5話 ※性被害な描写が含まれています。

 私は昼に目が覚めた。今日は学校をサボタージュして二作とライブビューイングに出かける日だ。私は自分の服を着込んで、そそくさと家を出た。

 人通りの少ない道を進み、最初の頃に出会った映画館へ到着する。この映画館で二作かりんは貸切りしている。


「早く来たね」


 二作は私よりも早く到着していた。普段よりも格好の良い服装で、最初の頃にあった時と似ている。どうして、クラスの冴えなさが外に出ると消すことが出来るのだろう。その早変わりに尊敬してしまう。


「だってライブビューイングだもん」


 管理者に連絡を入れる二作。わたしは彼女のカバンからパッケージが取り出されるのを見た。


「よく手に入ったね」


 思わず質問してしまった。手渡した後で答えてくれる。


「母の付き合ってる人が経営者なんだ。彼のもとでバイトを頑張った」


 そう言いつつ、会場に入る。彼女の家にもさまざまな事情が含んであるようだ。いつか話してくれる日が来るだろうか。いや、私が自分を晒せる日が来る方が近い。二作に強く惹かれている。身体だけの関係じゃなくて、もっと確信的なものだ。言葉にするには材料が足りない。


「特等席に座ろうよ」

「うん」


 わたしは真ん中の席に進む。その前に携帯の電源を切ろうと、鞄からスマホを取り出した。すると同時に、着信の振動が起きる。

 二作が私の携帯の画面を覗きこむ。


「静沼さんに言ってないの?」

「あれから話してない……」

「え、夜に電話しなかったの?」

「してない」


 予定を覆い隠してしまった。それと静沼をぞんざいに扱っていることを自覚した。謝る言葉を想起しつつ、着信に応じる。


「もしもし」

『あい今どこ?』


 かなり切羽詰った声をしていた。電話越しの後ろで人々のざわつきがこだましている。人が密集している会場にいるみたいだ。


「ごめん、今日は体調が悪くて」

『今は二作と居るの?』

「い、いないけど」

『いるね。とにかく、二作のそばにいてやって』

「どういうこと?」

「たぶんタイムラインに流れる映画を見ればわかる」


 以前のリハーサル映像だろうか。私と二作と地車で立ち見した。内容は平凡だけど、セリフは他者に託すような強い力があることを覚えている。


「それって、3年生の思い出ビデオでしょ?」

『違う。差し替えられていた』


 電話しているなかで、携帯に通知が来る。耳から離して、内容の1行に触れた。「二作かりん終わったな」って、友達がメッセージを送ってきている。


「え、何?」

「二作かりんが裸で写ってる映像と差し替えられていたの」


 私はすぐさまメッセージを押してみた。そこに移るのは、体育館と、大画面にうつる二作かりんの裸。今に比べて幼さの残る顔立ちをしている。彼女は蕩けそうなほど幸福な表情を浮かべ、カメラ前の人に話しかけていた。


『ねえ、早く撮るのやめてよ』その愛おしそうな声に、撮影者が応える。


『いやだ。するって約束でしょ』


 会場は騒然としていた。棒立ちのクラスメイトもいれば、口笛を吹く男性もいる。そして、撮影者の声が”女性”だってことに、皆が好奇心をそそられていた。


「え、女の人の声?」「これ二作さんだよね?」「なんで裸なの?」「どうして?」「これリベンジポルノ?」


 私は動画をとめた。見た映像が頭の中で追いつかない。どうしても、現実感のない衝撃だった。

 二作かりんのリベンジポルノが流出した。今横にいる好きな人の裸が晒されてしまう。出処も分からなければ、理由も分からない。


『あい。あい? 聞いてる?』


 静沼の声が私の携帯からしている。電話している最中だったと、つい先ほどの記憶さえ飛んでいた。落ち着きを取り戻すように咳払いして、耳に当てる。


「見た。これどうなったの」

『地車が遅れて消去した。文化祭も中断で、いまは体育館で待機している』

「どこまで流れたの?」

『3分かな。行為に及ぶ前に消された』

「許せない」


 私はふつふつとした怒りが頭の中で湧いてきた。誰が彼女を貶めたのか知りたくなる。犯人を断定したら殺してやりたい。怒りが頭に到達し、彼女の名誉を是が非でも死守したくなった。二作かりんは目立たないように行動して、誰にも迷惑をかけていない。なのに、どうしてプライバシーを広められないといけないわけだ。


「な、なにこれ」


 しまったと気付いた。顔を上げるが、もう遅い。二作は携帯を手にして微動だにしない。おそらく、タイムラインに流れてきたのだろう。彼女ほど自分の体を知っている人はおらず、一瞬で被害者になった。


「あ、あい。これ、これって」


 顔が青ざめ、今にも倒れそうだ。自信に満ちた顔つきが無くなっている。学校にいた時よりもさらに、意識がないようだ。


「な、どうして……?」


 わたしは何とか自分を取り戻した。震える彼女まで駆け寄り、勢いで抱きしめる。


「な、なんで? なんで? なんでなんで?」


 二作かりんは発作のように繰り返す。私はかける言葉を必死に探した。すると、上映館が暗くなっていく。

 スクリーンに映ったのは白い影と人々のアタマ。セットリストの1曲目に歌われる曲名はあつい皮膚。


「許せない」

「……」

「大丈夫。私が必ず復讐する」


 そうして、映画が始まってしまった。

 翌日から、二作かりんは学校に来なくなった。

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