第21話 延期
昼食を食べ終えた後、火の後処理や焚き火台の片付け、テントの片付けなどを習い、アルカはしっかりとメモをしつつ、何度か組み立てと片付けを練習した。
最初よりもだいぶスムーズに行えるようになったところで、本部に戻ることとなった。管理人に挨拶をしてから、魔力自動車に乗り込む。
「あれだけできるようになったなら、本番でも問題なくできるだろう……どうした、キョウ?」
静香は褒めたはずなのに、キョウが少し不満げな表情を浮かべているのを疑問に感じたようだ。アルカは苦笑いを浮かべながら答える。
「ご飯が少なくて落ち込んでいるだけです。気にしないでください」
車内が笑いに包まれ、当事者のキョウはそっぽを向く。それからしばらくして、機動隊本部に到着した。
―
それから時は過ぎて、都市外調査訓練まであと二日に迫った日、いつも通り大護とともに第三区画で見回りをしていたところ、都市外に繋がる門に向かって歩く集団がいた。
畑が広がる中、それだけの人がいるだけでも目立つというのに、たくさんの荷物を持っているのならば、自ずと何をしようとしているかわかるものだ。
彼らの進行方向に魔力自動車を止め、職務質問がてら話を聞こうと近づく。すると向こうから怒鳴り声に近い声音で言葉が発せられた。
「何か用かよ、このケモノ共が!」
いきなりの罵倒だが、さすがにアルカとキョウは慣れてきた。第三区画で活動していると、必ず聞く言葉だからだ。顔色一つ変えず、彼らに質問をする。
「何処に行くつもりですか?その様子だと都市から出ていくように見えますが」
「俺たちがどこに行こうが関係ないだろ!そこ退けよ!」
「関係あります。都市外移住をするならば役所に届け出をしなければなりません」
「お前らケモノ共が作ったルールなんざ知らねぇよ!」
予想が的中して、アルカは内心ため息をつく。役所に届け出をせず、勝手に都市から出て行かれて不死者になろうものなら、大惨事になることは知っている。それに、役所の届け出が無いと、都市外移住者の村の住人の照合ができないので困るのだ。
「法律は死神だけでなく、多くの只人も関わって作られています。届け出を出さないことは、あなた方、只人が作ったルールを破ることにもなりますよ」
アルカの反論に彼らは言葉に詰まる。言い返す言葉が無いのか、口を開いてから悔しそうに歯を食いしばった。しかし、彼らは踵を返す様子はなく、睨み合いになってしまう。
どうすれば彼らを帰らせるか、もしくは届け出を出させることが出来るかアルカは思案していると、それまで後ろで事の成り行きを見ていた大護がおもむろに進み出てきた。
「ここで私に逆らうようなら全員拘束します。それが嫌なら届け出を出しに行きなさい。出すだけなら出発が明日になるだけで済みますが、拘束されれば早くて数年後になりますが、よろしいですか?」
ニコニコと凄みのある笑みを浮かべながら出てきた大護に、彼らは思わず一歩後ずさる。大護の言葉は疑問形ではあったが、事実上の脅しにはさすがに怯んだようで、彼らは来た道を引き返し始めた。
小さくなっていく彼らの背中を見送りながら、アルカは呟く。
「そんなに都市から出ていきたいものなのかな」
都市外移住者になるということは生活の最低限も保障されないのだ。電気なんてもちろん来ておらず、薪を燃やして光と暖をとる。怪我をしても医者が村に居なければ診てもらうことも出来ず、都市ならすぐ治せる病気で死ぬこともある。買い物も時折やってくる神意教の商人から買うしかなく、それも生活必需品がほとんどで嗜好品の類はないに等しい。
死神が作った法律から自由になりたいと言った彼らは、自由を求めてもっと不自由に生きることになるのだ。
元都市外移住者の村で育ったアルカとキョウは、都市での暮らしがとても恵まれていることを知っている。
「彼らは何も考えていませんよ。ただ我儘を言っているだけです。証拠に毎年、都市外移住者になった人の七、八割は一年以内に都市に戻ってきます」
考えていた自由と現実が違い過ぎて、結局、死神と対立するだけに戻るのだ。
