものに自由な明日はない。負けてもなお自由があるとは、勝利すること以上に難しい。だからこそ、人は勝利して支配する。このスパイラルを繰り返すのだ。
もう流れる汗もない労働者たち。その中、たった一人だけ機敏に動く者がいた。
「あいつはなんでポンチョを纏ってる」
「肌が弱いとかって聞いてます」
「……今まであんなやついたか?」
「別の現場から移動になったらしいです。魔法石採掘所のほうからじゃないですか?」
「気になるな……」
兵士の一人はローブを纏った労働者の元へと向かい肩を掴んで声をかけた。
「おい、お前」
「なんでしょう」
「ローブを取れ」
「これをとっては働くことが叶いません」
「いいから取れといっている」
「しかし、宜しいのですか?」
「取れと言っているのだから取れ」
「では、言う通り取ります。もう一度お聞きしますが宜しいのですね。もう少しであなたは交代のはず。それまでまったほうが」
「面倒な奴め!」
兵士は強引にローブをはぎ取った。その瞬間、腹部に鋭い感覚が走り、生温かな液体が漏れる。
「お……お前は……!」
「言っただろ。交代までまったほうがいいと」
「裏切者めぇ……」
槍が兵士の腹部を貫いていた。
勢いよく抜かれ兵士は地面に倒れ残り少ない命の中で痛みに悶える。最後に味わう感覚が死にたくなるほどの苦痛。いや、抗っても死ぬことは決まっていた。漆黒の槍を殺意をもって対象を傷つけた時、それは黄金の槍以外では治癒するのは不可能なのだから。
騒動を見ていた兵士はウィークへ襲い掛かるが誰もまったく相手にならずやられていく。全員を倒し終わると、労働者たちもクワや斧を構えていた。
「心配するな。君たちは殺さない」
「あんた、一体なにが目的なんだ」
「過ちの責任をとっているだけだ。そして、殺すべき相手がわかった。君らは森へ迎え」
その後も、各地で労働者が解放されていった。ウィークはその場にいる兵士たちを一人残らず確実に殺す。目撃者が城へ知らせるのを防ぐためだ。
そしていま、ウィークは王国の城下町へとやってきていた。誰にもバレず、誰にも悟られず、城へと近づき制圧を始めた。静かな脅威が迫っていることをまだ誰もしなかった。城の中は次第に持ち場の兵士がいないことに築き始めるが明確な脅威を感じることはできない。兵士がただいないだけなのだから。
地下へと到達した。
薄暗い場所でたくさんの牢屋が並ぶ。牢屋の中には囚われた人々が光のない目でただそこに存在している。すすり泣く声やうめき声、常人ならばすぐにでも立ち去りたいと思うほどの場所に、鈍い音が鳴り響いた。
ゆっくりと歩く音。湿った床をブーツが叩く。人々は目の前を歩く男の姿を見て驚愕した。
「あ、あいつは……」
そう口にしたのは城内をを守っていた兵士だった。
「貴様、あざ笑いに来たのか」
「いま、ミーアが王国再建のために動いている」
「姫様が!? 確か三騎士がそばに……。いや、無理だ。たった四人ではどうすることもできはしない」
「たった一人でお前らを助けにきた人間がいるのに面白いことをいうな」
「助けに来た? お前は女王様を殺したんだぞ!」
「これは俺の試練だ。過ちを認め、歩みなおすための試練」
そういうと、ウィークはすべての牢屋の扉を破壊していった。
兵士はウィークの行動の意味を考えたが理解が追い付かない。王国を滅ぼした人間が次は王国を再建する立場になっている。想像もしたことのない出来事。だが、なぜかその姿にミーアと同じ何かを感じる。
「……お前の真意はわからないが感謝する。だが、これだけ音を立てたらバレるんじゃないか」
「周囲の兵士は全員抹消した。牢屋に目を向けているほどやつらも暇じゃない」
「警備が手薄になるほど一人で消せるというのか」
「君らが知っている通り俺はここの傭兵だった。その時にいずれ敵になる可能性を示唆しジャクボウ兵士の動きを把握しておいた。今現在、王と主力の部隊は全員海岸沿いの国で交渉。いや、都合のいい支配をしている。しばらくは帰らない」
「海岸沿いと言えば空船の建造と大陸からの輸入をしているエアーズか」
「大量の兵士を国に分散させ隠し、いつでも迫られる体制でやつは交渉する。主戦力は全員そっちさ。スバラシアがいなくなったおかげであまり町の防衛を意識しなくてよくなったからな。まぁ、そもそもスバラシアが攻めることはないだろうが」
「あくどい奴め。警備が手薄ならこのまま町を出られるのか?」
「それは無理だ。町の巡回や監視までは消せていない。だから、これを使え」
ウィークが取り出したのは天使の羽根だった。
「なぜこれを貴様が」
「ミーアと共同で一つの町の騒動を納めようとしたとき、三騎士がミーアに渡したものだ。二枚あったから一枚拝借した」
