新たな始まりに向けて

 七日間の修行が終わり夜に宴並みの料理がビートとマグナによって用意された。材料はすべて三騎士とミーアが調達したものだ。

 温かいスープを飲むミーアを横目で見ていたレイは、柔らかな表情を浮かべるいつもの姿に安堵した。


「どうしたのレイ。私の顔に何かついてる?」

「いえ、安心したのです。初日の戦いから、姫様はまるで別人みたいに戦いへ積極的になりました。成長を遂げたという意味では喜ぶべきなのですが。もう、以前の姫様には戻らないのかと不安で」

「ふふっ、私のこと心配してくれてたんだ」

「それは心配しますよ! 例え目的を果たせなくても、姫様だけでも幸せに暮らしてほしい。私はその思いだけで戦っています。でも、今の姫様は私たちよりももっと強くなりつつある。少しだけ寂しいのです」


 レイはスバラシア王国に従えてから一兵士として大きく貢献し、女王の近衛兵となり、ミーアの護衛を務めた。22歳という若さで王国を代表する三騎士の一人となり、比較的年齢の近いミーアを妹のように感じつつも、姫として全力でサポートした。誰よりも情が移っていたのはレイだった。ウィークが現れた時も、町へ行くことを提案した時もレイが一番拒んでいた。レイにとってミーアは特別な存在であり、戦う理由だったのだ。


「私はいまでも戦いなんて思ってないわ」

「でも、とても積極的でした」

「たまに思うの。もし、お母様がうんと強くて、黄金の槍を手にして今の私以上に戦えてたら、傭兵のウィークに負けてないんじゃないかって」


 女王は槍を手にすることを拒んだ。あまりにも手に余るものだからという理由だ。槍にどんな力があるか女王は知っていたが、その力に自身が適応できないのではないかと不安があったのだ。そのため、剣術を会得したがそれはあくまで一兵士レベルの剣術で、強敵相手には歯が立たない。力をつけていくうえで、国のトップに立つ人間もそれ相応の力がいるとミーアは感じていた。


「それは私も感じていました。やはり想像してしまうのです。女王や姫様が孤立した時に少しでも時間を稼いでくれれば生存率が上がります。しかし、そのような時間をとるのはむずかしい。もし、あの頃に戻れるのならば、女王に槍を持つことを進言していたことでしょう」

「考えることは一緒ね」

「女王様のことも好きでしたから」


 すると、ミーアは少しかしこまった風にレイに言った。


「ねぇ、一つお願いしていい?」

「なんなりと」

「私のこと、名前で呼んでほしいの」

「な、名前ですかっ!? え、えっとそれは……」

「ダメかしら」

「い、いえ! そんなことはありません! ですが、立場というものがありまして」


 それ聞いていたボルトックが小さく笑いつつ言った。


「いいじゃないか。姫様の願いだ」

「で、ですが。後に女王になるお方ですよ」

「そうなった時、側で守る役目を果たすのはお前だ。名前を呼ぶというのは信頼の証。姫様のことは俺らよりもレイのほうがよく知っているはずだ」

「私が姫様のお側で……」


 王国を再建できればミーアは自動的に女王となる。いや、いまでも女王としての立場になれるが、それはミーア自身が拒んでいる。母親を超えたとしっかりと思えた時に女王の立場を受け継ぐと決めていた。

 レイはミーアが女王になった際に、ミーアと出会う前の遠征の日々になるのではないかと少し考えていた。嫌なわけではない。ただ、大切な存在の側にいられなくなることは寂しかったのだ。


「レイ、いいかな?」

「……はい! ミーア様、これからも側で全力で守り抜きます!」

「ありがとう。頼りにしてるわ」

「さぁ、王国再建に向けてしっかり飯を食うぞ!」

「あー! それ僕の肉だよ!」

「はっはっは! 早い者勝ちだ」


 七日修行を終え盛り上がる四人の姿を小さな器に入れた酒を飲みつつマグナは眺めていた。


「師匠、これからどうするんです?」

「ウィークがうまくやっていればもうじき事が動き始める。だが、あいつが無事かどうかはわからん」

「案外冷たいんですね。初めて師匠に追いつこうとした弟子なのに」

「あいつは弱い。忠告を無視した馬鹿弟子に情けをかける理由はない」

「そんなこと言って~。実は心配なんでしょう」


 マグナは一気に酒を飲み答えた。


「運命の選択はいつだって己の中にある。あいつが生きようとしているのなら、あいつが何かを変えようとしているのなら、失ったもの、奪ったものの責任を背負いやりなおうそうと命をかけるのなら、手を貸してやらないこともない」


 その日は盛大に飲み、盛大に食べて終わった。


 

 ミーアは物音で目覚めた。側にはレイが壁に腰掛けており、本を見ている。


「おはよう」

「おはようございます。姫……ミーア様!」

「これから慣れていってね」

「はいっ」

「そういえばボルトックとウォースラーは?」

「ビートが森の外に兵士が複数いるのを確認し二人も一緒に向かいました」

「兵士……。もしかしてジャクボウの?」

「いえ、まだそこまではわかりません」


 すると、戻って来たボルトックが部屋に入って来た。


「起きていましたか。ちょうどよかったです。外に来ていただけますか」


 その表情は驚きが混じっており何やら異様な雰囲気があった。ミーアは訝し気に外へと出ると、そこにた人物に驚く。


「姫様! ご無事で何よりです!」

「もしかして外壁兵長のバレル?」

「はいっ!」

「でも、ジャクボウに囚われていたはず」

「正直詳しいことは私自身理解が追い付いていません。しかし、とある男が我々を救いだし、ここへ行くよう指示をしたのです」

「とある男って?」

「城内兵によればウィークという元傭兵であり、女王様を殺した張本人だと」

 

 今まで動向が一切わからなかったウィークはたった一人で兵士たちの救出をしていた。バレル含め民や兵士は現在ミーアたちが潜んでいた森で待機しており、治療と体力回復に専念しているとバレルは語った。


「ウィークはいま何を?」

「わかりません。我々を解放したのち一人で城の中へ戻り脱出したと思われますが、森にはまだ来ていません」

「そう……。わざわざご苦労様」

「あの姫様、これからの動きはどうされるのですか」


 本来の予定では救出作戦を行う予定だった。槍の力を幾分かコントロールできるようになったいまなら城下町は無理でも各地で強制労働をさせられている者くらいなら救出ができる。それがウィークの手によって成功したからには次の一手を行う時だった。


「王国の再建をするわ」

「お言葉ですが、国はもうボロボロです。城以外で傷ついていない建物は多くありません。それに壁もかなり破壊されています。その上現在はジャクボウ兵士の一部が城を占拠しています。戻ったところで……」

「失った人々はどうしようもないけど、建物なら問題ないわ」


 そういうとミーアは近くにあった石を槍で砕く。そこに黄金の光を当てると完全に石は元通りに戻った。


「黄金の槍をコントロールできるのですか!」

「ある程度ね。まだ、槍の力を半分も出すことはできないけど、建物や壁ならこれでどうにでもなる」

「では、城を攻略しなければいけません。兵士の数は足りていませんし、民に持たせる武器も持ち合わせていません」

「――なら、俺が力を貸してやる」


 そう答えたのはマグナだった。


「これは私たちの問題です。マグナさんがわざわざ出なくても」

「君の母親が亡くなった原因はやつに漆黒の槍を持たせてしまったからだ。その責任くらいはとる。仮にあいつがいなければ女王が逃げる時間くらいあったはずだ。あいつは戦いを早めに集結させるためいつだって大将を狙いで戦う。その結果が王国の崩壊だ。ビート、お前も来い」

「えっ、あたしも!?」

「実戦できることなんてそうそうないぞ。いい修行になる」

「まぁ、そういうことなら」


 ビートは三騎士に匹敵する力をもつ存在。マグナは言わずもがな。単独で戦況をひっくり返すことのできる二人が力を貸してくれるのなら戦力的には十分だった。その上、城の構造は三騎士もミーアも、兵士たちも熟知している。攻めと守りなら攻める側が不利になるが、今回においてそれは全く問題なかった。


「姫様、仮に城を取り返し王国の建物をすべて元通りにしたあと、どうなるかはわかりますよね」

「えぇ、向こうも黙っていないでしょうね」

「相手には強化兵士がいます。それを打破しないかぎり仮に勝利したとしても兵士たち、民たちの多くは死ぬことになります」


 強化兵士は突如として現れた。一兵士は戦力と言えど基本的に数に足しになる程度。一人一人が大活躍することはない。しかし、強化兵士は一人で何十人も殺していき一気に防衛網を突破。矢を受けても止まることはなく殺すことだけに特化した存在。しかし、付け入る隙が無いわけではなかった。そして、それを一番理解していたのはウォースラーだ。


「あの、強化兵士ってたぶんだけどあまり長く戦えないと思うんすよ」

「どうして?」

「王国が崩壊した直後に調査したんですけど王国兵がたくさん死んでいる中、ジャクボウの強化兵士も多く死んでたんです。防戦一方だったはずでその上負けてるのに」

「強化されている時間には限りがあるってことね」

「時間切れになれば常人かそれ以下。それまで聞かなかった痛みがすべて襲い掛かり結果的に死に至る。さすがに屍になってまで動けないでしょうから毒、拘束、急所。あとは広範囲の攻撃で一気に殲滅とか」

「殺すしかないわけね……」


 異常な生命力をもち痛みによる進行の阻止が望めない強化兵士を倒すには完全に命を断ち切るしかなかった。殺しを良しとしないミーアにとってこれは難しい決断。しかし、ミーアはすでに覚悟を決めていた。


「それを採用します。そのために必要なものを集めるためにどうすればいい?」

「女王様は二つの国と同盟を結んでいました。そこへ支援を募るのがいいかと。姫様が生きていると知ればきっと動いてくれます」

「決まったわね。これから私とレイは森へ戻る。ボルトックとウォースラーはそれぞれ他国へ支援を頼みに行って。すべての事情を話せば理解してくれるはずよ」

「承知しました」


 ボルトックとウォースラーはすぐに行動した。

 

「バレル、みんなが森へ到着してからどれほど時間が経ってる?」

「二日です。まだ戦えるものはほとんどいません」

「なら、これを使う時ね。……あれ、一枚しかない。まぁ、一枚で十分ね」


 ミーアが取り出したのは天使の羽根。これは世界各地に散らばっているがその数は少なく貴重価値の高い聖遺物。エンジェルポイントを設置することでどこにいてもポイントの場所へと移動のできるもの。町を救う直前に二枚渡されたうちの一枚だ。


「ここを出て馬を回収し羽根を利用して森へ戻るわ。ビート、マグナさん、一緒に来てください」


 



 

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