第20話 野営の練習

「私は管理人に到着の報告をしてくるから、アケミは二人を連れて先に行っていてくれ」


「わかったわ。二人ともついてきてね」




 静香は建物に向かって行き、残った三人で車両に積んであった荷物を運ぶ。アケミに先導され、訓練場の一角に荷物を降ろした。その荷物を見てキョウは呟く。




「以外に少ないな」




 荷物の大半は大きめのバックパックに詰められており、バックパック自体も半分くらいしか入っていないのだ。




「当然よ。今日使う分しか持ってきていないもの。都市外調査訓練では、このバックパック一杯に物が詰め込んであって、魔動武装も携行するからもっと大変よ。加えて、そこにある外套を着なければならないわ」




 アケミが指差す先には、きれいに畳んである布があった。キョウは手に取って広げてみると、ただの外套にしては重くそして大きいことがわかる。アルカも同様に手に取って広げるが、大きすぎて該当の裾が地面に擦れている。どうやらサイズに差はないようだ。


長身のキョウでさえ、サイズ的にギリギリなのだから、小柄のアルカには大きすぎる。そう思い、アケミに理由を尋ねようとしたとき、急にアルカの視界が真っ暗になった。


アルカは咄嗟に構える。同時にのんきな笑い声がその場に響いた。




「だっはっはっは、やっぱりでかすぎるな。」


「あら、随分可愛いオバケね」




 周囲の声から察するに、恐らくキョウが外套をアルカに被せたようだ。外の様子はわからないが、キョウとアケミがツンツンとつついているのはわかる。


 しばらくつつかれるのを我慢していたが、熱気がこもり暑くなってきたので、外套から顔を出す。




「暑いです」


「それも難点の一つね。でも雨の中行軍する時もあるから、防水性を無くすわけにはいかないのよ」




 雨の時は体を濡らさないように、体の前方部分もぴったりと閉じることができ、さらに二重構造になっているので、今よりも暑くなるそうだ。




「冬はあったかくていいけど、夏は暑くて大変なのよね」


「暑いのかぁ、嫌だなぁ」




 キョウは夏場を想像したのか、尻尾がだらりと垂れ下がる。アルカも同じようにげんなりした。只人と違い、死神は暑さ寒さにも強く、そう簡単に熱中症などにはならないが、暑いものは暑いのだ。アケミも苦笑いしている。


 すると、下を向いてうなだれていたキョウが声を上げる。




「あ、これ裾を引きずっているな」


「ああ、それはね、こうするのよ」




そう言って、アケミは外套の裾を内側に折り込み、留め金で固定していく。そしてアルカの丁度いい袖丈に合わせた。




「ほら、これなら動きやすいでしょ」


「おぉ、引きずってない」




 アルカは、足元を見てから、動きに支障が無いかピョンピョン跳ねる。一通り動いてから、問題ないことを確認した。




「大丈夫ですね。普通に動けそうです」


「しかし、何でこんなに大きいんだ?サイズくらい用意すればいいのに」




 軍服ですらサイズ別で分かれているのだ。加えて、外套ならば軍服のように尻尾などの要素を考えなくていいのだから、不親切ではなかろうか、そう言うキョウの疑問にアケミは答える。




「普通の外套ならそうでしょうけどね。この外套は少し特殊なのよ」


「特殊?」


「そうよ。なんとこの外套、テントになるのよ」


「これが?信じられない」




 アルカはどうすればテントになるか考え始め、キョウは懐疑的な目でアケミと外套を交互に見る。どう見ても、ただ大きいだけの外套にしか見えないからだ。そんなキョウの様子をアケミは笑いながら眺めている。




「何をしているんだ?」




ちょうどその時、静香が建物から戻って来た。


何か考えるように、しきりに首をひねっているアルカと、外套を広げてアケミを見ているキョウ、とても楽しそうに笑うアケミのカオスな空間に、困惑と若干の呆れが混ざった声音だ。




