怒りが導くあい
「おはよう。あいちゃん」
目を覚ますと母親が覗き込んでいた。この施設に来てから親が必ず起こしに来る。
布団から見る窓の景色がいえと違うから、旅行の気分になる。今は家庭尊重委員会の加入者が運営する家を格安で借りていた。
「おはようお母さん」
家庭尊重委員会に入ってから数日。私は生まれて初めて、親との健やかな生活を送っている。あの土下座を見てから母親に不信感を抱く。そこから亀裂が生まれ反抗期に突入してしまった。この生活は過去の喧嘩をよく想起させる。この穏やかさは嵐の前の静けさみたいで落ち着かない。
「お母さん。私は動画の編集する」
「路林さんのよね。頑張ってね」
母は路林の使い古しのような口調を真似る。施設に引っ越してから同化して喜ぶ傾向があった。複雑な気持ちを抱えながらも、それを口に出すのは許されない気がする。
最近の日課は家庭尊重委員会のチャンネル動画を編集している。母いわく、私は前から映画監督を夢みていた。その訓練も兼ねて活動を手伝わされている。今は路林が政権に進むため多忙だ。撮影する暇がなく、撮りためたものを消化している。
作業部屋に移り、パソコンの席をひく。
「ねえ、あいちゃん。マッチングアプリってやってる?」
心臓の鼓動が耳まで伝う。滾るマグマのような音が冷静な心を揺すった。なるべく外見に出ないよう席に着いて返事する。
「私に出たの?」
携帯は親が管理していた。家庭尊重委員会の方針で、親が子供を飼育する過程において、携帯やパソコンは許可制にするべきとされている。一度電話来た時は、母から渡され応じた。そのまま母親が路林に連絡される。
「フユって人から連絡来てたよ。これ女の子だよね」
二作かりんだ。名前の違いから把握されていないし、報告されない。
「その人知らないな」
「2度目のデートしようだってよ?」
瞬間、頭に駆け巡る。
フユと出会った日。購買に並び、自分の趣味を語ったこと。スクリーンの席で手を握った日。ラブホテルでのセックス。学校で音楽を聴いたこと。一緒に過ごした過去が呼吸を荒くする。
胸を締め付ける。今すぐ彼女に会いたくなった。気持ちは本命になった日から更新されていない。
「やっぱり、フユと知り合いだ」
「しらない」
「お母さんには隠し事が通じないの」
甘い匂いが肌を包む。背中から母に抱きしめられていた。その細い腕が私の胸に当たる時、背筋が凍る。
あの主人公になれたような一夜の昂りが冷めた。親が私を離さない。
「男の子に産んであげられなくてごめんね。お父さんの目は貴方を責めてるわけじゃないの。お母さんが出来損ないだから戒めてるの。だから、男の子のふりなんてもうしなくていいの。大丈夫。お母さんわかってるから」
今この時、なにか切れた音がした。
私はなんでここに居るのか分からなくなった。あの時から家庭尊重委員会は私を保護してくれる。時間をくれたけれど、話していた人たちは今や消えた。母親と共同生活して、握手やハグなどの単純接触も強制的に行われる。
「携帯、貸して」
身体を解いた。正面に向き合うと、母は目線を合わせない。
「え?」
「私の携帯を返して」
「どうしたの?」
限界だった。
私の中にあった地車に対する罪悪感がしばしのあいだ陰に潜んだ。頭の中にわき起こる怒りがふつふつと湧いた。二作の時とは違うような、もっと身近に感じたことだ。
「お母さん。私は自分の携帯を返してって言ってるの」
「嫌、いやよ! 突然どうしたのよ。私がメッセージを読むから良いじゃない」
「私はもう幼子じゃない。自分の身体は私が決めるの」
「まだあなたは子供じゃない! 私の言うことを聞きなさい!」
「お母さん。聞いて」
蹲って頭を両手で抱える。爪を立てて、髪の毛を毟り始めた。
「いや、いやー!!!いやいや!!」
家庭尊重委員会に入る前の光景が広がった。ずっと私や父親が目を背けていたものだ。そうして、路林に対して判別がつく。
彼女は人の弱みに漬け込んで支配しているだけだ。
「もういい加減にしてよ。返して」
「いや!」
「お母さんの慰めるために産まれたんじゃない!」
母の足元に落ちた髪の束。爪の先に血を付着させたままで微動だにしない。図星をつかれて、頭が働いていないようだった。
「お母さんが何言われたか知らないけど私に依存するのやめてよ。だから、距離とってたの」
身内だから傷つけたくなかった。反抗期でも本質をつきたくない。でも、一度発してしまった。この涙が止むまでに心が落ち着いて欲しい。
「私はただお母さんにお母さんをして欲しかっただけだよ。男の子になんて産んで欲しくない。私は女性で女性の人が好きなの。それがなんで分かってくれないの?」
携帯を取りだした。メッセージ名のフユを心で呼ぶ。
フユ、待ってて。
「どこにでも行けばいいじゃない。親不孝者」
「うん」
私は身支度をして出かける。2度目のデートまでに、この頬を誤魔化さないといけなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます