最強のランサー
森の奥へいくと木製の家が立っていた。その近くにはツリーハウスが二つ。焚き火のあとや薪が積んでいることからここで生活していることが伺える。
他の場所に比べ日当たりがいいのはビートの師匠が木を斬り倒したかららしい。
「師匠ー!」
家の前でビートが叫んだ。
すると、ゆっくりと引戸が開いてそこから白色の髪を一つ結びにした男性が出てきた。見た目年齢は四十後半程度と思えるもので、髭はしっかり剃られており、マントを羽織っている。
「あと三日あるだろ。何しにきたんだ」
「客人がきましたよ」
あくびをした後、ビートの師匠はミーアたちを眺めた。
「客人とは珍しいがまさかスバラシアの姫と三騎士とはな」
「私たちのことを知っているのですか?」
「むしろお前らは知らないのか。俺はスバラシアと一時期契約を結んでた。依頼されれば助けるってな」
「そのような話はお母様から一度も。三人は知ってる?」
三騎士首を横にふった。
「黄金の槍……。もしかして、王国は滅んだのか?」
「はい……」
「まぁ、お姫さんがそれをもってるってことはそうだよな」
「どういうことですか?」
「黄金の槍は俺がスバラシアにくれてやったものだ。そんときの王は支配ではなく同盟で平和を目指そうとしていた。俺が持つよりは有効活用できる。もし、スバラシア王国に何かあれば、それを引き継ぐのは自身の血統だと言ってた」
「そんなことが……。あの、ウィークって人をご存じですか?」
「まぁ、俺の弟子だったからな」
「やっぱり、あなたがウィークの師匠なんですね。あの、いろいろありましてこの手紙を」
サハランが書いた手紙をマグナに見せると大きく笑った。
「傑作だなこりゃ! あいつめ、あの槍をもっていながらいまだにこんなことができるとは、精神はだいぶ成長したようだな」
「私にはその意図がわからなくて」
「まずは状況を整理させてくれ。こんなとこじゃなんだからとりあえず中に入りな。ビート、客人に飯を出してやれ」
「りょーかいっ。ちょうどビックモスが手に入ったとこなんですよ~」
ビートは魔法を使って自身の身体能力を上げると先ほど倒したモンスターを運び、外で調理を始めた。ミーアたちは家の中へと入る。すると、一段あがった場所に畳がしかれており、中央に灰が詰まった四角い穴があって、天井からつるされたかぎ状のものに鍋がひっかけてある。
「囲炉裏を見るのは初めてか?」
「囲炉裏というのですね」
「俺のいた……時代のものだ。結局慣れ親しんだものを好んでしまうのは人間の性だな」
ミーアはここまでの経緯をマグナへと話した。
「そういうことか。この手紙の意味は分かった。だが、君はやつのことをどこまで知ってる?」
「突如現れた漆黒の槍をもった男性としか。それと、私のお母様を殺した存在」
「漆黒の槍は手にした人間を狂気と殺戮で支配するものだ。その上で最強とも言える力を与える。鎧を貫通し無茶な位置から急所を刺し、力が解放されればどこにいようと刺す。この槍を手にした人間は自身の愛すべき人さえもその手にかけるほど狂うんだ」
「でも、ウィークさんは私と普通に話してました。それに、人に対して気遣いも」
「だが、兵士を大量に殺したんだろ」
「はい……」
「奴は今、本当の自分を維持しながら漆黒の槍に餌を与えているんだ」
「餌?」
「黄金の槍が守る思いに応えるなら、漆黒の槍は殺意に応える。目的を果たし殺意から解放されようと思っても、一度手にした強力な武器は手放せない。だが、もう倒すべき相手はいない。そうなると、槍から声が聞こえる。見えているものすべてに対して憎悪が沸くようにな」
ミーアはウィークのことを何にも理解していないことに気づいた。漆黒の槍でただ人を殺すだけ。そこに合理性を導き出しているのは、漆黒の槍の声に耳を傾けるのではなく、自分が考えて行ったことだと認識するためだったのだ。
漆黒の槍は相手を殺すことに関してはこの世界で最強とも言える。しかし、それを使うか、槍に使われるか。どちらが主体となるかで扱い方は大きく変化する。
ウィークは必至に抑え込んでいたのだ。時折表に現れる本来の自分を見た漆黒の槍が、憎悪で支配するのを必死で、たった一人で抑え込もうと努力していた。
「あいつは馬鹿みたいに優しい人間だった。モンスターを殺すことさえも躊躇するくらいにな」
「マグナさんはいつからウィークと?」
「10年前だ。あいつがいた王国が崩壊した数日後に出会った」
「待ってください! ウィークは王族だったのですか!?」