「最初に変えるべきは住む場所ではなく考え方です。それは彼らだけでなく、私達も含まれますが」
そう言った大護は魔力自動車に乗り込む。
「さて、見回りを再開しましょう。彼らについて班長に報告をお願いします」
アルカはヴィクターに先の出来事を報告し、見回りに戻った。
その後、恙なく見回り、戦闘訓練を終えたアルカとキョウは班長室に呼び出された。そこにはいつもより眉間に皺が寄っているヴィクターが座っていた。
アルカ達は何かしてしまったのかと緊張しながら、ヴィクターが話すのを待つ。
「急に呼び出して済まない。緊急で君達にかかわる事のため来てもらった」
緊急と聞いて、アルカとキョウはゴクリと息をのむ。わざわざアルカ達を呼び出したのだ。神意教関連のことだとアルカはあたりをつける。
緊急で神意教関連となると、かなり危険で大事になるのではないかと考え、思わず身構えてしまう。
アルカがそこまで考えたと同時に、ヴィクターが口を開いた。
「都市外調査訓練は延期になった」
「ふぇ?」
予想外の言葉だったので、つい間抜けな声が出てしまった。ヴィクターがアルカに視線を向け、キョウまでまじまじとアルカを見つめる。
重く考えていた自分が恥ずかしくなり、上ずった声で「な、なんでもないです……」と尻すぼみになりながら言うのも仕方ない。
切り替えるように一度咳払いをしたヴィクターが理由を説明する。
「都市外移住の届け出が受理された。君達が今日であった者達だ。彼らが都市外移住者の村に到着してからの出発になる」
予定通りに都市外調査訓練を行うと、彼らが村に到着する前に調査が終わり、次の調査まで彼らの居場所が不明になってしまうため、急遽、予定を変更することになったそうだ。
「都市外調査訓練は二日後から、一週間後に延期となる。その頃には遅くとも彼らが村に到着していると思われる」
緊急と聞いて緊張していた体から力が抜けた。ただの延期ならアルカにはほとんど影響が無いのだ。キョウも持ち込み荷物のうち、食料品のラインナップが変わるくらいだろう。
何のことはない、そう思ってい始めたアルカ達にヴィクターは言葉を続ける。
「問題はここからだ。到着する村にいない場合、同行している機動隊員から少数の部隊を作り捜索しなければならない」
「不死者になっていないか確認するためですね」
前に静香が言っていたことだ。よく覚えている。その答えに、ヴィクターは頷く。
「そうだ。一度不死者が発生してしまうと、都市外移住者の村は全滅すると言っても過言ではない。それに……」
そこでヴィクターは一度言葉を止める。アルカとキョウは自然にヴィクターに注目する。ヴィクターと目があったところで
「都市を出ていったまま戻ってきていない魔力自動車の存在が複数確認された」
「それは……魔力自動車の盗難事件と関係があるということですか?」
「確定情報ではないが、恐らくその事件のアングラな組織が関係していると私は考えている。アルカ、キョウ、君達はどう考える」
魔力自動車が都市外移住者にどうかかわってくるか、アルカは考えてみる。
まず浮かんだのは、神意教のように電気を作るため、という理由だが、即座に却下した。都市外移住者の村に住む死神なんて滅多にいないからだ。不自由極まりない村で暮らすのは、筋金入りの死神嫌いの只人で、その中に死神が入る余地はない。
例外として、アルカとキョウのように村で産まれ、神意教の神官に保護されるのなら可能性はあるが、金の刻印を持っていたクアド神官でさえ、最終的にはアルカとキョウを守ろうとして村人に殺されているほどだ。都市外移住者は死神に対して態度を改めることはない。
云々と唸りながらアルカが考えていると、班長室の扉が開き、大護と静香、アケミが入ってくる。
「班長、緊急の連絡とは何でしょう」
頭を抱えているアルカを横目に見つつ、大護がヴィクターに尋ねる。アルカ達に説明された内容と同じことをヴィクターは伝えた。
「都市外調査訓練は延期ですか。分かりました」
