第18話 叱責と考察

 エドモント神官との対面を終えたアルカ達は、足早に本部に戻る。いつもの軍服に着替えて班長室に集まった。




「さて、エドモント神官から得られた情報の擦り合わせと共有を……と思ったが、先にやる事があるな」




 ヴィクターが一度、大きくため息をついた。




「アルカ、キョウ、大護もだ。あの話を聞いて各員、思うところがあっただろう。だが、同情はするな。同情は思考を曇らせる。我々の仕事はなんだ?可哀そうな方の肩を持つことではないぞ」




 アルカとキョウだけでなく、大護もハッとした表情になる。


 どのような過去が彰浩にあったとしても、犯罪は犯罪であり、機動隊であるならば個人の情を挟んではいけない。もし挟んでしまえば、そこには公平性がなくなってしまう。


 国家機関の中でもとりわけ強い権力を持つ機動隊から公平性がなくなれば、それは国が機能していない証になる。


曲がりなりにも国として安定している時点で、法律は決して致命的な間違いではないのだ。




「勿論、彼らの言葉がすべて間違っているわけでもなければ、国がすべて正しいわけでもない。必ずどこかで矛盾が出てくる。だが生きる以上、矛盾や不条理はあって然るべきだ。認めぬのではなく、飲み込まなければならない」




 彰浩は機動隊の死神に不条理を突きつけられたが、アルカとキョウは神意教の教徒に理不尽を突きつけられたのだ。その上で、神意教を恨んだりせず、むしろ教徒を名乗っているのだから、ある意味、矛盾を飲み込んでいると言える。


 神意教の公平性とは理想的なものを指すのだろう。しかし立場によって見方が変わる事など当然で、それを踏まえて判断しなければならない、とヴィクターは言う。




「あの状況下において、エドモント神官の前で同じことを言っても、君達は頷かなかっただろう。完全に雰囲気にのまれていたからな」




 突然、ヴィクターが追い立てるように本部に帰ってきたが、その理由を理解し、アルカ達は頷く。




「我々は機動隊だ。我々にとっての公平性は国であり法律だ。そのことを忘れるな」


「はい!」




 ヴィクターに叱責されて、アルカ達は姿勢を正した。




「では、情報の擦り合わせをする。アルカ、キョウ、エドモント神官との話の中で気が付いたことはあったか?」


「そうですね……会話から考えると、盗難車と知ったうえで購入していたと思います。魔動機関はエドモント神官と対面した建物のように、神意教が所有する建物にあると考えています」




 教会に直接入ると、どうしても神意教の教徒と鉢合わせる可能性が出てくる。魔力を電気に変換するために頻繁に出入りする必要があるが、教会に詳しいタルディ神官ですらほとんど死神を見たことが無いと言っていた。


教会の外に魔動機関を設置しておけば、鉢合わせの可能性を抑えつつ、死神や盗難車の目撃者、噂なども減らせるのではないか。


アルカの考えに、ヴィクターも納得したように頷く。




「悪くない。教会が広いと言えども、どこに人の目があるかわからないな。逆に、衆目を集める教会があると、すぐ隣の建物に意識は向きづらい。最悪、魔動機関の存在が発覚しても、誰かを人柱にして神意教自体は無関係を装うことが出来る。ただし、確定ではないので、教会内部に存在することも考えなければならない。」




 ヴィクターの言葉に、今度はアルカが納得して頷く。同じ状況下で自身の意見以上のことを考えていたのだ。さすがである。


 次はキョウに話が振られる。キョウは少し目を泳がせながら話し出す。




「あー、アタシはエドモント神官とその取り巻きの違いが印象に残りました」


「具体的には?」


「えっ、あー、その……」




 ヴィクターの質問に、キョウは唸り始める。キョウは感覚で話すことが多いため、相手に伝わるように、言語化することが苦手なのだ。


 あたふたしているキョウの代わりに、アルカが話し出す。




「取り巻きは私達、死神を明確に敵視していました。しかし、エドモント神官からは死神に対する敵意や嫌悪感はありませんでした。キョウはそのことが言いたいのだと思います」


「そうなのか?」


「はい。そうです」




 キョウの言葉から感度の感情が伺える。どうやらかなりテンパっていたようだ。




「確かにその通りだな。エドモント神官は大護に脅されても、一切の動揺を見せなかったことから、敵意ではなく覚悟を持っているように感じた」


「覚悟ですか?」


「うむ、彼がどういう経緯で神意教の神官になったかは分からないが、彼の役割から来る覚悟ではないか、と私は考えている。では、彼の役割は何だと思う?」




 エドモント神官と取り巻きの違いを考えてみると、やはり敵意の有無ではないか、とアルカは考える。エドモント神官は死神に敵意を持つから、取り巻きのまとめ役をしているのではなく、取り巻きをまとめるために、死神に敵対しているように見せているのではないか。


 アルカは自身の予想をヴィクターに伝える。ヴィクターはゆっくりと頷いた。




「自身がストッパーとして取り巻きのような過激派を抑えている、ということだな」


「はい。エドモント神官が言っていた、機動隊が困る、というのは旗頭を失って過激派が暴走するということではないでしょうか」


「ふむ、筋は通っているな。金の刻印を持つ神官は存在自体が少ないという話なので、いなくなる影響は大きい。厄介な話だ」




 神意教は想像以上に大きい。その数パーセントでも暴走しようものなら、機動隊の強権を発動し排除しなければならなくなる。


 他の神官ならともかく、エドモント神官を簡単に逮捕できない理由が出来てしまった。


 同時に、他の金の刻印を持つ神官がエドモント神官と同価値の役割を持つならば、これもまた逮捕するのは容易ではない。




「付け加えるなら、その精神力も常軌を逸している。異なる価値観の中にいるだけでも神経を削るが、その旗頭になっているのだ。普通なら心が病んでもおかしくない。それを平然とこなし、周囲に全く流されないのは異常と言っていい」




 考えれば考えるほど、エドモント神官の異常性が際立つ。金の刻印を持つ神官は全員これが基準とすると、ある意味、化け物の集団ではなかろうか、とアルカは思ってしまう。




「次に大護、何か気づいたことは?」


「エドモント神官は私達の正体に気づいていました。アルカ達は班員所属と言っていませんでしたよね?」




 大護の質問に、アルカとキョウは肯定する。




「私達の顔をニュースなどで見ることがあったとして、いきなり本人が現れて確信が持てるでしょうか。今回は私服で軍服ではありませんでしたし、アルカ達は班員であると言っていないのに」




 アルカ達が機動隊員としか言っていないため、いきなり三班班長が来ると考えるだろうか。だがエドモント神官は知っていた。ならば前の事件と同じで、機動隊に内通者がいて、情報を流しているのではなか、と大護は考えているらしい。




「エドモント神官なら知っていそうですけど」


「それは否定でませんが、事件についての回答など、あまりにも準備が整いすぎているように感じました。確固たる証拠はないので、勘ですが」




 大護の気づきに、ヴィクターは眉を顰める。




「どうやって我々の正体を知ったかが問題だな。ニュースで知っていたのなら問題ないが、アルカ達から我々にたどり着いたとしたら、相当面倒なことになる」




 その言葉に、アルカとキョウは揃って首を傾げる。すると、大護が説明してくれた。




「アルカ達は班員になって一月も経っていません。いまだ機動隊員のほとんどと顔を合わせておらず、他班の班員とも交流していません。つまり、二人を詳しく知る人はほとんどいないのです。そんな状況の中、班員と名乗らずいた二人の名前と見た目から、班員と断定したのなら、内通者は機動隊でもかなりの地位にいるのではないか、と予測できるのです」




 アルカとキョウは、急に大きくなった話に思考が追い付かず、少しの間、停止していた。そんな二人を見て、大護は苦笑いを浮かべた。




「ただの連続窃盗事件から、機動隊内部の腐敗に話が飛ぶのです。混乱するのも当然でしょう」


「言っておくが、この事は他言無用だ。そして機動隊内部のことは私の者の仕事だ。君達の仕事ではない。事件解決に注力するように。と言っても、この事件からは一端離れることになる」


「えっ!?」




 突然の事に、今度こそ思考停止に陥り、素っ頓狂な声がアルカ達の口から飛び出る。




「この対面で事実上、神意教方面の手掛かりは無くなったに等しい。アングラな組織の調査も難航している。この事件が動きを見せるには時間がかかる」


「私達もアングラな組織の調査に加わらないのですか?」


「既に他の班員が対応している。普通の任務は代役が立つが、神意教方面は君達しか適任がいないのだ。必要以上に任務をさせて神意教方面の対応が迫られた時、それができないのでは意味がない」




 それに、他の班員も見回りと訓練ばかりでは勿体ない。給与分くらいは働いてもらわないとな、と言うヴィクターは一瞬、黒い笑みを浮かべた。


 その表情に、アルカとキョウは背筋に冷たい汗が流れたような気がして、思わず身震いした。




「あぁ、そうだ。近々、二人には都市外調査訓練に出てもらうことになる。大護、説明を」


「はい。都市外調査訓練とは文字通り、都市外で行う訓練です。内容としては行軍、野営、都市外移住者の確認がメインですね。アルカ達は新班員なので指揮訓練が含まれます。随伴として速水 静香と有明 アケミの二名がついていきます。訓練中は彼女たちから指導を受けることになります」




 静香とアケミなら初任務の時にもお世話になっているので、そこまで緊張はしなくて済む、とアルカは胸をなでおろす。




「訓練は来週の三日間に予定されていますが、場合によっては変更もあります。詳細については情報端末に送りますので、各自、確認してください。……何か質問はありますか?」




 手早く情報端末を操作した大護は、確認の意味を込めて聞いてきた。なので、アルカは質問する。




「先達として何かアドバイスはありますか?」


「そうですね。アルカ達は機動隊員としてこの訓練を受けたことが無いので、手順などをよく確認しておくといいでしょう。それと、新人はともかく、既に何度も訓練を行ったことのある隊員には毅然とした態度で対応した方がいいです。下手に出るとつけあがります」




 もし命令を聞かないような者がいたら、鉄拳制裁するべきですよ、と大護は笑顔で答える。その黒い笑顔から、大護もかつて舐められた態度をとられたことが伝わってきた。




「殴るのは得意なので、任せてください」


「アルカは躊躇いそうなので、キョウ、任せましたよ」




 キョウが張り切って胸を叩く。


 そんなキョウの様子を見て、何となく面倒くさくなりそうな予感がして、アルカはため息を吐いた。

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