第17話 金の刻印の意味

 最初に口を開いたのはエドモント神官だった。




「すまなかったな。不快な思いをさせちまった」




 そう言って頭を下げる。ヴィクターと大護は表情に変化はなく、いつも通りの顔だった。




「気にしてはいない。彼らには死神を嫌う理由があるのだろう。実害さえなければな」


「先日、そちらの二人に危害を加えたと話を聞いたが……」


「掠り傷一つついていなから、大丈夫です」


「今一度、きつく叱っておく。すまなかった」




 キョウにとって、力を持たない人の攻撃など大した脅威ではないのだ。再び下げられた頭に、挙動不審になっているキョウの太ももをつねり、大人しくさせる。




「謝罪は受け取ってく。本題に入りたい」


「わかった。……魔力自動車の件だな」


「何を知っている?」




 ヴィクターの鋭い眼光がエドモント神官を見つめる。その視線を真っ直ぐ受け止め、エドモント神官は口を開く。




「神意教が買い取った。大半は内部の魔動機関を発電に利用している。それ以外は常用で使っている。これで満足か」




 取り調べで出てきた証言通りの事実が出てきた。その答えにヴィクターの眉間に皺が寄り、明らかに不満げな雰囲気が漂う。しかし、エドモント神官は気に留める様子もなく、フッと笑った。




「納得してないようだな。だが、こちらも盗難車とは知らずに買い取ったのだ。その場合、どうなるかは、そちらさんの方が良く知っているんじゃないか?」




 その言葉に、アルカはハッとする。確か、取り上げることはせず、内部留保で補填するはずだ。しかしエドモント神官の顔を見る限り、それらをすべて見越した上で、受け答えをしているようにしか見えない。




「知らないという証拠は?」


「ないものを出せ、というのは悪魔の証明だ。それくらいわかって言ってるだろ」




 ヴィクターの表情に変化はない。どうやら想定していたようだ。




「その通りだ。では、魔動機関の管理場所はどこか知っているか?」


「知っている。が、教えることはできない」


「魔動機関は適切に管理された場所と有資格者が必要だ。届け出の義務がある」


「有資格者は届け出をしている。だが個人情報なので、令状でも持ってこない限り教えることはできない。自分たちで調べてくれ。それと場所だが、“魔力自動車に搭載されている魔動機関の適切な管理場所“は、届け出の義務はない。」




 屁理屈のような理屈ではあるが、決して間違いではないのだ。飛行艇や輸送船のように巨大な魔動機関は管理場所の届け出義務があるが、魔力自動車に搭載されている小型の魔動機関に届け出義務はない。飛行艇などと比べると、その数が膨大で、場合によっては風雨にさらされることも考えられるため、適切な管理場所の定義があやふやだからだ。


 すると突然、それまで静かに聞いていた大護が、目にもとまらぬ速さで動き、どこからか取り出したナイフをエドモント神官に突きつける。そして、冷ややかな笑みを浮かべた。




「大護さん!?」


「押し問答は結構です。さっさとすべて話してください」




 大護の突然の行動に、アルカは思わず声を上げる。しかし、ヴィクターに止められた。


 ナイフを突きつけられたエドモント神官は、しかし一切の動揺を見せず、フンと鼻を鳴らす。




「下手な芝居だな。アンタらはそんなことしない。なあ、第三班班長 ヴィクター・オルトリッチ。同じく副班長 岡崎 大護」




 真っ直ぐに、そして確信を持った視線がヴィクター達を見据える。




「この程度じゃ、金の刻印を持つ神官には脅しにもならんよ。全員、とうの昔に覚悟を決めているからな。それに俺を殺そうものなら困るのはアンタら機動隊だぜ」


「たった一人いなくなるだけで、機動隊が困るだと?」


「ああ、困るね。金の刻印を持つ神官の役割はそれだけ大きい」




 時間にして数秒、張り詰めた空気がその場を覆う。そしてヴィクターに促され、大護はナイフをしまい、席に座った。


 アルカは安堵して小さく息を吐く。事前の打ち合わせでは予定されていなかったことで、本当に驚いたのだ。ヴィクター達の様子を見るに、アルカ達には知らされていなかっただけだったようだ。