「一週間後になるだけだ。もし万が一、アングラな組織と戦闘があっても、生存を最優先に行動しろ。無理に拘束する必要はない」
その言葉に、静香はムッとした表情になる。相手が死神だろうと負けるつもりはない、強い意志の宿った視線だ。その視線を正面から受け止め、ヴィクターは言った。
「君達は出会ったことが無いだろうが、不死者の統率個体は恐ろしく強い。隊員では足止めすることさえできるかどうか怪しい。我々班員が死力を尽くして討伐しなければならない。そして統率個体は特異技能が芽生えた死神を、不死者が食べることで発生する」
特異技能が芽生えていない死神を不死者が食べても、身体能力、知性の向上があるだけだで、強くはなるが対処は容易い。
この情報が一般に秘匿されているのは、そもそもデータが極端に少なく信頼性に欠けること、特異技能のことに加え、統率個体が発生しないと知られると、特異技能が芽生えていない死神なら危害を加えてもいいと考える人物が増える可能性があることなど、様々な理由で伏せられている。
「信頼性に欠けると言われているが、私達は北部戦役で見たのだ。同じ班の戦友が不死者に食われ、その不死者が特殊個体に変質するところを、な」
ヴィクターの知られざる過去の一つと驚愕の事実が明かされ、静香は何も言い返せなくなる。
「酷なことを言うが、君達班員が死ぬくらいなら隊員が百人死んだ方が被害は小さい。いざというときは隊員を囮にしてでも生きて帰れ」
有無を言わせないヴィクターの雰囲気に、周囲は頷くしかできなかった。
「それで、アルカ。考えはまとまったか?」
突然話を振られ、アルカは驚き体がビクッと動く。途中から話を聞いていたので、中途半端なところまでしか考えていなかった。仕方ないので、考えたところまで伝える。
「なので、魔力自動車の本来の使い方の物を運ぶ、という運用をしているのではないかと思います。ただ、何を運んでいるかはわかりません」
アルカの考えに納得したヴィクターは同意の意を示した。そして付け加えるように口を開いた時、横から遮るように言葉が発せられた。
「ちょっと待てくれ。なんでアルカはそんなに都市の外に詳しい?」
あっ、と自分の不注意を理解したアルカは声を上げる。静香とアケミには都市外移住者の村出身であることを言っていないことを思い出した。
ヴィクターと大護からは、言っていないのか、という視線が向けられる。
思い出したくないことを言わなければならないのは、できうることなら避けたい、そう思いそうすべきか迷っていると、脇腹をつつかれる。振り返るとキョウが苦笑いのような顔をしていた。どうやらキョウが説明してくれるようだ。
キョウが一歩踏み出し、アルカ以外の四人の目が集中する。
「あー、アタシとアルカは都市外移住者の村出身なんだ。だから都市の外のことならある程度知っている」
「なっ!?」
静香とアケミは驚愕に目を見開く。それもそうだろう。機動隊だからこそ、都市外移住者の村での死神の扱いを知っている。
キョウは神意教の教徒であることなどを伏せつつ話していく。
話を聞いた静香とアケミは何とも言えない顔をして、視線を漂わせた。
「そう……納得がいったわ。ありがとうね。教えてくれて」
アケミの言葉がやけに大きく聞こえた。
成り行きを見守っていたヴィクターが話し出す。
「静香、アケミ。アルカ達は少々特殊な身の上になる。都市での常識に疎いこともあるが、その上で先輩の班員として接してほしい」
「はい」
静香達二人の返事を聞いた後、ヴィクターは再び話を戻す。
「アルカの考えが一番近いのではないかと思う。運ぶのは人か物か、それは現時点では判別できない。ただ言えるのは、相手が死神で魔力自動車を使う可能性が高いことだ」
何事も無いのが理想だが、可能性が低いからといって対策しないのは問題外で、用心するように、そう言ってヴィクターは話を終えた。
それから一週間、いつも通りの業務の傍ら、対策などを考えて、都市外調査訓練は始まった。
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