明日がリアル

 公園の風は冷たく肌に刺さる。私とあいは車をおりてから自販機でココアを購入した。それで暖をとりながら、あいは公園の舗装された道を先いく。


「かりんありがとう。あなたのおかげで勇気がもてた」


 長い髪が歩く速度で浮いていく。右や左に毛先が遊ぶから目で追ってしまう。


「一緒にいるだけで良いなら何回でも付き合うよ」

「そう言ってくれるだけで嬉しいな」


 突然止まるから、体が接触してしまう。あいはごめんと謝ってから、左手で手を取ってくる。指が開き、重なり、離れないような恋人繋ぎにしてきた。靴は砂利をふむから石のこすれる音がする。その音が同じタイミングになった。


「もう現実逃避は終わりなんだよね?」


 まだ自分探しのような旅が続くことを期待した。しかし、彼女は借りた安ホテルでの決意を揺らがせない。


「今から修宇の家に帰る。施設にいる母親か路林の使いが待ってるかもしれない。路林は政界に忙しいし私に興味をなくしてくれたらいいな」

「実際、これから会えなくなるかもよ」

「私は策を考えたよ。ほら、裏で物語が進んでるものだってかりんが言ったじゃん」


 この3日間で自分の熱を冷まし、今後の自由を効かせるために対抗策を頭で計算していたようだ。


「どういうこと?」

「カソの理念は陰謀論に片足突っ込んでいるでしょ。路林は闇の組織に仲間入りするためにカソを売った。証拠として、政権に進出したって言いふらす」

「え、それ大丈夫なの?」


 あいらしくないような低俗なデマだ。その程度がまかり通るなら静沼も苦労していない。


「手始めに政治家の娘が暴れていたのに匿ったって噂を流す。私は動画の編集を手伝っていたからフェイク映像なら暴露映像っぽく加工できる」


 彼女の手元には路林の素材が複数残っている。それを調理して、さも彼女が敵対視する存在に魂を売ったと脅す。


「過激な思想で人を引っ張ってきた物には、それに対になるより尖った意見で消滅させる。同じ存在にはなりたくないから、最初に脅迫する。彼女の手駒は私が政治家の娘だから手荒な真似はできない。後継者を約束されているからね」

「そんな嘘で何とかなるの?」

「どうかな。これがダメでも次を試す。見捨てられるまで、醜悪さを信者にも見せつけたら人が離れていくとは思う」


 修宇あいはカソや過激な思想に溺れた大人たちと対峙する。その予測を立てて、負けることはしないと踏みとどまるようだ。人生をかけて、カソから解毒する。


「これは受け売りだけど生きていくことは戦うことだって」


 確かにその言葉の礎が彼女のスタンスを支えているようだ。映画の俳優がラストシーンにテーマひっくるめて語った言葉だっただろうか。


「それ誰のセリフ?」

「父親」

「そう、なんだ」

「ふ、ははは。あはは」

「え、何?」


 彼女が手を大きく振るから、私の肩も上下する。引っ張られる筋肉が痛い。


「父親で思い出したことある。聞いて?」

「うん」

「私の家は父の映画コレクションが娯楽だったの。そこは子供向けや社会派映画もあった。そこだけは家族全員が黙って見てたの。ある日、夜更かしになるからってウォーリーを中断されたの。それがどうしても許せなくてね」


 家族の思い出を始めて教えてくれる。彼女の人生に団欒があったことに驚いた。母と喧嘩するぐらいだから険悪と勘違いしていたようだ。

 幼少期の彼女を知らない。修宇あいと出会い方は適切だった。関係の継続に横槍が入ってしまっている。私のことは全て知ってくれたから、嫌なことも楽しいことも話してほしかった。


「1人でこっそり父の棚を漁ったら、白いケースを見つけたの。それ再生したらね。若い父親がバンドの演奏していたの。パンク! ほんとびっくり」

「え、あいの父さんって元バンドマンなんだ」

「そうそう。それで母さんにバレて勝手なことするなって怒られた」

「バンドが気になる」


 今度聞かせてあげると約束した。あの棚に、鮮明な映像作品のまま残っているらしい。


「そしたら私が『監督をめざしてるから勉強してるの!』って変な言い訳したらしいよ。あっははは……、はぁ」


 彼女は自分の発言に驚くように、唇に指を触れている。自分の望む姿を修宇あいは説明したことがなかった。その夢は周りに決めつけられたシンボルのようなものだ。それがメッキが剥がれるように本音がめくれた。言葉を伝って表に飛び出して、自分のことに気がつく。


「そっか。私の夢は、愛着の残りなんだ。私の家族にも楽しかった団欒があったんだ。母親が父親に土下座してるとか、そういった嫌な思い出ばかり記憶に残るから、あの家族が居場所だったって忘れていた。こんなあたたかい嘘を忘れてしまうぐらい。もう離れ離れなんだ」


 腕を振るのもやめたから正面に来た。その顔は泣き崩れることをせき止めるように苦悶に満ちている。


「悲しい?」

「かつて私が1番欲しがっていたものは既にあった。居場所は家族の中にあったんだ。私は映画監督になると嘘つけるあの環境を幸せだと思っていた。もう悲しくないよ。何故かわからないけど、家族が壊れていて、あそこよりも居場所をみつけ、掴んだから」

「そっか」


 彼女がそう言うなら否定しなかった。家族が居場所で、それ以外の信頼のおけるところなんてないと世間は語る。私も同意しかねるところだ。もう愛着の尽きたところなのだろう。


「ねえ、かりん。私は貴方と笑う未来を迎えたい。その為にはなんだってすると思う。一緒に切り抜けてくれない?」

「切り抜けたいね。でも、私はあいのことを信じられるけど、カソのことが怖いよ」


 唇が濡れた。あいが私にキスをする。唇だけが触れて切ない。


「願掛けしよう。私はかりんに映像のデータを送るよ。それは、私とかりんが出会ってからこの瞬間までを編集した映画。その断片を送るから、かりんが修正の依頼をコメントして。そうしてお互いに、今通じあったものを映像に残そうよ」

「その映像を送りあってる時が、唯一現実から逃げられる時間になりそう」

「うん。記憶は頼りにならないから、映像で今のリアルを残そう。そうして、全てが終わったら映画館を借りて上映する」

「そんな未来が来たらいいね」

「来るよ。私たちが繋がっていれば、生きて抵抗したら来る」


 手のひらがじんわりと汗かく。緊張が相手に鼓動と汗で理解されたかもしれない。それでも、あいの声を聞いていたかった。


「フォルダ名はね━━━」



完結

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明日がリアル 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou

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