「これはどこに繋がっている。王国には戻れないんだぞ」
「森さ」
ウィークはスバラシアの兵士や民に最低限のことを伝えその場を後にし町から脱出するため外へと向かった。再びローブを纏い町を足早に去ろうとしたが、もう少しで町の外に出られるという直前で、荒い呼吸をし皮膚が赤くなった兵士たちと、長身剛腕で巨大な斧を持った兵士、細かいギザギザの刃が特徴な剣を持った色白の兵士が前に立ちふさがった。
「まさかてめぇが侵入していたとはな」
「……バレたか」
取り繕うこともなくウィークはあっさりと認めローブを取った。
「このまま無事に帰れるとは思ってないだろ」
「帰るさ。お前らを殺してな」
「笑わせる。強化兵士の力、知らないとは言わせないぞ」
「どんな人間も殺戮の人形に変える魔法。なぜこうも悪い奴ばかりにこういう技術が与えられるのかね」
直後、ウィークを強化兵士たちが取り囲んだ。
「こんなに隠れてたか」
「お前が何をしようとしているか知らんが、もう一度俺が半殺し、いや、次はしっかり殺してやるよ!!」
「かかってこい!!」
強化兵士たちの動きはウィークの想像を超えるほど洗練されていた強化兵士は狂人化の魔法のさらなる応用により生み出されたもの。狂人化は疲弊した状態でも戦闘を続けるための半ば特攻のやくわりを持った魔法だが、それをさらに応用したことで完全に対象を抹殺する殺戮者へと変貌させる。
民や兵士たちを救い、飲まず食わずでほとんど休まず、緊張状態であり続けたウィークでは大人数を相手するのはきつかった。
ぎりぎりの戦いで何とか町を脱出しウィークは走った。走り続けた。追いかけられながら日を何度かまたぎ再び走る。
もうどこへ向かっているかもわからない。何をすればいいかわからない。極限状態の中、たまたまか、引き寄せられたのか、森を見つけた途端そこへ入ることを決意した。森ならば入り組んだ地形を利用し撒くことができる。何とか森へ入り込もうと走っていると、ふくらはぎに強烈な痛みが走りその場に倒れた。
見てみるとそこには矢が刺さっていた。さらに毒が入っており体の自由が徐々に奪われていく。
ジャクボウの兵士バラガンはゆっくりとウィークへと近づき言った。
「無様だなぁ。国を滅ぼされ、国を滅ぼし、復讐と責任のはざまでお前は死んでいくんだ。最後に少しはいいことをしようと思ったか? 残念、ここがお前の終わりだ。これ以上生かす価値もない」
バラガンは巨大な斧を振りかぶる。
「ここが死に場所か……」
目を閉じると母親の後姿が見えた。黒く美しい髪を腰の近くまで伸ばし、華奢で色白な体。病弱でとても女王など務まるはずもないのに、たくさん学び、たくさん体験を聞き、現実と向き合い国を常に良い方向へと導こうとした。
王であった父は兵士や騎士でさえも委縮するほど豪快な人物で、実力もさることながら知略もまた優れていた。あとのない状況で攻めに転じ、少ない武器で効果的な策を考案する。
王が亡くなってからウィークは武器の訓練をやめた。あれだけ強い人物が死んでしまったのならば自身が何をしようと意味がないと絶望したのだ。そもそも殺すという行為を極端に嫌い、兵士や騎士に対し常に怯えていた。肉や魚を食べる時は父から習った手を合わせて敬う礼儀を尽くした。
でも、母親が虚弱体質でありながら必死に頑張る姿を見て、もう一度強くなろうとしたのだ。しかし、遅かった。直後に国は攻撃を受け、内通者により策はすべて看破された。その上、ウィークを逃がす手はずを整えるために通路の確保に人員を割いたことで手薄になった母親が殺されたのだ。
強くなって復讐するとことを誓ったが、マグナの元でもその優しい性格が強くなることを止めてしまう。そんな時、漆黒の槍のことを聞きそれにすべてを賭けた。
復讐を果たした後も、強くなることを目指し槍の導きに従い戦いを続け、傭兵になった。だが、どれだけがんばっても最後に裏切られる。強すぎる力ゆえの結果なのだ。
ウィークの人生は、あまりにも虚しいものだ。人生の半分を戦いに使ったのに最後は何もできずに斧が自身の首を叩き斬るのを待つだけ。
だが、ウィークの表情に悲しみはなかった。そう、これを解放だと認識し、ようやく両親に会いに行けると思っていた。
無慈悲な斧がウィークへと振り下ろされる瞬間、突如森から一斉に弓矢が飛んできた。バラガンは即座に後方へ引き森を睨む。
「森の原住民か!」
「――私たちのこと、忘れたとは言わせないわ!」
森から一斉に武器を持った者たちが現れる。ウィークの壁になるように陣形を作った。ウィークは近づいてくる足音の方に目を向けると、その人物は姿勢を下げウィークへと言った。
