修行の成果

 七日修行、一日目はグリーンウルフの討伐。二日目は希少性の高いキノコの採取。三日目は深夜の森で朝まで生存。四日目はビックモスの討伐。五日目は洞窟での魔法石採掘。六日目は総当たりでの戦い。そして、七日目はマグナとの戦いだった。


 早朝からミーアたちを滝の前に集めた。


「三騎士は耐えられると思っていたがまさかお嬢さんまで耐えてくるとは正直思っていなかったさ。ウィークでさえ一度は音を上げた修行だ。戦闘センス、生存のへの意志、槍の扱いを覚えたようだな」


 ミーアの表情は凛々しいものへと変化していた。常に命がけで自分以外に頼れるものがなく、生きるために全力を尽くし、槍に善福の信頼をおいたことで戦いと生存を理解していた。


「まずはビートから、そのあとはボルトック、レイ、ウォースラー。最後はミーアの順で俺と戦ってもらう。一対一だが俺を疲弊させ後発の者にチャンスを託し一撃でも俺に当てたら君らの勝利だ」

「最初私か~。最後なら私が一撃当てられるのに」

「順番はこの環境で強い者からだ。仲間に託すことを覚えろ」


 滝から落ちる水の音が支配する。ビートとマグナは構え集中状態へと入り、戦いは始まった。先に仕掛けたのはビートだ。俊敏な動きでマグナの間合いのギリギリで攻撃を誘いつつも不用意には攻撃せずけん制する。

 マグナの下で修行しているからこそ多少は動きを把握していたが、マグナはまったく問題ないといった表情で容易く交わし石突でビートの腹を突く。軽く飛ばされ痛みに耐えるがすぐに攻撃に入り槍同士の打ち合いが始まった。

 ボルトックはそんな中、ミーアの表情を伺っていた。ミーアの表情は慌てるでもなく動揺するでもなく、槍を力強く握り必死に目で追っていたのだ。


「まさかここまで成長するとはな」

「私たちでは不可能だった」

「常に死に追われることで生命力が爆発する。野生の環境で生き抜くことは戦場でのそれと似ている。結果的にここでの修業は戦場の模倣になっていたのだろう」

「初日から姫様は大きく成長していた。新たな境地にたどり着いたように。戦いに消極的だったのに、積極的に攻めの姿勢をとり、場を操るように動く。私たちと修行していた時とは全く違う」

「僕たちってもしかしたら姫様に純粋なままでいてほしかったんじゃないかな? 僕らが戦えばどうにかなるっている驕りが、姫様の成長を阻害していたんだと思うなー」


 二人はウォースラーの言葉に対し、事実そういう部分があったことに気づいた。誰にでも優しく、ケガした兵士を心配し、城の庭園で花を眺め笑顔でいたミーアのままでいてほしかったのだ。


「俺らは自身を成長させることは得意だったが、人を成長するための術、その上それが姫様となると余計に力不足になっていた。姫様も、俺らも、まだ成長の途中だ。自覚しなければな」


 ビートは必死にマグナへと攻めるが全く歯が立たず大きく飛ばされフィールドの外へ飛ばされてしまった。


「いてて。あれだけやってもまったく息が乱れないなんておかしいでしょ!」

「はっはっは! まだまだだな。次、かかってこい」


 ボルトックは制約解放をしフィールドへと入った。


「いきなり本気か。いい判断だ」

「手を抜いて戦えるような相手ではないことは承知しています。この俺の全力。どこまで通用するか確かめさせてもらいます」

「お嬢さんにいいとこみせてやりな。まぁ、俺が阻止するがな」

「そうはさせません」


 ボルトックはいきなり技を放った。


地電ぢでん放雷ほうらい!!」


 地面に槍を突きフィールド全体に電撃を放った。囲まれた状態で力を発揮する技でもあるが、このように限られた範囲の戦いで逃げ場内状態でもその力はいかんなく発揮される。マグナは軽く飛び電撃を回避するとそのまま空中から攻撃を仕掛けた。


「頭ががら空きだぞ」

「そう来るのを待っていた。雷撃破らいげきは!!」


 天に槍を掲げ先端から広範囲の電撃が放たれる。空中で電撃を回避することは難しい。だが、マグナは槍を目の前で離して魔力で高速回転させ盾とし攻撃を完全に防御した。落下の勢いを使いそのまま攻撃を仕掛けたが見えている攻撃、容易い軌道ゆえに危なげなく回避する。

 着地の隙を狙うため攻撃を回避しつつ間合いを取り、一気に突こうとしたがそこにマグナの姿はなかった。


「なに!?」

「こっちさ」


 マグナは着地と同時に姿勢一気に下げて視界から消えていた。そのまま石突でボルトックの顎を突こうとするがこれはギリギリで回避される。ここから二人の戦いは加速した。

 ビートとは違い力においてはマグナを上回っているはずのボルトックだったが、力を受け流され、力が加わる始まりを迫られてしまい上手く立ち回ることができない。優位な戦いをさせないようかつ自然の戦いを支配されていた。

 スタミナを消耗し大ぶりの攻撃を放った時、マグナは槍を引き一気に石突で突きフィールドの外へと飛ばした。


「くっ……。敵わぬか」

「悪くはないが戦い方に変化がない。もっと臨機応変に合わせなければ格上相手には通用しないぞ」


 交代しレイがフィールドへと入る。すでに制約解放をしており準備は万端だった。


「美しい槍だな」

「目を奪われている内にあなたの首を取るわ」

「威勢がいい。見せてもらおうか」


 制約解放をしたレイはビート以上に素早い動きで、槍の力により空中でもある程度の自由な動きができる。変則的で常人を遥かに超えた動きにマグナでさえ序盤は押されているように見えたが、実際は防御を固め相手の動きをゆっくりと観察していた。二分ほど経過すると、マグナは空を裂くかの如く何もないところで全力で槍を振ると、まるで吸い寄せられたようにレイがその場に現れフィールドの外へと飛ばした。

 地面に落下したレイは何が起きたかわからなかった。


「私の動きをよまれた……」

「君は変則的で読みづらい動きを心がけていた。実際、空中での浮遊時間や空を蹴って勢いをつける様は戦場なら効果的だろう。だが、時間をかければかけるほど、動きに規則性が発生する。ようは癖みたいなものだ」

「私は読まれないように動いていたはず」

「読まれないように動く君を俺は読んだのさ。どれだけがんばってもそこに思考が介在しているのならそれを読むのはたやすい」


 苦戦させていたどころか攻めすぎた結果動きをよまれる始末。レイは自身の浅はかさに腹が立った。

 続いてウォースラーが制約解放状態で深い青色の槍を肩に担いでフィールドに入った。


「騎士の中で一番幼いがいくつだ?」

「18さ」

「若くして王国に頼られる騎士か。才能は一番あるというわけだ」

「おだてても何も出ないよ」

「事実を言ったまでさ。正直君がどんな動きをしてくるか一番気になっている」

「ご期待に沿えるかわからないけど、まぁやってみるさ」


 ゆったりとリラックスした構えのウォースラーは先の二人のように戦いに対する賢明さが薄かった。まるで暇つぶしをするかのような風でマグナの瞳をじっと見つめ、どこか笑みを浮かべている。舐めているわけではない。未熟なものを相手する指導者のそれと酷似していた。

 自身を目の前にしてここまでリラックスした人間をみたことのないマグナは同様に笑みを浮かべる。

 じりじりと二人は近づき、余裕そうなその姿とは裏腹にボルトックやレイはマグナの強さを知っているがゆえに緊張な面持ちだった。


「あいつ、本気を出すのでしょうか」

「わからんな。戦場でさえも手を抜くことを考えているあいつを本気にさせたのなら、あの男は相手の精神にさえ自由に攻撃ができるということになる」


 ウォースラーは三騎士の中で下っ端であり、王国崩壊の三か月前に三騎士に選ばれた。本来、三人目の位置には別の人間がいたが、病気により退役を余儀なくされ代わりの人物を探している時、ウォースラーが見つかった。

 ただの一槍兵に過ぎなかったウォースラーがなぜ三騎士に選ばれたのか。それは、常に本気を隠し相手の裏をかくことに優れている上、どのような状態であろうと余裕の表情を崩さず精神的に悟られない力をもっているからだ。

 

 二人は間合いの内側、槍で戦うというより剣で戦うのよりさらに近い距離でゆっくりとお互いの槍をぶつけた。時間が遅く感じられるほどの動き。しかし、お互いの目は戦いが始まってすぐよりも険しいものへと変化していた。