「あぁ、名前くらい知っているんじゃないか。同盟することで世界平和の実現を目指そうとしたアリバ王国だ。君らのスバラシアとよく似ている。結局、そんな存在がいると周りの国もそれに影響を受けて戦いをしないようになってしまう。それを良しとしなかった国に滅ぼされたんだ」
「アリバ王国はかつてスバラシアとも強い同盟を組んでいたと聞いています。まだ私は小さかったので詳しい事情は知りませんが、お互いに守りあうために戦力の共有も考えていたと」
「もし、それが達成されていればスバラシアとアリバに攻め入る国は常に二つの国を相手にすることになる。さらに、平和主義の王国が軌道に乗ったならば、周りの国だって双方の国に取り入る。孤立が一番危ないことだからな」
「孤立してしまったがゆえにスバラシアは崩壊したと……」
「アリバを崩壊させた国は当時ジャクボウと手を組んでいた。君とあいつの運命はすでに重なっていたんだ」
ウィークの殺意の始まりは自身の母親を殺されたことからだった。それはミーアも似ている。しかし、二人とも最初から憎悪を抱いていたわけではなく、まずは強くなることから始め、その途中で殺した張本人を知り殺意が沸いたのだ。その結果、殺戮の世界で生きることになったのがウィーク、ミーアはまだそこまで道を踏み外してはない。
「もしかして、ウィークは私を同じ道に行かせないために……」
「平常時のあいつならそう考えていてもおかしくない。槍の腕前はいいのに殺しに使えない軟な男だと思っていたが、その弱さを漆黒の槍で克服したんだ」
「でも、その結果あの人はいまも苦しみ続けている」
「だからだ。それが間違えだと知っていながら、もう前に進むしかない。いつのまにか漆黒の槍に支配されないために作っていた合理を真実だと思い込んでしまい、殺すという結末こそが最良の策だとあいつは信じた。だが、すでに支配されかけているんだ。皮肉な話さ」
殺意がどれだけ御しがたいものかをミーアは知っている。ウィークが母親を殺したと分かった時、今までどこかに優しさをもっているのだろうと考えていたのに、その全てが完全に闇に染まりどうしようもなくなる気分。
これを耐え続けることがどれだけ困難で、どれだけ辛いことか。
「ウィークは、私に何をしろと……」
「黄金の槍を使いこなす人間になってほしいんだろうな。昔のあいつなら、今の君よりもその槍を使いこなせる純白の心を持っていた。その時はすでにスバラシアに槍を渡していたから何にしろあいつが持つことはなかったがな」
「スバラシアは特別な国ではありませんでした。なのになぜ」
「君の祖父に当たる人の心に惹かれてね。彼は殺す覚悟と許す勇気をもっていた。それでついな。いずれ、戦いに身を投じるならば、漆黒の槍も渡してやろうかと思っていたが年月は経ち、気づけば俺は弟子をもって、そいつに槍を持っていかれた」
「私の祖父を知っているとなると見た目と年齢がまったくあわないと思ってしまうのですが」
「黄金の槍の力さ。その槍を全力で使いこなした結果、俺は人を超えた生命力を得た。それだけのことだ」
なぜそのようなものを得たかはマグナ自身もわからなかった。だが、黄金の槍には生きるという目的に対し、純粋なまでに力を発揮する。それを生かすへ変換することで、殺さずの槍として戦うことが可能だった。
「ウィークはいまごろ何を……」
「それは気にしなくていい。今は自分のことだけを気にしろ。明日から君を強くさせてやる」
「えっ!?」
「またスバラシア王国を復活させるんだろ。おそらく君らが狙われたのは黄金の槍を持つからだ。それに関しては俺にも責任がある。奴らは知っているんだろう。槍の真価を発揮することができれば国どころか兵士させも死なない最強の国ができあがると。そして、ウィークも知っていた。それに唯一対抗できるのが漆黒の槍だと。別にこの二本の槍は清らかな人間だけが扱えるわけじゃない。生か死に対して、生かすか殺すかに対して、純粋に求める者が力を発揮する。支配者でも救世主でも構わないのさ」
「私は今よりも成長できるのでしょうか……」
「成長しようとする心があるのなら成長はできる。あとは継続と努力だ。どれだけ綺麗な言葉を並べても、最後にはその二つだけが待っている。詩人だって綺麗なことをいいつつそんなことは知っているんだ」
すると、三騎士の一人ボルトックがミーアの横に移動しマグナに言った。