「しかし、金の刻印を持つ死神が近くにいるのに、役割すら知らんとはな。部下をよく見てないんじゃないか?」




 エドモント神官は口の端を釣り上げて、皮肉を言った。いや、皮肉のつもりだったのだろう。だが、アルカとキョウは互いに顔を見合わせ、首を傾げている様子を見たエドモント神官は怪訝そうな顔になる。




「まさかお前たち、クアド神官から金の刻印の意味を聞いていないのか?」


「これを見せれば、本物の神意教の神官や教徒ならば意味が分かる、と教わりました」


「……教育不足だぞ、クアド神官」




 アルカの答えに、エドモント神官はこめかみを押さえ呟く。そして、先ほどの皮肉めいた笑みは消え、真面目な表情をアルカとキョウに向ける。




「いいか、金の刻印を持つ者は、正しく教義を理解している者だ。正確に言うならば、死神や力を持たない人などの区別なく、その本質を見極めることができなければならない。タルディ神官から話を聞き、実際に会ってみたが、死神という立場に驕ることなく、俺と話をしていることからも、金の刻印を持つ素養があるのも確かだ」




 物事を公平に見て、正しく判断できるから、自分も金の刻印を持っている、とエドモント神官は言う。それに異議を唱えたのは大護だ。




「そうですか?犯罪と理解していながら、事件に関与しているのに」


「国が勝手に決めた法律と神意教の教義は違う。俺が犯罪者というなら、政治家は全員、大罪人だ」




 一番人口が多い第三区画に、生活に必要な電気を送らないのは、犯罪ではないのか?と言うエドモント神官の問いに、大護は言葉に詰まる。




「恐らくだが、クアド神官はお前たちを神官にしたかったのだろうと思う」


「神官ですか……」




 神意教の教義や、物事を公平に見ることは、耳にタコができるほど聞かされてきたが、神官になれとは一度も言われなかった。キョウも同じだったのか、しきりに首をひねっている。


 しかし、もし殺されかけることなく、クアド神官のもとで育っていたら、神官になっていた可能性が最も高いのではないか、とも考える。




「死神の神官として、神意教と機動隊を繋ぐ役割を担うことになるはずだった。現実は班員となって機動隊と神意教を繋ごうとしている。儘ならねぇな」




 アルカ達が神官となっていれば、もう少し死神との軋轢も少なかったろうに、消えるように呟き、エドモント神官は首を振る。そして何か思いついたように、アルカ達の方を向いた。




「お前たち、神官にならないか?クアド神官の遺志を継ぐんだ」




 アルカは目を瞬く。育ての親たるクアド神官の思いなら、できることなら叶えたい。しかし、アルカ達は機動隊に所属している。神官として活動できる場所ではない。


 チラリとヴィクターを見ると、目が合う。その目は、好きにしろ、と雄弁に語っていた。


 アルカは顔を上げ、エドモント神官と向き合う。




「私は神官にはなりません。キョウは?」


「アタシもだ」


「ほう、なんでだ?」




 エドモント神官はアルカ達の真意を探るような目線を向ける。




「クアド神官は私達に神官になれ、とは一度も言いませんでした。それは私達に自分の意志で生きてほしいからだと思います。それに、神官にならなくても、機動隊と神意教を繋ぐことは出来ます。それが金の刻印を持つ私達の役割だと思います」




