第22話 都市外調査訓練1

 あれから一週間、ついに都市外調査訓練当日、アルカはキョウとともに第三区画の東に位置する門の前にいた。


 ヴィクターを中心に左に静香とアケミ、右にアルカとキョウが並ぶ。アルカ達と向き合うように、機動隊員が整列していく。なお、ヴィクターは出発前の激励と見送りで来ているだけである。


 続々と到着し、整列していく機動隊員を眺めつつ、この一週間を振り返る。


 アングラな組織と戦闘になった際の練習と称して、三班班員からいつも以上に扱かれ、ヴィクターからは何度も注意点を聞かされた。ついでに追跡用ナイフという、懲罰隊員の位置を特定するための装備の一つを渡された。自身のいる場所が常に筒抜けになるため、自分が懲罰隊員になったようで、何となく受け取りたくなかったが、ヴィクターの無言の圧力を前にあっさりと白旗を挙げた。


 そんなことを考えていると、隊員の整列が終わる。ずらりと並んだ隊員達に、これからこれだけの人数をアルカ達四人で指揮をしなければならないのだ。


隊員達の前に拡声器を持ったヴィクターが進み出る。


 眉間に皺が寄っているヴィクターが都市外調査訓練の必要性と注意事項を述べている間、アルカ達は隊員に意識を向ける。


 ヴィクターを見て真面目に聞いている者、欠伸をかみ殺している者、隣の隊員とひそひそと話している者、頭がコクリと揺れて船を漕いでいる者など様々だ。


 頭の中で都市外移住者の村に連れていけるような人材を選別していく。少なくともまともに話を聞いていない隊員は除外する。真面目に聞いている隊員は多くなく、年齢が高くなるほど、つまり機動隊に長く所属している人ほど、よそ事をしている割合が高い傾向があるようだ。


 粗方、選別を終えたところで、ヴィクターの話も終わった。次に静香が拡声器を手に持ち、前に進み出る。




「今回の都市外調査訓練の総指揮を務める三班所属の速水 静香だ。私の隣にいるのが有明 アケミ」




 アケミの名前が出た瞬間に、隊員達がザワリとなった。所々で恐怖が混じった声が小さく聞こえてくる。昔、アケミに叩きのめされた人でもいたのだろうか。アケミが笑顔で声が聞こえる方を向くとたちどころに静かになる。




「班長を挟んで向こうにいるのが、九十九 アルカと轟 キョウだ」




 アルカとキョウの名前が出ると、こちらでも小声が聞こえる。今まで見たことのない班員なので困惑の声が多いが、目を見開いている隊員もいた。今年、機動隊に入隊したばかりの新人だろう。訓練生時代にアルカ達と一緒に授業を受けていたため、覚えていたようだ。


 静香による日程の確認が終わり、ついに出発となる。練習時よりも大きく膨らみ重くなったバックパックを背負い、都市と外を隔てる門をくぐった。











 出発から三時間ほど、都市は既に見えなくなった。周囲の景色も、とうに畑はなくなり、木々が生い茂るまともに整備されていない道を歩く。


 アルカは行軍の先頭にいた。指揮のやり方を習うため、隣には静香が歩いている。最後尾にはキョウとアケミがいて、脱落者などがいないかチェックしている。


今のところ脱落者は出ていないが、ペースは落ちていた。後ろの様子や、アケミからの連絡では、どうやら新人が疲れてきているようだ。




「もう少し進んだら休息地だ。そこで昼食と休憩をする」




 静香の言葉に、顔に疲れが出ていた隊員から安堵の声が上がる。そして十分も進めば、開けた土地に出た。


 後続の隊員たちも到着し、各自座ったり、ストレッチしたりして寛ぎ始めた。




「さて、私達は簡易トイレの設置をするぞ」




 静香そう言われ、アルカは荷物からポールや布を取り出した。トイレと言っても、布で目隠しを作り外から見えないようにするだけなので、実に簡単なものである。


 毎年、女性の新人隊員にとっての鬼門だそうで、他の訓練は優秀でも、これがダメで訓練に参加を拒否する人がいる。この訓練に参加しないと昇進がしづらくなるが、それでも参加しないそうだ。


 都市では水洗で常にきれいに保たれているため、このような環境でするのに抵抗があるのだ。


 アルカとキョウは育った村で、隙間風たっぷりのぼっとん便所でしていたため、キチンと目隠しがあるだけよっぽどマシである。


 静香は行軍時、すぐ後ろを歩いていた男性の隊員に、男性用トイレを作るよう指示を出して、静香達は女性用トイレを作りに向かう。休息地から直接は見えにくいところに穴を掘り、その周りを布で覆う。たったそれだけで完成である。男性用トイレは、休息地を挟んで向こう側に設置されている。




「こんなものだろう。アルカ、都市外移住者の村に連れていく隊員の選別は済んだか?」


「はい。男女各四名ずつ選出しました」




 都市外移住者の村一つにつき二人の班員の他に、隊員を四名連れていくことになる。


 朝から今までの様子をみて、行動に問題なさそうな人物は絞り込めた。選出理由を述べて静香に伝える。




「ふむ、悪くない。全体的に若い隊員が多いのは仕方ないな」




 長く機動隊にいると、良くも悪くも慣れが出てくる。話を聞かないのも、既に何度も聞いていることのため、覚えているのだそうだ。


 なので、静香が選出した隊員はアルカの選出より、年嵩の隊員が多かった。




「ベテランの隊員は私達、先輩が選んだ人や、これから何度も行うことになるこの訓練の中で見つけていけばいい」




 そんな話をしつつ、休息地に戻る。既に多くの隊員たちが焚き火台に火を着けていた。アルカ達も素早く準備を始める。ここではテントを立てないため、簡易テーブルとイスを出して昼食の用意をする。練習で慣れたこともあり、あっという間に準備は終わる。


 隊員が準備に手間取っていないか確認して回り、その後、飯盒を火にかける。




「あー、腹減った。早く炊けねぇかなぁ」


「どれだけ見つめても時間は短くならないよ」




 飯盒を食い入るように見つめるキョウに、アルカは呆れた声を出す。




「それよりキョウ、選別ってどんな人にした?」


「ん?なんか良さ気な人にした」




 キョウの選出理由は大体アルカと同じで、違いがあるとすれば、最後尾でアルカには把握しきれなかった人を選んでいたことくらいだった。


 焚き火を見ながら早く米が炊けないか待っていると、こちらに近づいてくる集団が視界に入る。




「久しぶりだね、アルカにキョウ。まさか班員になっていたなんて驚いたよ」




 先頭を歩いていた男性がそんなことを言う。


 アルカは意味が分からずキョウの方を見るが、キョウも知らない人のようだ。先ほどの物言いからも、恐らく訓練生時代の同期だろうが、全く思い出せない。


 そもそも、戦闘訓練はアルカとキョでずっと組んでおり、座学の方は、アルカは余裕で出来、キョウはアルカに教えてもらっていた。休日は自主訓練に当てていたため、友人と呼べる人なんてほとんどいないのだ。




「ほら、訓練生で同期だったデイビッドだよ!」




 二人の様子に焦ったのか、慌てた様子で自己紹介をしてきた。しかし、名前を聞いてもピンとくることはなく、教室内にいたような気がする、程度のものにしかならなかった。




「それで、何か問題でもありましたか?」




 顔見知り程度の人がわざわざ話しかけてきたので、問題でも発生したのかと思い、アルカは問いかける。




「問題なんて起きていないよ。そんなことよりさ、せっかく再会できたんだし、それを喜ぼうよ」




 そんなことを言いつつ、するりとアルカの隣に座る。後ろにいた男性たちもアルカとキョウを囲むように座った。


 ニヤニヤしながら、やたら馴れ馴れしい態度でプライベートなことを聞いてくる男性隊員たちに、アルカは段々とイライラが溜まってくる。


 そして、デイビッドがアルカに触れようと手を伸ばした時、凍えるような冷たさの声がかけられる。




「あなた達、一体何をしているのかしら?」




 アケミが立っていた。その顔は優しい笑顔が張り付いているだけで、目は一切笑っていない。


 アケミに気づいたデイビッド達はひっ、と怯えた声を出す。




「聞こえていなかったかしら。ならもう一度言うわね。あなた達、一体何をしているのかしら?」




 全く同じ台詞を言うアケミに、デイビッド達は恐怖で固まってしまい、何も返答ができない。


 デイビッド達が静かになったおかげで、周囲の音がアルカの耳に届くようになる。隊員達がこちらをチラチラ見ながら小声で話している。




「死んだな、アイツら」


「だから言ったのに。アケミさんがいるからナンパなんてしたらヤバいって」


「同期だから大丈夫って言っていたが本当か?あの嬢ちゃん達、絶対嫌がっていただろ」


「アケミさん怒っちまったよ。これから先が思いやられる」


「さすがアケミさん。女性の味方」




 聞こえてきた話から考えるに、デイビッド達は同期ならナンパしても大丈夫、という謎の自信のもと、先輩隊員の制止を振り切ってナンパをしに来たようだ。


 任務中に何をしているのか、とアルカは呆れてしまった。そのままデイビッド達に意識を向けると、「次はないから」と言ったアケミの言葉を最後に、デイビッド達は去っていくところだった。




「ありがとうございます、アケミさん。助かりました」


「お礼は受け取っておくわ。アルカ、キョウ、鬱陶しいと感じたらハッキリと態度で示しなさい。あの手の輩は優しく対応するだけつけ上がるわ」


「はい、次からはそうします」




 アルカの言葉に、アケミは笑顔で頷く。とここでキョウが口を開いた。




「でもどうして急にナンパなんてしてきたんだ?」




 訓練生時代にいくらでもチャンスはあったのに、突然来たことが不思議でならない。キョウの言葉にアルカは賛成する。するとアケミは困ったような顔になる。




「訓練生時代のことはわからないけど、今のことはよくわかるわ。班員となった二人は狙い目なのよ」


「狙い目?」


「見た目がいい。金は稼げる。特権もある。結婚相手としては最高の物件じゃない。新人故の経験不足で、口先で落としやすいと思ったのよ」




 指を折り曲げて指摘するアケミの言葉に、アルカとキョウは納得と同時に非常に面倒くさそうな顔になる。それはつまり、もっとナンパされるという事ではなかろうか。




「だから気をつけなさいよ。これから先、色々な所と知り合うけど、どんどん群がってくるわ」




 アルカの考えを肯定するような言葉に、二人は肩を落とす。二人の姿に苦笑いを浮かべてアケミは帰っていった。




「マジかよ……これ以上面倒くさくなるのか」


「それは勘弁してほしい」




 二人は顔を向けあい、次からは追っ払おうと決意を固める。


 ちょうどその頃には、飯盒からいい匂いが漂ってきたのだった。

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