元カノ殺す
『千早先生が育休から帰ってくるらしいよ。かりんは会ったことある? 私は好きな先生だから楽しみ』
私は携帯に連絡を入れる。指を上から下へスクロールして、返事の帰ってきた日まで遡った。彼女は映画館から抜け出して、ひとつの文字さえ、姿を見せない。
「またかりんに送ってるの?」
静沼は紙パックのミルクティーを片手でつぶした。力任せに曲げたから、中心が厚くなっている。
私はレジ袋の口を広げ、ゴミを回収した。
「生きているかな……」
「そりゃ生きてるよ」
友達の軽口を素通りできなかった。簡単に生きていると言われても証拠がないと、問い詰めたくなってしまう。私は誰でもよいから敵を欲しがっている。
「動画をばらまいたやつ見つけた?」
「かりんの元カノはわかった」
「よし。殺しに行こう」
私の手を掴んできた静沼は真剣な顔立ちで見つめてくる。それは私の目の奥底にある心に問いかけてくるようだった。
「かりんの元カノは今彼が居る。ばらまいてもメリットがないよ」
「なら誰がやったの?」
「彼女の友人関係を探らないと分からない。でも、いいの?」
私は彼女を貶めた人間を知りたい。そのために支援してくれる人を探している。静沼だって人脈を活用してくれて助かっていた。
「何が?」
「二作は過去のことを知られたくないかもしれない。だって、あいに一度だって教えなかったわけでしょ?」
そんなこと言われなくてもわかっている。彼女は私に格好よい部分を見せてくれていた。そして、その態度でさえ本命なんだ。だとしても、理屈を並べても感情が先に出て頭が熱くなってしまう。
「それはまだ会って日が浅いからだよ」
「あいが良いなら続けるよ」
彼女の指が肌荒れしていた。爪の横から皮膚がめくれて、赤い斑点のような傷ができている。それを目視して、彼女の苦労を近くから感じた。
「利用してごめん。いちず兄の人脈は使いたくなかったよね」
「あいなら利用して良いよ。修宇家は使えないの?」
父親が帰宅したのは当分前で、いつも同じネクタイの色をしている。風呂に入っているのかさえ判断つかない。父と同じ食卓で食べたのは小学六年生が最後だ。
「お父さんは理解がないから協力しない。母親はスピリチュアルにハマったままだし」
「カソが家の中まできてるんだよね。あいは何かされてない?」
「ジロジロ見てくる。気持ち悪いよ」
かりんと映画館で別れた日。帰宅すると、カソは居た。リビングの磨りガラス越しに、カソと私の母と談笑している様子を確認している。最近はずっと家に滞在していた。
「カソの幹部。『路林和子(みちばやし わこ)』がこの地域に引っ越したらしい。信者連れてるから駅前で募金やら慈善活動に取り組んでるのをよく見かけるよ。だから、家にいるんじゃないかな。だって、政治家の家だし」
紫色の髪を後にまとめ、お団子にしている。目元にシワがあり、目が狐のように細い。あのきな臭い風貌が浮かぶ。路林は聞くに絶えない思想を信念持って広めている。関わりたくないから遠ざけていた。
「話がズレた。とにかく、かりんのこと調べてね。私は彼女の味方をやめるつもりはない」
「いいけど、前のめりにならないでね」
△
放課後。
わたしは静沼とは違う友達と帰る。静沼は用事があるといい走る後ろ姿を見送った。
「修宇。久しぶりに帰ってくれるんだ」
「うん。付き合い忘れてたから」
「ずっと二作さんだったよね?」
二作との馴れ初めを適当に話した。彼女らは私と話していることに価値を見いだしている。自慢だけど、モデルの母を持ち、綺麗な容姿を持っていた。しかし、これもすべて両親の政治的な洞察がはいっている。父に有利な振る舞いを押し付けられている。
「ああ、わかった」
「ん? どうしたの?」
「なんでもない」
両親は私がマッチングアプリを使用していたと知れば、携帯を取り上げるだろう。世間の評判が悪くなると、マッチングアプリを下に見る。たしかに、いい人と巡り会うのは稀だ。でも、その文化を否定する程ではないはず。じじつ、二作かりんと出逢えた。
「ねえ、二作さんのこと聞いた?」
「うん。誰がやったんだろうね」
「地車さんが指揮してたから、あの人なら何かわかるかも」
「そうだったんだ。教えてくれてありがとう」
「にしても、本当に酷いよね。わたし、修宇さんほどじゃないけど許せないよ」
「うん。ひどい」
「わたし二作さんのこと付き合い悪いなとは思うけど、それでも……だよね」
友人間で話題が加熱していた。二作を引き合いに男子の愚痴や先生への不満をぶつけ合っている。男子は口笛を吹いたり、二作をオナネタにしたと豪語した男子を嫌っていた。おそらく、彼らは自身の非人道的な振る舞いを気づけない。ずっと、仲のいい人たちの中で、非生産的な会話を続けていくだけだ。
「ねえ、聞いた? 修宇さん」
「どうしたの?」
「噂だけど、二作さんを停学にするらしいよ」
「は?」
「ね、は? だよね」
「かりんは被害者だよ?」
「私もそう思う。でも、友達の部活の顧問が『校長が決定した』だってさ」
二作かりんは全校生徒の前で裸を晒された。その恥に上塗りするのか。わたしには先生たちが性に溺れたケダモノのように錯覚した。怒りで頭がおかしくなりそうだ。
「ごめん。先に帰ってて」
私はその足で校長室に向かう。
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