目覚め
二作かりんは私のメッセージを一方的に読む。返事しないまま数日が続く。私の一方的な文章が、画面を埋め尽くす。
静沼は流出した犯人探しを手伝ってくれている。でも、一向に目処が立たない。誰が犯したのかわからなかった。
「そうだ。地車に聞こう」
彼女は体育館の映像を管理していたと、友人が話していた。その通りなら、不振な人物を目撃しているかもしれない。そう決めて、私は地車が昼休みに過ごす場所へ向かった。
△
「地車さんちょっといいかな」
ここは体育館裏の中庭。草木の茂る風通しの良い場所だ。ここを通る人は少ないから、地車は昼休みを緩やかに堪能できる。というのも、彼女は友達がいないからクラスの煩わしさに触れていない。
「はい。何ですか?」
地車は携帯から手を離す。誰と通話していたようでボタンを切った音がする。
「文化祭のことを聞きたいのだけど」
「二作かりんさんの事ですか?」
「彼女の映像を誰が流したかわからない?」
「分かりません。わたしが見たところ、再生した人も戸惑ってました。彼女は二作さんと接点はなかったハズです」
「彼女らと話せない?」
「待ってください。接点はありませんよ」
裏でなんの物語が始まっているかわからない。二作かりんは身元がバレた翌日にそう話す。印象的なセリフだから頭に残っていて、それは今の場面でも適応されると感じた。
「それは私が判断するよ。二作のことなら私がわかるから」
「あの人たちもショックを受けてます。そっとしてあげてください。それが正しいです」
地車は正しさを尊重する。それは二作と文化祭の準備をしていた時からそうだった。なぜか、私は彼女のこだわりを不快に感じている。中学生の頃に書いたオリジナルキャラクターを音読された感覚と似ていた。
「地車さんは怪しい人とか見てないの?」
彼女は目を伏せる。もう相手できないと諦めるようなため息が、わたしのたっているところまで届く。
木々が風に遊ばれて左右にゆれ、木の葉を私たちの間に落下させた。
「修宇さん。もう捜査するのはやめませんか」
「何で?」
「二作かりんはこれ以上目立つのは望んでいないと思います」
まっすぐ私の目をあわせてくる。どうしてか、目を合わせることが出来なかった。隣のベンチにあえて集中する。
「修宇さん。彼女の悲劇は私も憤ります。犯人の悪意を許せません。だからと言って、騒ぎ立てることが正しいでしょうか。彼女は目立つことが苦手なのではないですか」
言っていることは正しい。親のために目立ちたくないと言ってくれたことがある。どうしてこんな大切な人の考えを忘れていたのだろう。地車に気付かされた。でも、悟ったと伝わって欲しくない。
「目立つことは苦手だった。でも、わたしは泣き寝入りするつもりがない。これは悪いことだと思っているし、犯人は裁かれるために表に出るべきだ」
「それは貴方の考えですよね。でも、これは晒した人と、晒された人の問題です」
「晒された人が動揺して後々後悔する選択をするかもしれないでしょ。その2人の問題なら、私たちが噂してはダメでしょ。でも噂は広がってるよね。地車さんは『二作っていう地味キャラで抜けたわ』って言葉聞いた? これは正しいの?!」
「落ち着いてください」
「私の好きな人が晒されたんだよ! 許せるわけねえだろ!」
そうだ。わたしは犯人を殺してやりたい。二作かりんは二面性がある。学校では目立たないよう意識的に活動し、裏では自分をさらけ出していた。その使い分けを私は羨ましい。自分の感情を淡々とわけられることができかった。まだ、二作かりんには知らないことが沢山ある。時間かけて二人の仲を深めてみたかった。彼女の傷に寄り添ってあげたいと思った。でも、家から出てくれない。住所を聞く前に閉じこもってしまった。
もう全てが嫌いだった。目に映る全てが嘘に見える。二作かりんを誰が閉じ込めたのか知りたい。
「……修宇さん。二作かりんの前に静沼いちずのことはどう考えているのですか」
「え、なんで静沼の名前が出るの」
「彼女がどんな思いであなたに協力しているかわかるの」
私は彼女の兄の人脈を頼っている。静沼いちずは関わりたくないと愚痴っていた。それを情で働かせている。
「それは、兄でしょ」
「彼女、カラオケで兄の友達にセクハラされてたよ」
頭が真っ白になる。セクハラされていたなんて教えてくれなかった。分かっていたら、すぐ中止した。どうして彼女は押し黙って調べてくれたのだろう。
「え、え?」
「知らないで済まされないよ。いちずは好きなあなたに教えるわけがないでしょ。なのにあなたはぞんざいに扱ってきた。それがどれだけ正しくないかわかる?」
立っているのがやっとだ。彼女は昨日だって変わらず振舞っていた。いや、私にみせていることこそが嘘なのか。
「修宇。お前は甘えているんだよ。政治家の娘だから、静沼いちずに溺愛されているから、自分の好きなことが好きなタイミングでできる。それがどれだけ、どれだけの犠牲があるのか知ってる?」
「ごめん」
「ごめんじゃなくて! ねえ、二作かりんが何だよ!」
彼女は詰め寄ってきた。その剣幕は私を圧倒して後ずさりさせる。恐ろしかった。何も知らない自分が怖かったし、地車に心の内を暴かれることに傷ついていく。
「そういえば二作かりんの事だけど、お前でも知らないことがひとつあるよ」
「何?」
「お前を貶めようとしてたよ」
「……」
「あなたの使ってるアプリ調べて、政治家のこと聞き出して、文化祭で晒すつもりだったらしいよ。それでも庇うの?」
「……」
「そんなんだから『カソ』にハマるんだよ」
右手が熱くなった。わたしは人を殴ったのだと、崩れる地車の姿を見て理解する。口から唾液が飛んでいた。
後頭部から落ちる地車。わたしは馬乗りになった。彼女の頬は強く殴られたところが赤くなっている。人に強く当てられると、皮膚が勢いに負けてめくれてしまう。私の手は震えていた。その震えを止めるように、手を上から相手の顔まで落とす。敵を殴る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます