第16話 対面準備

「タルディ神官から連絡がありました。エドモント神官が会いたいそうです」




 班長室でアルカはヴィクターと大護に報告した。ヴィクターはいつも以上に眉間に皺を寄せ、難しい顔をする。




「エドモント神官というと、後ろ暗い噂のある神官だったな。日時や場所の指定はあるか?」


「時間はこちらに合わせるとのことですが、場所は指定されています」




 そう言って、情報端末に指定された場所を示す。そこは神意教の教会ではなく、教会に隣接した建物だった。その建物に行くには路地を通らねばならないため、一見すると危険な罠のようにも感じる。




「罠、でしょうか」


「その可能性は低いな」




アルカの言葉をヴィクターは否定する。




「罠にしてはあからさますぎる。これまで何人も機動隊員や班員を消してきたのなら、よほど慎重、かつ確実に事を運ぶはずだ。相手に警戒されるようなことはしない」




 今まで証拠すら残しておらず、既に機動隊に警戒されているのに、これ以上警戒させるような真似をするほど迂闊な手段はとらないはずだ、とヴィクターは付け加える。




「班長はずいぶん相手の能力を高く見ているのですね」


「低く見るのは勝手だが、それで痛い目を見るのはごめんだ。……かつて私も痛い目にあったからな」




 少し遠い目をして、苦々しく言った一言に、アルカは驚く。




「班長もミスをしたことがあるのですね」


「当たり前だ。一度も間違いを犯さない人間などいない。大なり小なり痛い目を見るものだ。ただ、間違いは小さい方がいいがな」




 そう締めくくったヴィクターは話を戻す。




「場所が教会でないならば好都合だ。私達でも近づける。アルカ、新たに二人、同席できるかタルディ神官に聞いてくれ」


「班長達も同行するのですか!?」




 罠の可能性が低いといってもゼロではないし、危険ではないかとアルカは思ったのだ。その思考を読んだように、ヴィクターが言う。




「無論、罠の可能性も考えて対策もするし、細心の注意を払って行動する。私と大護なら、まず足手まといにはならないからな」




 アルカ達よりよっぽど強く経験豊富なのだ。それにヴィクターが会話に入れば、足りないことを補足してくれるであろうと考えられる。心強いことこの上ない。




「それに私と大護、アルカにキョウの四人でどうにもならないような罠があるならば、どれだけ対策しても無駄に等しい」




 ヴィクターの言葉に納得をしてから、すぐに情報端末にてタルディ神官に連絡を入れる。


連絡を入れた後、機動隊員からの報告を共有する。報告書を見ながら、大護が説明し始めた。




「車を購入した企業はどれも盗難車とは知らなかったようですね。既に業務に使用していることを考えると、元の持ち主に返すと業務に支障が出るようです。そのため未来科学技術工作研究所の内部留保で魔力自動車を買い、補填することになりそうです」


「相場より高い値段で買った挙句、盗難車だったなんて、買った企業は気の毒だな」


「補填があるだけマシですね。正式な販売店で買えば問題はなかったんです。自業自得ですよ」




 キョウの同情的な言葉に、大護は厳しい言葉を返す。ただの感想の呟きに返答があるとは思っていなかったようで、キョウはオロオロしたように視線を漂わせる。


 そんなキョウの脇腹を、アルカは話を聞くように軽くつつく。




「一般企業の調査は大方、終わりましたが、それ以外の取引相手は捜査が難航しています」


「アングラな組織に渡った分ですか?」


「そうです。取引履歴も残しておらず、証言しか手掛かりがない状況なので、今しばらく時間がかかると予想されます」




 そうなると、アルカ達が担当している神意教の捜査が、この事件の解決に重要となってくる。突然、ヴィクター達が神意教への聞き込みに同席すると言った理由が分かった。アルカは内心、納得して頷く。


 その時、アルカの情報端末に連絡が入る。




「班長、タルディ神官からです」


「内容は?」


「同席をしてもいいそうです。ただし、進化種でないことが条件です。もし進化種だった場合、二度と同席は認めない、だそうです」


「問題ないな。日時は二日後の午前十時からだ」




 タルディ神官に日時の連絡をして、打ち合わせと対策をしつつ、当日を待つことになった。











 二日後、いつも通り本部に顔を出した後、アルカとキョウは第二区画を見回りし、第三区画に向かった。ヴィクターと大護は班員に指示を出した後、これから向かう第三区画で落ち合う予定になっている。


 神意教の教会には入らないものの、近づきはするため、二人は私服である。




「班長と副班長、どんな服を着てくるか楽しみだな」




 キョウはニヤニヤしている。そんなキョウにアルカはジト目を向ける。




「オシャレとは程遠い私達じゃ、相手にならないよ」




 二人とも動きやすさ第一で選んでいるため、第二区画を歩いている同年代の女子と比べると、華やかさが欠片もないのだ。ヴィクター達がかっこいい服装だと、こっちが恥ずかしくなりそうと、アルカは思う。


 そんなこんなで集合場所に到着し、ヴィクター達を待っていると、大護がアルカ達を呼ぶ声がする。


 振り返ってみると、そこには爽やかな恰好をしてにこやかな笑みを浮かべる大護と、明らかにカタギではない雰囲気を放つヴィクターがいた。その格好に、アルカは反応に困り、キョウは口をポカンと開けたまま絶句している。




