本質と真相

 頼れる人がいない。路林が私の家に侵入してきて抵抗できなかった。母親は既に取り込まれる寸前に立っている。静沼に協力を依頼するほど仲良くない。ただ従うしかなかった。


「かりんちゃんの母親が働いているスーパーが行きつけでね。仲良くなったの」

「はぁ……」


 私と路林は喫茶店に来ていた。ここは今まで通学路で見かけたが入らなかったところ。店内は暗いから全体を掴めていないけれど、地元の住民でさえ入りが少ないように思える。


「私ね。最初にあった時からかりんちゃんと似てると思ったの」

「私と?」

「世の中に不満を持っている人って目つきでわかるの。貴方は世の中が憎いわけでしょ。わかるわ」


 そういうと彼女は周りの人に指示した。彼らは端末を取りだし、耳に当てる。1人は店内から出ていく。


「どうしてクラスで目立ってるやつの発言がまかり通るの。私はこんなに頑張っているのに認められない。ただ、自己表現の仕方を教えてくれなかったのは周りだ。誰か助けて欲しいって」


 私の心をラベリングされて不快だ。私という側を判別されている。


「いや、私はそう思っていません。たしかに昔は目立っている人達に不満を抱えていました。でも、彼女らの悩みを聞くうちに人間味を受容できるようになりました」

「そうは見えないわ。まだ貴方は心に闇を抱えているでしょう。人に傷つけられたことに変わりはない。その傷の加害性が一時的に抜けただけよ」


 話を取り合わなかった。10代の心情を吐露してる気になっている路林。ある家族の不幸を2時間の映画にして、ラストで泣いている俳優を見ているようだ。グロテスクな場面に彼女は指導者を演じている。


「そんな貴方にひとついいことを恵んであげる。連れてきて」


 ドアのベルが鳴る。

 店内に入ってきたのは、先程の男。それと、女性だった。


「え、どうして?」


 私は思わず席から立った。

 もう会わないと決めていた。その方がお互いのためだと信じていた。動画をさらした後でさえ。彼女は故意に提供したわけじゃないから。そう決め込んでいたのに。


「久しぶり。かりん」

「百合……」


 膝が冷たいことに気づいて右脚を触ると濡れていた。机が小さいから珈琲の容器が傾き、中身が床まで滴る。


「かりん。私は会いたかった」


 きめ細やかなな長髪に丸い瞳。過去と相違しない容姿は現在との時間の差を狂わせる。


「かりんさん大変だったわね。お母さんから聞いたわ」


 すぐ私の情報を周りに言いふらす。娘が同性愛者かもしれないと警戒していたから、悪い癖が治ったと思っていたが、勘違いだった。


「この女が犯人でしょ? 私が連れてきてあげた」


 すると、百合は歩いてきた。私と路林の机まで近づいたら、足を曲げだす。

 彼女は両足の膝と頭を床に擦り付け、土下座をした。


「ごめんなさい」

「ちょっとやめて!」


 彼女の体を力づくで引き起こす。力の入った筋肉は誰であれ動かしずらい。彼女の後ろに回り、左腕を体重に乗せて後ろに伸ばして、ようやく顔が上がった。


「かりんちゃん私の誠意よ。身内の友人を貶めたのだからこれぐらい当然。私には従わせる力があるの」

「百合やめて。早く身体起こして!」

「かりん。これぐらいさせて」

「百合!」


 私の思い出がバラバラ消えていく。力を込めていく度に、地面に吸いよせられていくようだった。気が遠くなって気絶しそうだ。百合の土下座が頭から離れない。早くこの場面を終わらせたかった。

 逃げたいと足が震える。でも、店からでたら百合がどうなるか。


「かりん。無神経な好奇心を持っていたことの罪を私わかったの。土下座させて」

「違う。私は土下座なんかさせたくないの!」


 どうして彼女が侮辱されないといけないのか。晒したのは百合の彼氏だ。どうしてこんな私たちが辱めをうけないといけない。

 悔しかった。全てを殺して消えてなくなりたいと絶望しつつ、大切だった人の行動さえ改められない。情けなさが瞼に強くささり、瞬き来る度に目が濡れる。


「百合、やめて……やめてよ……」


 私は玩具を買って貰えなかった子供のように涙がこぼれる。両手は百合の土下座を止めるのに必死だからぬぐえない。目元が悪くなるから、袖で拭う。


「え、かりんちゃん泣いてるの?」


 路林に気を向けた。どんな脅しを使ったのか知りたくないけど、決意させたのは悪意ある大人だ。どんな顔してるのだろう。


「え、え。泣くの?」


 路林は口を手元で押えていた。咳き込んだ様子もなく、何もこぼしていない。


「あ、あははははは!」


 堪えきれないと笑っていた。その声は店内に響く。私は困惑して力を緩めた。


「かりん。お前マジで子供だな。泣けば何とかなると思ってる。あっははははは」


 取り巻きの胸ポケットからハンカチを無断で借りて、自身の目元に優しく当てている路林。


「かりんちゃんマジで俺だな。泣くことしか出来なかったところとか似てるよ。あー、何だ。こんな簡単に折れるのか。つまんねえな」


 もはや口調を取り繕うことさえしない。おそらく、彼女の本性が現れている。動画の奥底にいる真実だ。


「そりゃかりんちゃんはガキだよな。静沼と大違い」

「静沼に、なにかしたんですか?」

「あ、まだ言い返せるの」


 大人の敵意を初めて見に受ける。後ろ指に慣れていたけれど、私は対決したことがない。怖かった。


「どうして、こんなことを?」

「修宇あいは私のポストにおさまる人材だ。家柄もカリスマ性も申し分ない」


 油断していた。全てを簡単に話すのはもう屈服させたからだ。


「あいの敵になったやつも味方にしたという泊をつけるために利用したんだよ」


 百合を二人の男が抱えあげた。


「やめて!」

「うるさい帰すだけだよ」


 追いかけようとしてもひとりに止められる。私は手を伸ばすことさえ出来ずに、動かぬ足を呪いながら出ていくゆりを見た。


「君は多様性の犠牲になった可哀想な奴らだ。私のカソが推し広まれば、そんな親の機能不全だってなくなるよ」

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