「あなたの心遣い感謝します。我々三騎士は姫様のために自分らがもつすべてを渡すつもりでしたが、どこか甘さが出てしまい姫様が理想とする成長を阻害していました。今はマグナさんの力が頼りです」
「なに自分らは関係ないみたいなこと言ってるんだ。お前らも全員強くする」
「……良いのですか」
「俺からすればお前らもまだひよっこさ。だが、先に行っておくぞ。俺の修行についてこれたのはウィークとビートだけ。それまで俺に稽古をつけてほしいやつなんていくらでもいたが、ものの数時間で諦めた。それを覚悟しておけ」
マグナの目、声色、それに覇気がこれから明日から行う稽古の過酷さを内容を語らずして四人の伝わる。部屋が緊張で満たされそうになったころ、扉が開き明るい元気な声がこだまする。
「できましたよ~!」
「よし、飯にするぞ」
「は、はい!」
焚火の上には金属でできた土台があり、その上に大きな鍋が乗せられてモンスターの肉がぐつぐつと煮込まれている。大量に用意された食事に対し生唾を飲み込む。
「いっぱいあるからじゃんじゃん食べてよ。どうせ二人だったら食べきれないしね」
「四人はしっかり食べておけよ。明日に備えて体力をつけるんだ」
しっかりと味のついた料理に四人はがっついた。空腹でもあったが、それ以上にこれほどちゃんと調理された食事をとるのが久しぶりだったからだ。三騎士たちは戦いにおいては凄まじい才能を発揮するが、料理においては野営においての必要な技術しかもっておらず、味気のない料理しか作れなかった。
「味がしっかり染みてて肉も柔らかい」
「でしょでしょ。たまに師匠からお前はランサーではなく料理人なれって言われるくらいだからね」
「ビートはどうしてマグナさんの弟子に?」
「強くなりたかったからだよ」
「強くなる必要があったと」
「私、ここからだいぶ離れた国の城下町で住んでたんだけど。どんどん国からのしめつけが苦しくなってさ。町の人たちが疲弊するのを見てレジスタンスが結成された。人を集めて武器を集めて、なんとか王の裏をかこうとしたのに、たった一人の裏切者にすべて邪魔されちゃったんだ」
「そんなつらいことが」
「どれだけ人と協力しても、向いている方向が違う人がいると集団として機能しない。だったら、自分が強くなって一人になっても立ち上がれるようじゃないとダメだって。盗んだ槍で独学で修行している時に師匠と出会って無理やり弟子にしてもらっちゃった」
強くなる人間の共通点が見え始めていた。ウィークもビートも同様に自身の弱さを理解し、強くなるために前へ進もうとした結果マグナと出会い力を付けた。それがわかると同時にミーアはなぜ自分がまだ強くなれないのかと不安に思う。
「ビートはなぜそこまで強くなれたの?」
「う~ん。師匠がすごいってのもあるけど、たぶんは人はみんな強くなる可能性は秘めているんだよ」
「強くなる可能性……」
「確かに開花するまでの時間差はあるからそれを才能と呼ぶならそれまでだけどさ。それってとても悲しいことでしょ。そんな現実くそくらえって思えるような精神の持続。あとは目的があったからだと思うよ。成長ってさ、面白いことにじわじわ上がるのもあるけど、本質は急激に成長を実感できるタイミングがあるってところのなんだよ」
ビートは自身の経験を語った。
この森で修行を始めだして一週間が経ったころ、異常な修行メニューにだんだん吐き気さえ覚え、一度は逃げようとした。その時、頭の中に二つの未来が見えた。逃げれば弱いまま誰かの世話にならなきゃ生きていけない。そうなればまた同じことを繰り返す。運よくいい人出会えても、幸福になれたとしても、それが永遠に続くことはない。いずれ試練が待っている。
逃げずに修行をしてもいつ強くなるかわからない。いつまで経っても弱いままかもしれない。だけど、以前よりは確実に強くなっている。わからないことだらけだからこそ、たくさんことが知識として力として自分の中に入ってくる確かなものを感じていた。その先に何がまっているかわからなくても、世界の流れに身を任せるより、自分が動いて世界の流れに逆らうことが、真の幸福を見つける手段なのではないかと思い、再び修行に励んだ。
「もうここに来て一年になるよ」
「ウィークと会ったことは?」
「ないよ。前の弟子は私が来るよりも先に出ていったから」
ビートやウィークは同じ師匠のもとで強くなった。今から自分もその相手に修行をつけてもらえると思うとミーアは少しだけ希望が見えた。
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