七日修行の始まり
次の日の朝、小鳥のさえずりでミーアは目を覚ました。三騎士のレイやウォースラーはまだ寝ており、ボルトックだけがすでに目覚めてその場にいなかった。眠気眼をこすりながら外へ行くと、ボルトックはマグナとビートの手合わせをしている姿を見ていた。
「おはよう、ボルトック」
「おはようございます。姫様」
「あの二人はいつからああしてるの?」
「二十分くらいは経ちます」
マグナとビートは二十分戦い続けているというのに、お互いに一切息は乱れていない。ボルトック曰く、最初からハイスピードで動きその勢いは落ちていないという。
「二人とも見たことのないほどに槍の使い方が卓越している……」
「想像を遥かに超えています。一対一でこの場所なら、おそらく我々でもあの少女に敵わないでしょう」
「なぜあれほどまでに強くなれるの」
二人の手合わせが終わったのはそれから十分後だった。レイやウォースラーも目覚め、全員で朝食を食べたのち修行が始まった。
「君らにやってもらうのは七日修行。一週間俺が出した目標をすべて達成することだ」
その修行方法はとても古風なものだった。険しい森の中を駆け巡り、指示された食材の採取、モンスターの討伐、制限時間内の走破。そして、最後にはマグナとの実戦。ここへ来てすぐに大型モンスターに出会った四人は今回の修行がどれだけ厳しいものかを理解していたが、弟子であるビートはあくびをしながら話を聞いていた。
「ビートは怖くないの?」
「怖くはないよ。一番怖いのはいつだって動かないことだから」
「動かないこと……」
「勝ちも負けも立派な経験、成功も失敗も立派な経験。どちらに転んでも得るものがある。でもね、止まってたら成功も失敗もないけど、何もない。いつか時間が状況を変えてくれると言っている内に、いつのまにかおばあちゃんになっちゃうよ。私はそれを想像するだけで怖い。だから、いつだって動くだけ」
「でも、この森には昨晩のような凶暴なモンスターがいるはず。死ぬかもしれないでしょ」
「みんないつか死ぬでしょ」
悟り切ったような返事は冷たいわけでもなく蔑むわけでもなかった。本当にそう心から思っているが故の返事。ミーアは自分より年下なのになぜここまではっきりとものが言えるのかわからなかった。
「死ぬのは怖いことよ」
「そうだよ。でも、目的もなしに、探さずに、どこにもたどり着けず生き続けることが幸せでもないよ。町にいる人々も、自然で過ごすモンスターたちも、何か目的がある。それは生きるためと言う純粋な本能かもしれないし、家族を養うや、店を繁盛させるとかいろいろあると思う。平和な世界でただのんびり暮らすのも悪くない。でも、そのどれもが目的か到達点なんだよ」
「ビートは何を目指してるの?」
「みんなが憧れるランサーになることだよ。今の私なら昔みたいに怯えはしないし、今の私があの時に戻ってもきっと状況は変えられる。だけどさ、過ぎ去った時に思いを馳せても時間は戻ってこない。だから、第二第三の私みたいな子が出てこないように、強くなっていろんな人を助けてあげる。そして、私はいろんな子に槍を教えてみんながつよくなったらいいなって」
ミーアは自分とビートの違いがなんとなくわかってきていた。おそらくそれは経験だと。人は大きな出来事目の当たりにするとそれをきっかけとして行動を始める。しかし、それはあくまで始まりであり結果ではない。きっかけをから行動をはじめ、いろんな経験を積み、今まで持っていた考えや感覚が新しくなることで人は成長すると、今のビートが物語っていた。
「今日の目標はグリーンウルフをそれぞれ一体ずつ討伐しここへ持ち帰ること。おおよその生息地域はビートに聞け。以上だ」
グリーンウルフは森に住む凶暴なモンスター。馬よりも小さいが馬以上に素早く鋭利な牙に毒の息を吐く個体もいるため、慣れていないものだと倒すのは至難の技。
「倒せなきゃ飯は抜きだ。帰ってきても家には上がらせない」
「まぁ、私はツリーハウスあるけどね~」
「何言ってんだ。お前だって倒してこなきゃツリーハウス壊すぞ」
「ええ!! せっかくがんばって作ったのにそりゃないよ!」
「だったら早いとこ四人に場所を教えて自分の分を倒してこい」
「わかったよ。ほら、みんないくよ。遅い人は置いてっちゃうからね」
ビートが走り出しそれを追いかける四人。マグナは煙管に火を点けて深く息を吐いた。
「あいつが一度は根を上げた修行。お嬢さんにこなせるかな」
太陽の光がほとんど入らない森の奥へと進む。足元の状況は最悪で三騎士でさえも必死についていかなければ距離を離されてしまう。その中、ミーアはかなり後方ではあるがなんとか一番後ろにいるレイの後姿を捉えていた。
「なんて速いの……。私じゃ追いつけない……」
少しずつ遅くなっていく中、母親の言葉が頭に浮かんだ。
「あと一歩。さらにもう一歩。いずれその一歩はスタート地点が見えなくなるまで進んでいく。苦しい、つらいと思ったときこそ一歩を踏みだすの。その回数が人を劇的に成長させてくれるから」
ミーアは自分のいままでを振り返る。思えばいつだって一歩を踏み出すことをしなかった。何かに興味を惹かれても、辛いところで足を止める。そしてまた別のことへと興味が移る。その結果、理想だけが膨れ上がり理想にたどり着けなくて自己嫌悪に陥る。
「足が動かなくなるまで動かすんだ。毎日ちょっとずつ限界を超えるんだ!」
なんとか追いつこうと頑張るミーア。レイは軽く後ろを向いてその姿を見ると、小さく笑みを浮かべた。
「強くなろうとがんばっているのですね。まずはこの背中を追い越すところからです」
レイは少しだけを足を速めた。ミーアは自然とそれに追いつこうとし、少しするとビートたちが止まっているところに到着した。
「はぁ……はぁ……」
「ミーア疲れすぎだよ。いまからが本番なのに」
「だってこんなに走ったの初めてだから……」
「おめでとう」
「……え?」
「初めての体験は大事だよ。それを超えたミーアにおめでとう。それにいまからはもっと初めてのことをするよ」
ビートが力強く指笛を吹く。木々が風に揺られ何かが近づいてくる音が聞こえ始めた。
「グリーンウルフは高音が嫌いなの。でも、逃げるわけじゃなくて音を消しに来る」
「じゃあ、今周りにいるのって」
「グリーンウルフだよ。みんな、構えて」
それぞれを背にして周囲を見回すと木々の間から鋭い眼光が五人を睨んでいた。十体のグリーンウルフは慎重に近づく。ビートは手慣れた風に、三騎士は初めての相手に多少緊張感を高めたが決して恐れているわけではない。唯一、ミーアだけが構えに不安が表れていた。
しかし、ミーアのタイミングなど考えてくれるわけもなくグリーンウルフは一斉に襲い掛かってきた。ボルトックは自慢の剛腕で薙ぎ払い、ウォースラーは槍に水を纏わせ攻撃を受け流す。レイは持ち前の素早さで華麗に交わし、ビートも森で鍛えられた体で縦横無尽に飛び回る。
「くっ……みんなあんなに強いのに私は……」
槍に食らいつかれなんとか押し返そうとするが野生のモンスター相手ではまったく歯が立たない。
「く、くっ……こんなとこ……こんなとこで負けてらんないのよッ!!」
ミーアの思いに反応し黄金の槍が光を放つ。その直後、槍から衝撃波が放たれ噛みついていたモンスターを大きく吹き飛ばす。ほかのグリーンウルフは警戒態勢に入り集団でミーアを狙った。四方八方から毒牙と鋭利な牙を光らせ素早く距離を詰めた。
「目で追っても間に合わない!」
「ちょうどいいとこに集まってんじゃん。ミーアはそこから動かないでね。――重連解除!」
ビートが解除魔法を唱えると一本だった槍が二本に分かれる。そのまま縦回転させ飛ばすと自由自在に操り始めた。ミーアの周りにいたグリーンウルフを次々と蹴散らし、その隙に黄金の槍を一気に突いた。
一体のグリーンウルフの体に槍が直撃し、同時に衝撃波で一気に吹きとばす。木に激突し一体倒すことに成功した。
「姫様さすがです! ウォースラー、レイ。抑えめであれを使うぞ。制約解放! 轟かせろ、雷撃槍!」
「制約解放。激流氷結、水氷輪廻!」
「制約解放! 天まで届けっ、天空界!」
「へぇ~、制約状態だったんだ。こりゃあお手並み拝見だね」
制約解放したことにより鍛え抜かれた技術だけでなく槍の本来の力を発揮しモンスターたちを圧倒した。電撃を浴びせ、水と氷で相手を拘束し、風を巻き起こし一斉に切りつける。
「こんな力があるなんて」
「なに、ミーア知らなかったの?」