「……班長?」


「ここではヴィクターと呼べ。感づかれると面倒だ」




 いつも通りの口調で命令されたが、違和感がすごい。アルカは改めてヴィクターの服装を見る。黒を基調としたデザインで、決して派手になりすぎない程度に差し色が使われている。ヴィクターの真面目な性格が出ているのか、一切着崩すことなく完璧に着こなしている。背の高いヴィクターが身に着けると、相乗効果で威圧感が倍増していた。


 アルカ達の反応に、ヴィクターはいつも以上に眉間の皺を増やし、心なしかいつもより低い声を出した




「どうした。何かあったか?」




 アルカは何とか恐怖の声を押し殺し、キョウの耳は完全に折りたたまれ、ヴィクターの目つきは鋭くなる。そんな中、一人だけ雰囲気の違う人物がいた。


 必死に笑いをこらえようとしているようで、口を押え、肩が小刻みに揺れている。




「フフッ、ヴィクターさん二人がかつてないほど怯えていますよ。フハハッ、二人もそんな怖がる必要はありませんよ。いつも通りに接すればいいです」




 必死に抑えていた笑いだったが、言葉を発したことで出てきたようだ。そんな大護をヴィクターが睨みつける。




「大護、この服装なら大丈夫と私に言っていたが、どういうことだ?」




 ヴィクターが一段低い声で大護に説明を要求する。どうやらこの服装は大護が選んだ物で、アルカ達を怖がらせるつもりはなかったようだ。




「ヴィクターさんがその格好で歩けば、普通の人なら近づきません。無暗に絡まれることはないのです。それが二人の身を守る事にも繋がりますから」




 前回、アルカ達が絡まれたことの対策として、ヴィクターにこの格好をさせた訳で、決して趣味ではないと、大護は言い訳をする。それを聞いてヴィクターは、あとで覚えておけ、と言い放つ。




「アルカ、キョウ。この服は大護の趣味だ。私の趣味ではない。決して間違わないように」




 有無を言わせない雰囲気を纏うヴィクターに、二人は高速で頷く。聞くところによると、ヴィクターの私服は、アルカ達と同じように動きやすさ第一らしい。




「動きやすさ第一で考えるのはいいですけど、軍服を改造したものを私服とは言いません」


「そんなことしていいのですか?」


「班員ならば、軍服を自由に改造していいのだ。知らなかったのか」




 今でこそ、アルカ達のような尻尾がある死神にも合わせて軍服の規格が設定されているが、昔の機動隊では軍服の規格は完全に統一されていたため、死神によっては寸法が合わないことが割とよくあった。当時の機動隊員が自分に合った改造をしていた時の名残らしい。




「班員に改造している方はいないようですけど」


「目につくような改造をしていないだけで、各員が使いやすいようになっている。アルカ達も自分に合わせて改造していくといい。……さて、そろそろ向かうぞ」




 服装の話をスッパリと終わらせ、目的地に向かって歩き始める。遠巻きにこちらの様子を窺うような視線にさらされつつ、周囲に不審人物がいないか警戒をする。


 道中、罠などはなく、目的地まで何事もなく到着した。ちなみに、もし罠によりこちらに何かあっても、時限式で各方面に通達が流れるように準備をしておいた、とは大護の談である。




「お待ちしておりました。アルカさん、キョウさん、それと……同席されるお二人ですね」




 流石というべきか、今のヴィクターを見ても一瞬を見開いただけで、丁寧な態度は崩さなかった。タルディ神官に連れられ、建物に入る。


 アルカとキョウの耳が忙しなく動く。建物の中には既に数名いることが分かる。しかし、それ以外の音や気配は感じられなかった。事前に決めていた合図のうち、ヴィクターに伏兵なしの合図を送り、同じように了承の合図が返ってくる。何気ない動作に見えるよう、巧妙に隠された合図で、タルディ神官に気づいた様子はない。


 聞くところによると、この建物は神意教の所有する建物らしい。タルディ神官もこの対面で初めて知ったそうだ。


 そのままタルディ神官についていくと、廊下の向こうに神官服を着た人物と、そちらを睨むように見ている集団がいた。気配から察するに、この建物にいる全員がここにいるようだ。




「エドモント神官、お連れしました」




 エドモント神官と呼ばれた男性は、ヴィクターと同じくらいの背丈で、スキンヘッド、全体的にがっしりとしており鍛えているのが分かる。


 エドモント神官はこちらを探るような目線を向けた後、口を開いた。




「エドモントだ。一応、こんなナリでも金の刻印を持っている」




 そう言って、首から下げている刻印を手に取って見せる。




「さて、こんなところで立ち話もなんだ、座って話すとしよう。タルディ神官、すまないが俺一人で話したい。こいつらが邪魔しないよう抑えていてくれ」


「なっ!エドモント神官、危険すぎる。相手はケモノ共だぞ!」




 エドモント神官の言葉に、後ろでこちらを睨んでいた人たちが騒ぎ出す。そんな彼らの内、一人の首を掴み持ち上げた。




「うだうだうるせぇ。俺の言ったことが聞こえなかったか」




 首を絞められているのか、かすれたような声で、聞こえたから放してくれ、と言っている人物を突き飛ばすように開放する。




「手間かけさせんな。ったく」




 エドモント神官は部屋にずしずしと入っていき、アルカ達もそれに続いた。扉が閉まり、全員が座ったところで、聞き込みが始まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る