決意
駐屯地の兵士たちを一掃した三騎士は静かになった町へと向かった。町の中央に広がる光景に絶句し、まさかミーアがやったのかと疑ったが、心臓を一突きされている死体を見てウィークがやったのだろうと察する。
「今の姫様ではここまで正確に心臓は貫けない」
「彼がやったのだろう。底が知れない男だったが、まさかここまでするとはな」
「二人とも、あそこにいるの姫様じゃない?」
ミーアは広場で膝をつき泣いていた。幼子のように人目をはばからず。
三騎士はすぐに駆け付けレイは膝をつきミーアの表情を伺うと、そこにあったのは王国崩壊後にみせた強さは消えていた。
「姫様、なにがあったのです」
「私は……私はなにもできなかった。兵士たちが、死んでいくのをただ見ているしかなかったの……」
「あの男がこれを?」
ミーアは小さくうなずいた。
ただ者ではないと思っていたが、たったひとりこれだけの兵士を倒したウィークの強さに三騎士は驚きを隠せない。
「あの男はどこへ?」
「わからない……。お母様を殺した相手を見逃してしまった……」
「女王様を殺した……。あいつがそう言っていたのですか!」
「ジャクボウの情報官が言ってた。それに、ウィークは否定しなかったの」
そのことを思い出し再びミーアは泣き始めた。レイは優しく抱きしめボルトックへと視線を向ける。
「すぐにここを去ろう。野営地点まで戻り明日の朝に森へ戻る。今は姫様に休息を与えるんだ」
野営地点まで戻る中、ミーアはレイに体をあずけ馬に揺られながらも眠っていた。今までにない緊張感と衝撃の出来事。体も精神もすでに限界だったのだ。
「ボルトック、これからどうする?」
「あの現場を見ていた者の口封じをする必要があるな。町の人間からすれば姫様もウィークに加担していたように見えていても不思議ではない」
「手荒な手段は姫様が許さないぞ」
「わかっている。だが、どうしたものか」
「僕らだけで王国に囚われた人たちを解放する?」
「一部なら可能だろう。だが、どれだけの民や兵士を生きたまま連れてこれるか……。馬や馬車を手配する必要がある」
「あの男の口車に乗せられてしまったがゆえに状況を悪化させてしまった。不覚だ……」
野営地まで戻りミーアを即席で作った寝床に寝かせようとすると、レイの手を離さなかった。
「今日はそばにいてやれ。あれだけのことがあったんだからな」
「そうだな。……こんなに弱弱しくなるまでに苦しかったのですね」
朝日の光で目を覚ましたミーアは自分がレイの腕を握り共に寝ていたことに驚いた。
「私はなにを……。レイ、ここはどこですか」
「おっと、私よりも先に起きたんですね。ここは町のはずれの野営地。簡易的ですがね」
「私は昨日、町で……」
「あまり深く思い出さない方が良いですよ。今は今後の策を立てましょう」
体の傷は槍のおかげで癒えていたが、胸の中にあるもやもやだけはいまだに残り続けていた。顔を洗うため川辺までいき、冷たい水で顔を洗ってポケットに入れてあるハンカチを取り出そうとしたとき、一枚の紙が叢へと落ちた。
拾ってみると、それはサハランからの手紙だった。
「おそらく私はあいつからの手紙って言ったと思うけど、実はあいつの代わりに私が書いたんだ。長い修行の中で字の書き方を忘れちまったらしく読めたもんじゃなかったらな。この手紙を見ているということはすでに負けたかそれともうまく目的を達成したかどっちかだろうね」
「ウィークが……」
「でだ、あいつがいっていたことを伝える。もし、今と状況が一変し、何をすればいいかわからなくなったなら、エジストの森へと行けってさ。そこにはあいつの師匠がいるらしい。その人物が黄金の槍の使い方を教えてくれるだろうって」
「エジストの森……」
「お嬢ちゃんがあいつのことをどう思っているかわからないが、私の感想を述べるとあいつは壊れかけている。戦うことでしか自分という存在を確認できなくなっている。殺戮がアイデンティティみたいになっているんだ。誰かがその間違えを正さなきゃいけない。まっすぐな瞳をしたあんたみたいな人がさ。――町に来たときは声をかけてくれよ。私の話も聞いてもらいたいからね」
手紙はそこで終わっていた。
なぜウィークは師匠へ会うことを勧めてくるのか。この時点でのウィークは兵士たちを殺戮する前にサハランへ話を伝えたということになる。殺意に溢れたあのような姿を思い出すと胸が苦しくなる。だが、ウィークの行動には常に何かしらの意図があった。殺したときも後の安全のためであり、筋自体は通っている。ミーアとウィークが求めているもの自体は同じ平和だったのだ。しかし、やり方が違う。そして、ウィークは女王を殺した存在。素直に手紙通りに森へ行くことを拒んだが、これから何をすればいいのかわからない以上、行ってみるほかなかった。