「あの時はひどいことを言ってごめんなさい。これは私の償いよ」
「ミーア……」
「弱弱しい表情ね。ちょっとかわいいじゃない」
ミーアは笑顔で言った。
これと同じ笑顔を昔みたことがある。母親の笑顔だ。悲しい時、辛い時、いつも母親の笑顔で救われた。その時に感じた温かさをミーアに感じていたのだ。
「少し我慢して。矢を抜くから」
「うぐっ……!」
「大丈夫、すぐに治るわ」
黄金の槍が神々しい光を放ちウィークを包む。すると、体の傷はどんどん癒えていく。
「これなら戦える」
「いいえ、ここは私が戦うわ」
「君の実力ではバラガンどころか強化兵士にさえ敵わないぞ」
「何言ってるのよ。そのためにマグナさんの元へ私たちを導いたんでしょ。七日修行、きっちりこなしてきたから」
「君が……」
ミーアは兵士たちに前に出て黄金の槍をバラガンへと向ける。
「そこのあなた! 私と一騎打ちをしなさい!」
「おいおい、崩壊した国の姫がこの俺と戦うだと? 寝言も大概にしな」
「私が勝ったらここは引きなさない。私が負けたらお得意の強化兵士で好きにすればいいわ」
「そんな楽な条件で残党をすべて潰せるのなら断る理由はねぇな。どこからでもかかってこい!」
バラガンは体内の魔力を放出し身体能力を格段に上昇させた。
ミーアはゆっくりと構える。ああはいったものの兵士たちは臨戦態勢を解けなかった。ミーアがどれほど強くなっているかなど兵士たちは知らないからだ。
バラガンが斧を振り、ミーアがそれを受け流した瞬間、たったこれだけの行為でも兵士たちにどよめきが起きた。非力で戦うことに対して消極的だったミーアが、自身より大きな相手に全く臆さず冷静に受け流す姿はあまりにも予想外だったのだ。
バラガンは何度もミーアへと斧を振るが、受け流され回避され、あげくには正面から完全に防御された。
「ちっとはやるみたいだな。だが、お前に俺を殺せるか?」
「殺しはしない、だけど、償いは受けてもらう」
「何をぬかすかと思えば殺しはしないだと。戦い舐めてんじゃねぇぞ!!」
さらに魔力を解放し斧は真っ赤なオーラに包まれる。周囲には突風が吹き荒れただごとではないということは誰に目にも明らか。回復したウィークでさえ軽い緊張状態になっていた。
しかし、その中で唯一冷静に、しっかりと見ていたのはミーアだ。
「いいわ。あなたの全力を私にぶつけなさい!」
「すべて蹴散らしてやる!!!」
バラガンは全力で斧を振った。黄金の槍に触れた瞬間、ミーアの後ろで待機していた兵士たちのもとに強力な赤い衝撃波が発生する。単一の対象を倒しながらも周囲に被害を与える強力な技。兵士たちにはどうすることもできなかった。
だが、吹き荒れる砂嵐の中、黄金の槍が輝く。直後、兵士たちの前に黄金のバリアが展開し衝撃波を完全に無効化。さらに、ミーアには傷一つなかった。
さすがのバラガンもこれには驚いた。
「や、槍の力でいい気になりやがって!」
「そう、槍の力よ。弱い私は槍の力を借りることでしか戦えない。でも、この導きこそ私の理想! これで終わらせるッ!」
ミーアは跳躍しバラガンの額に槍を全力でぶつけた。黄金の衝撃がバラガンの頭を貫通したが、バラガンには傷はなかった。しかし、棒立ち状態で一切動かない。両兵士の動揺の声が聞こえる。そして、バラガンはうつぶせで地面へと倒れた。
ウィークは兵士たちの前に出てミーアへ訪ねた。
「死んだのか?」
「いいえ、脳にさっきの攻撃を与え記憶を破壊した」
「記憶を破壊だと」
「黄金の槍は突けばその部位を破壊せず痛みを与えることができる。過度な痛みに耐えられない体は気絶しいずれ目覚める。だけど、脳に過度な痛みを与えれば記憶だけを破壊できる。体は一切の傷を受けずにね」
「これが君の戦い方か」
「そうよ。殺す必要はない。だけど、殺さないといけない時もある。その責任はすべて私が背負うわ。だけど、私は生かしたい。これは兵士たちと意見は違うかもしれないけど。私は女王になる存在。この我儘を突き通す」
まるで子どものような理屈。人に殺させ自分は殺さない。偽善とも思える考えだったが、ミーアは言い切ったのだ。
「で、さっきの話通りこのまま引き下がってくれるのなら私たちは何もしないわ。でも、戦うというのなら容赦しない」
バラガンの全力を完全に受け止めたミーアの姿にジャクボウ兵士は完全に戦意喪失し、その場を去った。
「本番はこれから。さぁ、準備をするわよ!」
ミーアの言葉に兵士たちは歓喜を上げた。
絶望的かと思われた王国の再起が見えてきた瞬間だった。
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