「えぇ、一度も見たことなくて」
「あれは制約解放。技術を磨いた人間だけが持てる魔導武器に制約を課すことで本来の力を封じる。強すぎる者が力に溺れないためであり、不用意に力を発揮しないためのものだよ」
「魔導武器……」
「制約を課すのも解放するのも修行が必要。力を抑え込む技術と解放する技術。その両方が備わってないとあれは使えない」
「どこまで成長すればあれを持てるの」
「守るものがあって、戦う理由があって、そのためたった一人になっても戦えるほどの力を得ることだよ」
「先は遠いわ……」
「無理してあんな力を手に入れる必要はないさ。ミーアにはその槍がある。でも、見たところまだ使いこなせてない。型に囚われずもっと自由に扱わなくちゃ」
「もっと自由にか」
「ほら、ちょうどいいとこにモンスターだよ」
残った一体がミーアへと襲い掛かる。ぎりぎりで交わすが俊敏な動きで立て続けに毒の爪を古い先端からは毒液が飛散していた。周囲の植物に触れると一瞬で枯れさせるほどの威力をもち、人間の肌に触れてしまえばもう使い物にはならない。
「もっと自由に!」
レイが助けに入ろうとするとビートが制した。
「何をする! すでに一体倒しているのだから目標は達成しているはずだ」
「確かにそうだね。だけど、あの子に必要なのはあの槍を使いこなすこと。それくらいわかってるでしょ。君たちとの修行は無駄じゃないけどさ、なまじ型や戦い方を知ったせいで動きが硬いんだ」
「だが、もし姫様が毒にやられたらどうする!」
「心配いらないよ。例えやられたって師匠の言う通りなら何も気にしなくていい。だって、あれはそういう槍でしょ。それに、モンスターを持ち帰るなら殺さなきゃいけない。人間とモンスターの間にある命の境界線を越えなきゃ」
黄金の槍は戦いに対して守りを極める武器。守りとは相手の攻撃を受け止める力であり、回避する力。純粋な守りの姿勢から相手の隙を探し決定打浴びせる。
「見える! モンスターの動きが手に取るように!」
死にたくない殺したくないという気持ちから、守り抜き穿つという気持ちへ変化したミーアに応え、槍は力を貸した。
ミーアが避ければ黄金の残像が発生し、ミーアが突けば黄金の衝撃波が発生する。
「あれが本当に姫様なのか」
「ミーアは確かに動きを学んで槍の扱い方を身に付けた。だけど、戦いへの意思がなかったんだよ。生き残りたい、勝ちたいっていう思いを維持できない。でも、それは確かにミーアの中にある。ピンチなときこそ、自分しか頼りになるものがないとわかった時、ミーアは君たちが想像していた姿、いや、それ以上に成長する」
「あまりに身近すぎて見えていなかった。戦いへの意思なんて兵士になれば嫌でも身に付く。姫様は我々の力不足で成長が止まっていたのか」
「君たちも成長途中さ。私もだけどね。共に歩めばいいんだよ。守る相手であり仲間として見てあげたら」
守るべきものとして認識している自然と保護する動きになってしまう。しかし、何事においても体験が優先されるべきであり、体験で得た知識を分析し答え合わせをする。先までのミーアは、知識はあったが体験が圧倒的に足りていなかった。
「この七日修行、もしやそういう意図が」
「やっと気づいた? 私や君たちにとっては大したもんじゃないんだよ。だって、殺すも逃げるもしっかり判断できるから。でも、ミーアを見てよ」
ミーアはモンスターをしっかりと視界に納めなんとか立ち回っている。同時にそれ以外のことが目に入っていなかった。
人間とは違いモンスターは純粋な殺意がある。今までミーアが体験していなかったものだ。
飛びかかってきたモンスターには対し、ミーアは必死に槍を突いた。咄嗟に回避し体を貫く。血飛沫が飛びちり衣類へ付着する。半ば放心状態のミーアだったが、レイたちのほうに振り向き槍をかがけた。
「や、やったのね」
倒したことは確かだった。しかし、ミーアの表情は喜ぶわけでもなく、いまだ緊張しているようにも見えた。
三騎士はその様子にわずかながら動揺していた。不殺を理想としていたミーアが、モンスターの命を奪ったのだから。
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