「姫様~」
「ウォースラー、どうしたの?」
「ちょいと町の方に偵察にいってたんですがね。何やら騒動が起きているそうなんですよ。今ボルトックが町の中で確認してますが。……姫様もいきます?」
町に戻れば昨日の光景を思い出すだろう。血の海が広がり、命を失った兵士がそこら中に転がっている悲惨な光景。ミーアは迷った。震える体をなんとか抑え込み考える。今ここで現実から目を反らせば心は楽になるだろう。だが、これから待ち受けているものはもっと過酷な戦いかもしれない。そう思うと、たとえ苦しくても、王国を復活させるために、現実を見なければいけないと直感した。
「いきましょう。現実を見なければいけない」
レイと馬に乗り、ウォースラーと共に町へ向かった。
すでに町の騒動はボルトックが沈めたらしく、縛り付けにされた兵士が一人。しかし、様子がおかしい。皮膚をうっすらと赤くさせモンスターのようなうなりを上げながら周囲を威嚇していた。遠くに飛ばされた兵士が持っていたとされる剣には血がべっとりとついている。
「ボルトック、何があったの」
「姫様、大丈夫なのですか?」
「えぇ」
「この兵士は昨晩の生き残りらしいのですが、木に縛り付けにしていたというのにいつのまにか抜け出して取り上げた剣を探し突如町の人々を襲い始めたそうです」
「ですが、周りの人たちにケガ人はいないみたいだけど」
「凶暴化していてもルールを守っているものには手は出さなかったようです。あくまで、この町のルールを乱したもの。もしくは兵士の邪魔をしたものを殺したと」
「町のルールを乱す者……。まさか!!」
嫌な予感を覚えミーアは店へと向かった。レイがついていくとそこは少し町から外れた寂れた店。扉は壊されており何かあったのは明白だった。恐る恐る中へ入ると、店の床に服が乱れたサハランが血だらけで倒れていた。
「うそ……そんな……」
「なぜ町はずれの店を襲ったのでしょう」
「この町は自分を押し殺し平和を作り出さないと国からの締め付けがきつくなるの。税の徴収が増え、さらに辱めまで受けさせられる。そんな中、サハランさんは自分を隠さず本当の自分であろうとした」
「普段からこの店に対して圧力をかけていたと。だから、凶暴状態でもここへまっすぐ向かっていつものように」
「ウィークは言ってた。一人だけ生かしたと。その先に何が待っているか自分で確認しろって」
「あいつがそんなことを」
「私が殺さなかったから……。殺したくないと理想をもってしまったから……また罪のない人が犠牲になってしまった」
ミーアはもうどうすればいいのかわからなかった。殺し合いをしなくとも解決できるのだと理想を抱いて、黄金の槍の力ならそれができると信じていたのに。生かせばいずれ報復される。ウィークがバイザッドにしたように、ミーア自身がウィークへ殺意を抱いたように。
すると、レイはミーアを自身のほうへ振り向かせ言った。
「殺さないで物事が解決できるのは理想です。それはとても素晴らしいこと。ですが、今のあなたは弱い。その結果がこれです」
「あなたまで私の考えを否定するつもりなの」
「いえ、そうではありません。その理想を叶えるにはまだ実力が伴ってないということです。三騎士の我々が戦えば人は死にます。私たちも人を殺さずに戦いに勝つなど難しい。ですが、黄金の槍ならそれができる。使い手としてもっと槍を活かせる存在にならなければ、その理想を叶えられません」
「……ウィークの師匠は黄金の槍と漆黒の槍をもっていた」
「黄金の槍はかつて三代前の王が誰かから譲り受けた物。それ以前に持っていたとなるとその人物の年齢は人間を超えていますよ」
「だけど、ウィークはその師匠から漆黒の槍を盗んだ。その人なら、この槍の使い方を……」
レイはまだ奥深くにあるミーアの強さを見た。
王国が崩壊した時も、自分の弱さを理解した時も、あれだけの悲惨な光景を目にし、見知った人間の死を経ても、いまだ強くあろうと前へ進もうとする精神。それはかつてみた女王の気高き姿によく似ていた。
「その人物がどこにいるか知っているのですか?」
「手紙に書いてあったわ。エイジスの森だと」
「あの森はモンスターが多く生息する危険な場所。あんなところに人が住むなんてことがありえるのでしょうか」