「あら静香、この外套がテントになるって言ったらこうなったのよ」


「……それでこの様子か。まぁ、いい。早く始めるぞ。まずはテントの設営からだ」




 少しだけ考える素振りを見せた静香だったが、早々に思考を放棄した。そしてテント設営の手順を説明し始める。




「まず外套を二つ用意する。それを広げて向かい合わせにして、片方の外套の留め金をもう片方の留め金と結ぶ」




 静香はアケミとともに実践しながら教えていく。留め金で繋がった外套は、より一層巨大なものとなった。




「繋げていない方はテントの入り口になるから今は閉じなくていい。次に、外套の裾部分にある金具にペグを使って固定していく」




 そう言って、ハンマーとペグと呼ばれた鋭角に曲がったへの字の金属の棒を取り出す。そしてペグを金具に通し、ハンマーを使って地面に打ち付けた。


 アルカとキョウも見様見真似でペグを打ち付けていく。静香はアルカ達に間違いがないか確認して満足そうにうなずく。




「問題なくできている。では次だ」




 今度は短い棒を何本も取り出し、それを連結させ一本の棒にした。




「これはテントを支えるポールになる。このポールを外套のフード部分に当てがい、直立させる」


「おおー、テントっぽい」




 外套の中にポールと立てると、三角形のテントの形になった。アルカとキョウは揃って感嘆の声を上げる。


 その声を聞いて、静香は得意そうな顔になった。




「最後にペグの位置を調整し、外套の留め金をしっかりと繋いだら完成だ」




 アルカとキョウも何とかテントを完成させ、中に入ってみる。中は想像以上に広く、キョウが問題なく横になれる広さがあった。




「本当にテントになった」


「どう?すごいでしょ」




 二つの外套を使う関係で、サイズが違うとうまくテントが組み立てられないらしい。


 だからサイズが一律で、しかもやたらと大きかったのか、アルカとキョウは理解した。


 テントから出ると、次は簡易ベッドの組み立て方の練習が始まった。といっても、テントの時と同じように短いポールと結合し、長いポールを二本作り、長方形の布の長辺に差し込み、足を取り付けるだけだった。パッと見ると、担架に短い脚が生えただけだ。


 その簡易ベッドを、先ほど立てたテントの中に入れる。




「あー、意外に寝心地がいいかも」


「これなら野営も少しは快適だね」




 ベッドの感触を確かめるために横たわったキョウはあくびをする。寮のベッドに比べれば格が落ちるが、それでもちょうどいい硬さで、寝るのに申し分ない。




「だいぶ寛いでいるわね」




 テントの中を覗き込んできたアケミは、キョウのあくびを見てそう言った。その言葉と同時にキョウはすぐさま立ち上がり姿勢を正す。




「あら、寝ていてもいいのよ。代わりにお昼は無しだけど」


「寝てないです。眠くもないです」




 キリッとした顔でそういうキョウの目から、必死さが伝わってくる。どうやらご飯は絶対に食べたいようだ。キョウの姿にアケミとアルカは声を上げて笑う。


 そこに笑い声を聞きつけた静香もやってくる。




「どうした?問題が無いなら、次は火起こしだ。そして昼食も作るぞ」


「任せてください。何でもします。早くしましょう」


「?分かった。やるぞ」




 キョウの態度と言葉遣いに疑問符を浮かべながらも、静香はキョウを使って必要なものをバックパックから取り出してゆく。一通り取り出してから静香は口を開いた。




「まず火起こしの前に、焚き火台を設置するところから始める」




 静香は取り出した物の中から、平べったい金属の塊を取り出す。それを組み立てると小さめの焚き火台が現れた。どうやら金属の板が折り畳まれていたようだ。


 焚き火台があると地面の状態に関係なく火を使え、かまどを作る時間も短縮できる。燃料の木は、野営地周辺の整備も兼ねて、木の枝打ちを行い集めるそうだ。




「この焚き火台を使って、今日は野営時の食事を作ることとする」




 訓練中の食事は基本的にご飯と缶詰、スープだ。焚き火台は米を炊くときと、お湯を沸かすとき、冬場に暖をとる時に使うそうだ。


 火を起こす前に米に水を吸わせなければならない、そう言われて米を飯盒に入れ、持参した水に浸してから、焚き火台に向かう。手慣れたらテントを立てる前に水に浸しておくのもアリ、とアケミが付け加える。




「火種となる燃えやすい物を置いて、その上から木を組むんだ。適度に隙間を開けて組むのがコツだ」




 静香の言葉通り、アルカとキョウは火種を置き、その上から木を組んでいく。アルカとキョウは都市外移住者の村で生活してきた中で散々火起こしなどをしてきたため、これくらいは簡単だ。




「……すごく手慣れているな。私達より早いくらいだ」




 アルカとキョウの様子を見ていた静香は呟くようにそう言った。そして怪訝そうな目でアルカとキョウを交互に見る。




「アルカ、君達はなぜそんなに手慣れている?」




 やってしまった、そうアルカは思った。同時に都市外移住者の村出身のことを言うか思案する。思い出したくはないことだが、毎回このように気を張ることになるのなら、言ってしまった方が良いのではないか、そう結論を出し、今にも口を開きそうなキョウを抑えようとしたとき、別の方から声が上がる。




「静香、乙女には秘密はつきものよ。無理やり聞くのはよくないわ」


「だが、アケミ……」


「秘密を知りたいなら、こちらも秘密を打ち明けるべきよ。でないとフェアじゃないわ」




 静香の言葉を遮るように言い放ち、アルカを見つめる。




「ここに来る車内でも、アルカは一瞬、雰囲気が重くなったけど、さっきの質問でも同じようになったわ。なら、過去に何かあった、それも辛いことがあったんじゃないかしら。だから無理して話さなくていいわ」




 アルカの頭を優しく撫でながら、アケミは微笑む。少しだけ心が暖かくなったアルカは、少しはにかみながらお礼を述べた。




「ありがとうございます。……話せる時が来たら、話します」


「ええ、分かったわ。……それと、キョウにもお礼を言っておくのよ。アルカの雰囲気が重くなると、キョウがすかさず話していたから。アルカを守ってくれていたのでしょう?」




 アルカにしか聞こえないような小さい声で耳打ちして、アケミは離れる。


 耳打ちの内容は、アルカが一番よく知っていることだった。でもお礼を言った記憶はなかった。少し恥ずかしいが、近いうちにお礼を言うことをアルカは心に決める。




「さて、次に行きましょう。火を起こすのでしょ?」




 そう言って有無を言わせない笑顔で静香を急かす。静香は気持ちを切り替えるように、一度自身の頬を叩いた後、短めの指揮棒のような物を取り出した。




「これは魔力ライターといって、魔力を流すと先から火が出る。」




 魔力ライターの先を、火種に近づけ着火する。火種はみるみる燃え上がり、組まれていた木に火が広がった。ものの数分で火が安定したところで、アルカとキョウも魔力ライターを使い自分たちの焚き火台に火を入れた。




「さて、米を飯盒で炊くことになるが、とりあえず手本を見せるから、同じようにやってみてくれ」




 静香は飯盒を確認し、少し水を加えて水量を調節した後、焚き火台に乗せる。アルカとキョウも戸惑うことなくスムーズに行い、飯盒を焚き火台に乗せる。




「飯盒での米の炊き方も知っているようだな。この後もわかるか?」




 静香は苦笑した。普通なら水量調整で失敗するが、アルカはともかく、キョウですら誰にも聞かず完璧にできたことで、確信を得たようだ。


 アルカも過去に何度も行ってきたことなので肯定する。




「ならば省略しよう。理解していることを説明されても意味ないからな。お湯を沸かしつつ、缶詰の説明でもするか」




 バックパックから缶詰を取りだし説明が始まる。と言っても、開けて終わりなので、どうすればよりおいしくなるかの工夫についてだ。


 そのまま食べるより火にかけて温めた方が美味しいとか、米を炊くときに混ぜて炊き込みご飯風にするとか、行軍中に余裕があったら山菜などを収穫して調理してもいいこと、持ち込みの荷物に食べ物を入れてもいいことなどだ。




「自生している物を食べるのは自己責任だ。体調不良になっても行軍には参加してもらうから注意すること。持ち込み荷物を持っていきすぎると邪魔になる」




 昔の行軍で、知識もなく山菜を取って食べた人は、それはそれは悲惨な行軍になった。しかし、支給された食料だけでは物足りないのも事実で、中には野生動物を狩って食べる人がいるのも事実だそうだ。


 その話を聞いたキョウは目がギラギラしている。その目を見たアルカは、行軍中確実に狩りに行くことを悟った。


 そんなことを話しているうちに、ご飯が炊けた。飯盒から漂ういい匂いに、キョウのお腹が空腹を訴えるように叫び声を上げる。


 一気に注目を浴びたキョウは、顔を赤らめながら早く昼食を食べようと全員を急かす。


 簡易テーブルと椅子をセットし、ご飯を並べた。


 青空の下で食べる食事もなかなかにおいしかった。


 なお、量が足りなくてキョウが嘆いたのは言うまでもないことだった。

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