 エドモント神官は考えるように目を閉じた。




「……そうか。残念だ」




 それだけ言うと、アルカ達から視線を外し、ヴィクター達に向ける。




「他に聞きたいことは?」


「神意教に入信している死神について聞きたい。どんな人物がどのくらいいる?」


「総数は数十人といったところだ。名前などはほとんど知らん」


「彼らが神意教に入信した理由は?」


「……後悔するぞ」




 エドモント神官はアルカ達を見てそう言った。図らずも彰浩と同じことを言うエドモント神官に、同じ言葉を返す。




「忠告は有難く受け取ります。でも、私達も機動隊なので、覚悟はできています」




 エドモント神官は鼻を鳴らし、これは、ある男の話だ、と前置きをおいて、語るように話し始めた。




「元々そいつは機動隊員だった。神意教には敵意こそないが、別に良い印象は持っていなかったそうだ」




機動隊員としてはかなり優秀な方で、何時かは班員になるのでは、と期待されていて、結婚もした。


しかし、いくら努力しても班員になれず、周囲の期待もいつの間にか失望に変わった。家庭を顧みずに仕事をしていたために離婚もした。


男は酒に逃げるようになった。仕事も適当になり、評価も落ちた。


 ある日、安居酒屋で飲んだくれていると、声を掛けてきた人がいた。飲み過ぎだ、そう言ってこれ以上の飲酒を止めるよう諭しに来た。


 その日は口論になった。


 翌日、別の居酒屋に行くと偶然にもその人がいた。また飲酒を咎められ、ついに殴ってしまった。何とも言えない罪悪感とともに、男は逃げるように立ち去った。


 それから数日、また出会ってしまいそうで、飲みに行かなかった。


 第二区画の担当から外された。次からは第三区画の担当だ。先日、あの人を殴った件の処分らしい。出世コースからは外れてしまったようだ。


 特に何も思わなかった。


 第三区画での見回りは、それはひどいものだった。まともに順路通りに進むことはなく、寄り道して時間をつぶし、適当な報告をしてその日を終える。


 腐っている、そう思ったが、外から見れば男もその一員だった。


 その日もいつも通り、相方は時間をつぶしにどこかに行き、男も近場の店に入った。カウンターに座り、ただ時間が過ぎていくのを待っていると、隣に座った客から声を掛けられた。聞いたことのある声だった。


 振り向くと、そこには先日殴ってしまった人がいた。驚きで目を見開いていると、その人は声を上げて笑った。


 彼の顔にはガーゼが貼られていた。男が殴った箇所だ。


すまなかった、と男は謝罪をした。


 彼は男を許した。その後は、ずっと話をした。


 男は勝手に期待され、勝手に失望されたこと、離婚したこと、何もかもうまくいかずに酒におぼれたこと。


 彼は神意教の神官であること、奥さんに逃げられたこと、かつて同じように酒におぼれたこと、彼の師匠にぶん殴られたこと。


 いつの間にか夕方だった。男は彼とまた会う約束をした。


 何度も会って話しをしているうちに、いつしか男は神意教の見方が変わっていた。同時に沈んだ心が少しずつ浮上していった。


 彼から銀の刻印を貰えることになった。


 彼のおかげで、もう一度やり直そう、そう思い始めていた直後だった。彼の訃報が届いたのは。


 病院に駆け込んだが、すでに彼は息を引き取っていた。彼の持ち物にはいつも身に着けていた銀の刻印の他に、真新しい銀の刻印もあった。男が貰う予定だった物だ。


 結局、遺族がいない彼の私物を引き取ることにした。といっても、私物などほとんどなかったが。


 同時に、彼の死因を追うことにした。事故死と判断されていたが、男の勘が違うと言っていた。


 意外にも真相はすぐに見つかった。機動隊内部の噂と、第三区画に流れていた噂、目撃者も多数いた。そこから真実の特定は簡単だった。


 第三区画で機動隊員の乗る魔力自動車が暴走をして、子どもを轢きそうになったところを、彼が子どもを守り、代わりに轢かれたのだ。


 彼を轢いた機動隊員は、彼を助けようともせず、血だらけになっている彼を蹴り飛ばし、罵って立ち去ったそうだ。


 男は真実を知って、かつてないほどの怒りが全身を駆け巡った。


 そして男は機動隊に見切りをつけ、退職をした。




「これが、俺の知っている死神の過去だ」




 想像以上に重い話だった。確かにこれは聞いたら後悔するような話だ。話の途中で彰浩の過去だと気が付いたのはアルカだけではないようだ。




「同じ機動隊の死神さえ、愛想つかすほどだ。力を持たない人が機動隊を、死神を嫌う理由が分かったか」




 嫌というほど分かった。分かってしまった。各自が何とも言えない、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。その中でヴィクターだけが顔色一つ変えていなかった。




「機動隊が傲慢なことくらい、よく理解している。……これ以上は聞いても、何も出てこなさそうだ。帰るぞ」


「おや、いいのか?」


「話す気がないのだろう?時間の無駄だ」




 エドモント神官の言葉を切り捨て、立ち上がる。ヴィクターに追い立てられるように、建物を出たのだった。



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