「君、中々やるな」

「いやいや、そちらこそ想像以上ですよ」


 二人のやり取りは見ている側からすれば意味不明の会話。何が起きているかに気づいていたのはただ一人、ミーアだけだった。


「そうか、二人は頭の中で戦ってたんだ」

「どういうことですか?」

「お互いに相手がどう動くかを想定してるの。一歩前に近づくたび、いや、すべての動きの度に攻撃、回避、防御、を頭の中で想定して結果的にあの位置までたどり着いた。私たちには間合いを見ながらただ近づいているだけに見えるけど、すでに激しい戦いが二人の頭の中で起きてるの」


 レイは思い出した。ウォースラーと手合わせをする時、動き出そうとした直前に降参してきたことを。


「あいつは頭の中でおおよその結果を見ているというのですか」

「おおよそってのは語弊があるかもしれない。その精度はものすごく高いんだともう。だって、あのマグナさんが不用意に手を出さず、ああやって危険な距離まで近づいたんだから」


 その直後、戦いは急変した。ウォースラーは槍の力を使い、滝つぼの水をコントロールしてマグナへと放った。水を氷へと変化させさらに氷の矢へ変化させる。

 マグナは槍を目の前で回転させ防御をするが、背後には水の柱が現れる。そこへ向かって一気に槍を振るがそこにウォースラーの姿はなく、真上から現れた。防御し、お互いの槍がぶつかると、マグナの槍はどんどん氷で覆われていく。その氷は瞬時に手首まで凍らせ持ち手を変える自由を奪った。


「こういう使い方もできるわけか」

「そうなればできる行動は限られるでしょ。勝負ありってことで終わりにしない?」

「そう急ぐな。こっちもまだ全力を出していない。少しだけ、力を見せてやろう」


 マグナが槍を強く握ぎると、凍らせた手から蒸気が発生した。


「いやいや、うそでしょ……」

「君らだけと思わないことだ。この俺にも制約解放くらいできるんだよ。制約解放、烈火の支配、炎帝!」


 マグナは火柱に包まれる。一瞬にして手首の氷は解け、制約解放の隙を狙ったウォースラーの攻撃はすべて蒸発し無効化されてしまう。火柱が消えると、そこには赤髪へと変化したマグナが立っていた。


「見た目まで変化するなんてそんなのあり?」

「これが制約解放の先にあるものだ。力を槍だけでなく身体に宿す。君に触れただけで燃やすことも可能だ」

「……はぁ~」


 大きなため息をつくとウォースラーはフィールドの外へと歩いて出た。


「降参だよ。そもそも僕の攻撃が炎に対して完全に無効化されたんだから打つ手がない。もし、これが戦場だったら時間稼ぎが関の山だね」

「悪くない判断だ。実力の差を理解することも兵士の務め。君の今後の成長を期待している」


 結局、四人が交代で戦ってもマグナのスタミナを減らすことはできなかった。しかし、そんな中、最後に戦いを挑むミーアは予想外のこと口にする。


「あの、そのままで戦ってくれませんか?」

「姫様! それは危険すぎますよ! ウォースラーの水や氷は炎に対して有効打になるはずなのにそれが通用しない。となれば小手先の技ではあれには対抗できません」

「レイ、危険は承知よ。危険だからこそ挑まなければならないと思わない?」

「そ、それは……」

「いいじゃないか。殺すわけでもないし。フィールドへ入ってきな」


 黄金の槍を強く握りミーアはフィールドへと入り構える。普段弟子として修行をしているビートさえもあの状態のマグナとは戦ったことがない。この場にいる誰もが戦いにあるとは思っていなかった。

 しかし、その予想は覆される。

 

「いきますッ!」


 ミーアは距離を果敢に攻める。近づくだけで異常な熱が伝わり額に汗が流れ、集中力を阻害する中、ミーアの動きには一切の乱れがなく華麗にマグナの攻撃を避けていく。


「生きるための槍の力。恐ろしいな。これだけ打ってもかすりもしないとは」


 マグナはミーアの瞳を見る。そこに映っていたのは黄金に染まる瞳だった。


「まさか、槍と一体化にでもなったというのか」

「わからない。私には何も。でも、今まで以上に動きが軽い。頭を使わずに自然と動く。導きだけじゃなくまるで私自身が動いているよう。相手の動きをよめているわけじゃないし、こっちだって一度も当たっていない。それでもまったく恐怖はないです。むしろ、勝てそうな予感さえ」

「ほぉ~、ならその自信を打ち砕くとしよう」


 槍を炎で纏い熱風が周囲へ広がる。少し離れている四人でさえも熱いと感じるほどの熱に対し、ミーアは平然とした表情をしていた。

 マグナの動きが少し速くなり怒涛の攻めがミーアを襲う。フィールドの端まで追い詰めて回避を困難にしたうえで、防御しかできない状態で打ち続ける。どれだけ完璧な防御が出来ても槍を使う本人のスタミナには限りがある。いずれ耐えきれなくなり防御が手薄になれば、この状況下でフィールドの外に押し出すのは造作もない。

 しかし、次第に雲行きが怪しくなる。どれだけ打とうともミーアの表情が変わらない。マグナは異変に気づく。黄金の槍の光が強くなっていることに。嫌な予感がしすぐに後方へ下がるとミーアは同時に距離を詰める。しかし、マグナは一定の距離を保とうと再び後ろへ下がった。

 マグナがあまりにも距離を保とうとするからミーアは疑問に感じた。


「なぜ下がったんですか」

「その槍、いつの間にか光が強くなっている。君の策はそこにあると考えただけだ」

「バレちゃいましたか。正解ですよ。私もこの七日間で知ったことで、この槍は相手のパワーを吸収し解放する力があるんです」

「そりゃあ、スタミナ切れを起こしづらいわけだ。で、その威力はどれほどのものだ?」

「かなり打たれましたからね。おそらく、建物一つぐらいな一撃で壊しあまりあるかと」


 黄金の槍の吸収する力もさることながら、マグナの全力ではない攻撃がそれほどの威力があることに三騎士は驚いた。全力を出せば三騎士も建物を壊すことぐらいは容易だが、マグナは制約解放状態の打撃。その一打一打の威力が凄まじいことの証明となった。


「なら、打ってみろ」

「いいんですか?」

「どうせやるつもりだったんだろう」

「……わかりました。しっかり防御してくださいね」

「それは見てから判断する」


 槍を引き力をこめる。槍はさらに神々しい光を強めた。

 ミーアの体を不思議な感覚が包み込む。宙に浮くような感覚、五感が研ぎ澄まされる感覚、世界がスローに動くような感覚、木々の葉や雑草の揺れ、この場にいる全員の呼吸のタイミングさえわかってしまうような感覚、まるで神のにも似た異常感覚が体に満ちる時、槍を前へと解き放った。

 黄金の衝撃波がマグナへと進む。地面を抉り空間を震わせ、神の雷と言われても疑いの余地がないほど神々しい光。しかし、そこに潜む周囲へ伝わるイメージはに破壊と言ったものはなかった。なぜか、それは救いの手に思えたのだ。

 

「こいつはちょいと本気を出すか……。炎極烈破衝!」


 マグナも同様に攻撃を放つ。荒々しい炎が黄金の衝撃とぶつかりあい、立っていられないほどの衝撃が森全体に広がる。木々は大きく揺れまるで悲鳴に似た空気を裂く音が鳴り響く。ぶつかりあった攻撃同士はお互いの中心で押し合う。いや、完全に止まっていた。

 黄金の槍が吸収したパワーが完全に消費され、マグナも攻撃をやめた。

 轟音から静寂。

 そして、マグナは笑った。


「はっはっは! まさか槍をそこまで使いこなせているとは。君の勝ちだよ」

「えっ?」

「俺の足元を見てみろ」


 マグナのかかとはフィールドの外へとわずかに出ていた。


「一瞬油断して押されてしまった。ルールの上では君の勝ちだよ」


 まさかの勝利にミーアは言葉が出ない。槍の声に従い、槍の導きに従い、自分のすべてを槍にゆだねた結果、誰も決定打を当てられなかったマグナに、ルール上の勝利をしたのだ。


「嬉しいです。でも、これは私の力じゃない。槍の力です」

「それでいいだろ。その槍の力を活かしたのは君の力だ。すべてを自分でやろうとせず、使えるものをしっかり使う。戦いの基本さ」


 この七日間の修行でミーアが手にしたのは戦いへの基本的な精神と、槍と一体化すること。それ以上に大きく精神、肉体の成長を遂げた。

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