「ウィークは隠すことはあっても嘘はつかなかった。それに、行動にはすべて意図がある。これがあの人のためなのか、それとも私のためのなかわからないけど、行くことには何かしらの意味があるはず」
「そうですか。……ならば行きましょう。私たち三騎士がお供します」
「とても心強いわ。まだ弱くて迷惑かけるけども、少しでも早く成長して見せるから。その時までそばにいてね」
「いつだって姫様をお守りします。あなたが女王になる姿を見なければ死んでも死に切れませんから」
四人は町をあとにした。幸いこの町は特別重視されている場所ではないため少しの間なら兵士たちが全滅したことは王国には伝わらない。その間にウィークの師匠マグナに会い、ウィークが何を意図して師匠に合わせようとしているのかを見極めなければならない。
エイジスの森は町から馬で5時間ほど走った場所にある。到着するころには陽がくれ始めていた。
「この森です」
「見るからに怪しげね」
険しい道のため馬を近くで待機させ森へと入っていった。陽が沈みかけていることもあるが背の高い木々が多く太陽の光はかすかにしか届かない。進む度に周囲からは何かしらの生物が動く音が聞こえ警戒心を保っていなければいつ何が襲ってくるわからない。
「俺とウォースラーが先行して見てくる。レイと姫様はゆっくり向かってください」
「えぇ。無茶はしないでね」
「モンスターごときに遅れは取りませんよ。ウォースラーいくぞ!」
「は~い」
足場の悪い道は時折ぬかるんでおりミーアは転びそうになるが、レイがすぐに支えてくれたおかげでなんとかなっている。四人が潜んでいた森はこことは比べ物にならないくらい穏やかで平和だった。この森を見てミーアは自分がどれだけ安全な場所で過ごしていたかということを再認識した。
先行したボルトックたちの方向から激しい音が聞こえ始めレイはミーアの前に立ち制しした。
「戦闘を行っているようです。一旦止まりましょう」
「加勢に行かなくていいの?」
「あの二人ですから問題ありません。しかし、周囲の警戒は怠らないように」
「――めずらしいね。こんなとこの人がいるなんて」
突如、ミーアの後ろから声が聞こえレイはすぐに槍をその声の下へ突いた。すると、軽快なステップで後方へ下がる少女の姿があった。
「あぶないじゃんもう! 勝手に森に入って来て襲ってくるとかもしかして山賊? いや、にしては随分小奇麗だよね。その子は貴族っぽく見えるし」
「あなたはここに住んでいるの?」
「そうだよ。師匠とね。といっても最近は一人で修行やらされてるから一週間ぐらい一人かな」
「この森で一週間も一人……。あの、私はウィークという人物の師匠に会いに来ました。名前はマグナ」
「マグナってあたしの師匠だよ。あ、そういえば以前に弟子がいたとか言ってたか」
「その人はどこにいるの?」
「森の奥の方だよ。連れてってあげようか?」
「ぜひ」
すると、ボルトックたちが向かった方から巨大なモンスターが走ってきた。巨大な体に太い4本足。何もかもを蹴散らしそうな突進力は周囲の木々をまるで枝を折るように次々と倒していく。
「おっ! 夕飯みっけ!」
「もしかして倒すつもり!?」
「あたりまえじゃん。私こう見えても強いんだよね」
少女は背中に背負っていた槍を構え、魔力を込め全力で振りかぶりモンスターの眉間へと投げる。圧倒的な突進力の前に槍が効くのだろうかと半信半疑なミーアだったが、それはすぐに覆されることになる。
投げた槍はさらに加速し魔力を噴射しながらモンスターの眉間へとあたりそのまま一直線に貫通。モンスターは一撃で沈黙した。
「す、すごい……。巨大なモンスターを一撃で」
「あの少女、我々に匹敵するほどかなりの実力の持ち主です。あれで弟子となると、師匠は我々以上の実量を持った槍使いの可能性が」
「あっちにも二人いるね。お仲間かい?」
まだミーアとレイからは姿が見えていないのに少女はボルトックとウォースラーの存在を確認していた。ほどなくして二人が戻ってくると、モンスターのやられ方に驚きを隠せなかった。
「君がこれを?」
「そうだよ。私はビート。この森で修行してるの。みんなは師匠に会いたいんでしょ。たぶん、うちの師匠だろうからつれていってあげる」
無邪気な少女ビートはミーアよりも少し幼いがその実力は先の戦闘で見せたとおり三騎士に匹敵する。少なくとも森の戦闘においては熟知している分ビートの方が上だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます