その夢は誰のもの

 私たちは体育館に入った。その直後、大きな音が耳に入ってくる。


「コラ、お前ら遊ばんで手を動かさんか!」


 私の苦手な生活指導の先生が指さして非難していた。彼は生徒が遊ばないように見張りをしている。おそらく、映像の担当なのだろうか。彼の近くにスクリーンが映っていた。


『立場の強い人間は、何をしても許されるのか! 悪いことをしたら謝るべきだ!』


 映像の中でクラスメイトが映画の根本となるテーマをセリフで話している。どうやら、体育館で映画を上映するらしい。


「驚いたね」と、二作。わたしはテキストの凄みに飲み込まれてしまい、その場に立ちつくす。


「修宇さん。どうしました?」


 それで私は我に返る。地車は心配そうに私の顔を覗いた。眉で映画をさし、説明を促す。


「あれは3年生の方々が撮影した映画です。自作のストーリーを上映するみたいですよ」

「先輩方は勇気があるね」

「でも、撮影の過程で友情が育まれると思いませんか?」

「そ、そうだね地車ちゃん」


 次のシーンが映る。屋上からグラウンド下を遠くから撮影しており、右下の小さな点のような男子が上へ昇っている。退屈な長回しが始まり、わたしの興味は削がれた。どうしてか、先程のテキストが強く惹かれてしまったわけだ。


「やはり、映画に興味ありますか? 修宇さん」

「え、何で」

「修宇さんはよく映画館に行かれるじゃないですか」

「私は暇だから通ってるだけだよ」

「あいは映画監督になりたいんじゃなかった?」

「え、そうなの?」


 私は私の夢について理解がなかった。なぜ、彼女が私の夢を定めるのか疑問はある。でも、どうしてそう思うのかという方が気になった。


「前に話しているのを聞いたよ」


 口からでまかせだ。誰かと話して盛り上がったとき、本意ではない思いつきが顔を出すことがある。それと同じたぐいで映画監督になりたいと嘯いた。その可能性が私はある。


「私って映画監督になりたいのか」

「自分で言ったことを覚えてないの?」

「覚えてない」


 それから会話をしなくなった。地車は私たちに椅子の設営やテープ貼りの指示をしてくる。言われた通りに行動し、文化祭の色に学校を染めていく。普段の体育館は憂鬱を溜め込んだような暗がりだった。でも、文化祭のイベントが近づくにつれ元気そうな明るさを持ってくる。全てが浮き足立つような感覚だ。


「先輩の映画はダラダラした会話とか、環境音が多いね」


 二作がそこまで突っかかるのが意外だった。彼女は映画を見るタイプだから、映画に関してはこだわりがあるのかもしれない。


「やっぱ二作ならスプラッタ映画にする?」

「誰も私を侮辱しないなら映画を撮りたい。生活指導のあのオヤジが宇宙人に惨殺されるところから物語が始まるわけ」

「そんなの誰も見ないよ」

「私が撮りたいの。格好いいシーンや好きなセリフを流して、好きな動画を作りたい。独りよがりだけどね」


 私は何を作りたいか聞いたのに、誰が見るかを計算に入れてしまっていた。無意識に繋げていたことを彼女の撮りたいという強い意識が認知させる。謝ることでもない気がして、私はテープに意識を向けた。中に入った気泡を指で押す。


「あいは?」

「わたし?」

「映画監督志望のあいは何が撮りたい?」

「冗談やめてよ」


 私は何が見たいのだろう。自分の将来も思い描けないから、具体的な絵が浮かばない。


「あいは今なにに悩んでるの?」


 悩みから発想を飛ばしてみようと、提案される。私は最近の活動を振り返った。消しゴムが男子の机にころがってしまい、拾った彼がなかなか話をやめてくれなかったこと。二作かりんの背中にふたつの小さなほくろがあり、その隙間に指で圧をかけた。そして、昨日の女性が私に仲良くしようと叫んできたこと。


「母さんと関係が微妙なこと」

「うん」

『君はいまわかったんだから大丈夫だ!』


 耳をつんざくような男性の声がした。映像の音声が極端に大きい。耳を慌てて塞いでも耳鳴りが止まらなかった。地車が来ていることを目指する。


「今のうるさかったですね。2人は終わりましたか?」

「次は何したらいいの」

「あとは何もしないです。映像でも見て帰ります?」


 二作は帰りたそうに体を揺らしている。でも、私はまだ体育館に残っていたかった。


「私ちょっと映像みたいかも」

「えー」

「居てくれない?」

「仕方ないな」


 私たちは3人で映像を眺める。


「修宇さんは二作さんに熱を上げてるんですね」

「えっ?!」

「そう。あいと私はアツアツなんだ」

「静沼さんも同じこと言いそうです」


 驚いたあとで冷静になった。過剰に反応したら別の意味を悟られてしまう。でも、もう遅い。


「いいですね。私も2人のような繋がりを求めてしまいます」

「焦らなくても見つかるんじゃない?」

「見つかっても、相手が望んでなかったりしませんか?」


 地車は映像から目をそらす。顔半分の影が濃ゆくなる。幼い顔立ちをしていた。


「いちずへの電話を忘れないであげて」

「え、うん。ちゃんとかけるよ」

「彼女は寂しがり屋だから攻撃されないようにして」

「どうしてそんなに静沼のことを気にかけるの」


 彼女は答えてくれなかった。代わりに、一つだけ質問してきた。


「二作さん。文化祭はよろしくお願いしますね」

「うん。よろしくね」


 映像が終わる。

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