臆病をかみしめる

 布団を身体に巻き付けた。布団に私の全てが染み込んで、途絶えることを望んだ。死にたいけれど痛みを感じたくない。上空を覆う曇天みたく、死が私を覆い窒息してくれるように。そんな夢物語を考えていた。


「もしもし」


 その時、飛谷さんが戸を叩いた。私は返事しなかった。


「寝てる? 扉は開けなくてもいいよ。もうずっと顔を見てないから話がしたくて」


 私は扉を背に移動する。


「心配しなくていいです。ほっといてください」

「ごめん。今日は先生が来てるんだ」


 誰だろうと、私は耳を澄ます。


「初めまして。千早です」


 千早先生は育休で学校に来ていなかった人。修宇がメッセージで話題に出していたことがあり、内容を暗記していたから覚えている。


「ど、どうして?」

「千早先生は高校の同級生で元同僚なんだ。今回のことで頼った」


 そういえば、飛谷さんの仕事はなんだろう。そもそも、母親の彼氏って一言でしか説明できなかった。彼のこと何も知らなかった。


「二作さん、今回のこと聞かせてもらった。私はとても許せなかった」

「ありがとうございます」

「私ね。あなたのことを知らないから少しでも知っていきたいの」


 修宇あいが好んでいる先生だから、信頼できる人なのだろう。でも、この扉をあけられるほど心が強くない。


「すみません。今は誰とも話したくないです」


 冷たくあしらいベッドに帰る。また自分の世界に籠った。

 その後は2人とも扉越しになにか話しているのを聞いた。でも、音として捉えているから頭に入らない。


「もういい」


 もう学校とかどうでもいい。全部私が悪かった。修宇あいと出会ったことなんて忘れたい。なのに、どうして拒絶するほど少ない思い出が頭で引用されるのだろう。それは徐々に美化されていき、原型を留めないものになる。分かっていても、都合のよい過去に縋ってしまう。



「〇〇市から引っ越してきた二作かりんです。よろしくお願いします」


 母親が祖母の近くに引っ越した。介護する名目のもと、私が同性愛者だってことを否定するためだ。


「二作さんよろしくね」「休みの日は何してるの?」「LINE交換しようよ」


 私は百合と別れて傷心していた。私の心は百合から離れていた。そう言い聞かせながらも言い訳が続いていて、周りを見てられなかった。


「かりんちゃん好きなタイプって何?」

「あの、私は二作って呼ばれたいかな」


 そうして嫌われた。

 クラスで誰も話しかけられない。自分で引き落とした孤独だ。人に話しかける余裕もなく、辛かった。


「あ、ごめん」

「いや、大丈夫」


 クラスメイトは影の薄い人の尊厳を軽んじる。私も肩をぶつけられた。更衣室のロッカーもお気に入りのところ奪われたし、食堂の席周りを占領されて追い出された。席を奪われて携帯をいじる彼らを見て何かが途切れる。次第に、私は人に対する怒りを覚えるようになる。寂しさが転じて攻撃性を持った。

 私はSNSを始めた。最初は嫌いな彼らを偵察するためだ。しかし、その場所では同じような鬱憤が描き散らされている。当時の私と心境が近く、居心地が良かった。その中で、ひとつのコミュニティに入る。同じ学校の人が集まる鍵アカウントの仲良しなところだ。

 誰かをバカにした文字を書けば、周りは賞賛する。汚い言葉の応酬が、自己肯定感を釣り上げた。今思えば似た人間が集まるように制作されていただけだ。私は薄い泡の中に閉じこもって、狭いところから世界を語っていた。また、SNSの広告でマッチングアプリを知る。

 私は心が男性寄りで女性の身体が好きだ。同性のマッチングを漁っていた。その日で身体を重ねれたら楽だと気付く。永劫に続かないから、相手は私を蔑ろにだく。肉欲だけの繋がりがあった。


「それ、マッチングアプリでしょ」


 気が緩んでしまったんだと思う。放課後の教室は、私と声掛けた人の二人きり。相手は修宇あい。


「あ、修宇さん」


 クラスで話さなくなったから、すっかり吃るようになった。緊張で舌が回らない。


「クラスで開くと面倒な噂立てられるよ」

「……」

「まあ私もマッチングアプリやってるけどね」

「教えていいの?」


 しまった。

 修宇あいは機嫌の善し悪しを表現できる。甘やかされて育ったとわかるほど自由で、美貌と家柄でクラスの中心だ。


「やってる人おおいよ。まあ、私の身体だから好きにさせろって思うな」

「強いね」


 理性が口出しを警告している。彼女らに知られたら私は終わりだ。なのに、私の羨むものを持つ人から教えて欲しかった。それで、なにか終わる気がする。


「そうかな」


 夕日に照らされる顔は普段から想像つかない。寂しさ、心に空いた穴を覗きこめそうな気がした。私は、彼女と似ているところがあるかもしれないと共感する感情に接続できない。その前に、興味を持ってしまった。

 私はそれから彼女を意識した。マッチングアプリで彼女に似た人を探す。すると、『あい』にたどり着いた。顔は同じ。夢ではないようだった。SNSでやり取りしていくうちに、やがて輪郭が鮮明になる。


『やばい。修宇と話してる』


 私は興奮してSNSに投稿した。マッチングアプリと連携していないから、見つからない。投稿にひとつのコメントが付く。


『なら利用してやりましょうよ。フユさんならやれるでしょ?』


 いいねの投稿が18件ついた。これは私を試されている。ここで答えを間違えばこのコミュニティから追い出されてしまう。


『その通りですね。修宇あいを嵌められると思います』


 修宇あいと会うことにした。

 学校と違うしおらしい姿。私を好きだと伝える視線が熱い。心が揺らいでしまった。私のこと知って欲しくなってしまった。暴露するネタを探るために、彼女の家族や心情を深堀していく。それも、彼女と寄り添いたい欲望が強くなるだけだった。好きになってしまった。

 だから、裸をさらされた時、罰だと思った。晒したことを許せないけど、半分は救われたような面持ちだった。もう関わらなくなる。そう決め込んでいた。



 私は修宇の感触の思い出ごと抱きしめる。涙も涸れて、私は空っぽになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る