子供らのつまらないつまらない企み
「あい。何かあったでしょ」
「わかる?」
「いつもなら親のグチ話してるもん」
友達の静沼が焼きそばパンを大口開けて齧る。焼きそばが落ちそうなところを空いている手でキャッチした。教室のそこら中でご飯を平らげる者が多い。
すると、壇上で屯する男子と目が合う。
「おい静沼。焼きそばの匂いが看板に移ったらどうすんだ」
静沼は中指を立てた。挑発された男子の歯ぎしりが遠くからでもわかる。彼らのプライドを刺激した。
「うわ、本職こわ」
「マジで吊るすぞクソ男子」
彼らは萎縮して話しかけるのをやめる。仲間内で悪口を言いつづけ傷を慰めていく。今の彼らは獲物を見るような目をしてくるから腹立たしかった。静沼は男子が挑戦してきやすい。
「あい。男子ってなんで上から絡んでくるんだろうね」
「興味ないから知らない」
「でも、あいはその事を考えてたでしょ?」
「また心読んだ」
「修宇あいと静沼は夫婦だから」
夫婦なら今そこにある危機の相談に乗って欲しい。壇上の男子たちの横。机に体を当てられながらも、飯を食べる二作かりん。
私は今日の朝まで彼女と居た。マッチングアプリで彼女と出会ってしまい、私は気づかない。きっと相手はわかっていて正体を明かした。
「夫婦って冗談面白くない」
「冗談なの?」
「ねえしずか。今日はちょっと用があるから出るね」
私が席を立つ。袖を掴まれた。静沼が触ってきたのは初めてでたじろく。
「え、立ち上がらないで」
「ケリつけるから離して」
うじうじ考えても仕方がない。問題は勢いが全てを解決してくれる。私は彼女を振りほどいて二作の所へゆく。
「ちょっとー! 静沼しずかちゃんのことは大事にしてよ!」
机の前に立つ。彼女は耳から有線イヤホンを外さない。音漏れした曲は昨日の映画で流れたメロディ。彼らの憂鬱と腹立たしさを混ぜた復讐の歌だ。その曲が披露されたのは、ひとつの公演だけだ。
私の存在に気づいて目だけ動かした。その見定めるような目は、昨日のベッド上を思い出させる。頬に力を込めた。
「今聞いてるライブアルバム。ちょっと違うところで聞かせてよ」
「いいよ」
△
「だから私を見ていたの?」
体育館裏のしめった風が目を細めさせる。二作かりんの安物シャンプーの香りが届いた。
髪を右に流すかりん。
「アプリで修宇あいの『あい』を見つけてから気になってた。あなたほど出会いの豊富そうな人はいないと思ってた」
これで合致した。彼女は私のプロフィール画像で把握したわけだ。そして接近し、一緒に過ごした。少しでも話してくれても良さそうなのに。腹の黒い人だ。
「だったら会った時に教えてくれたら」
「会う時に気づいても良くないか?」
「だって雰囲気が違うもん」
「学校が人の全てじゃない。人には人で、裏で物語が動いてるものだよ」
今は静かな少女という空気をまとっている。髪を三つ編みにして黒縁の丸いメガネをしていた。図書館で本を読んでいたら、若手ミュージシャンのミュージックビデオに採用されそうなほどありきたりだ。
でも、フユは違う。攻撃的なファッションが様になっていて、タバコの似合う女。どうしても結びつかない。
「学校では根暗で通している。親に迷惑かけたくないし」
「いいね。親が大事って素直に思えて」
「……」
彼女はイヤホンをひとつ伸ばしてきた。先程の曲が流れているのだろう。コードの長さを配慮して、2人の感覚を近付けた。
「口実なのに聞かせてくれるんだ」
「どうぞ」
歌詞が耳に届く。
『海から見た景色は綺麗で自己嫌悪したよ。これまでの失態を思い出したから。もう明日が怖くなるよ。学校に行きたくない』
肩に彼女の体温が伝わった。そうして、一緒の温かさになればいい。
「これ音が割れてる」
「YouTubeから落としてるやつだからね」
「メルカリから買ってないのー」
私と二作は”透明と犬”のライブの話をしている。彼らの1人がスピリチュアル系にハマり、解散危機があった。その最中で行われていたライブだ。普段は態度に出さないフロントマンが泣きながら歌ったり、演奏が荒いところがあり、それがまた切なかった。透明と犬がテーマにしてる人と人は繋がれないという悲しさを一身に背負った夜が収録されている。
「買う」
「金持ちー」
「本気だよ?」
「買ったら見せて」
「必ず見せるよ」
「そんなに尽くさなくても、昨日のこと言いふらしたりしないよ」
「私がそんなこと気にしてると思ってた?」
「はんぶんね」
わたしは初めて会話をしてる気がした。どこか聞いたような返答や感情を吐き出すだけの言葉。それとは別の緊張感がある。
「あなたは言いふらさないってわかるよ。そんなことしたら、私と居られなくなるから」
「自信満々だね」
「だってあいから話しかけてきたもん」
「ずっと話しかけられるのを待ってた?」
二作かりんは体操座りして、ふたつの膝を肘たてにしている。
「やっと、私の好きな人が気づいてくれたもん。そんなこと気にしてられない」
彼女の目標を本をめくるような遠さで感じていた。傍観者から引きずり下ろされる。また、あの目だ。初めてあった時から。
「いいの? 私で」
「出会ったときから好きだよ」
とびきりの笑顔が見えた。その時、私の心は突き動かされる。
二作かりんが本命になってしまった。
△
帰宅後。私の心はまだ風船のように浮かんでいた。
「おかえりなさいあいちゃん」
母さんは額に呪文の書かれたシールを貼っていた。服装は毛玉のピンク服を着用し、昨日と同じ色合いだ。それが親として格をひとつあげるため。
「修宇の娘さん。お邪魔してます」
リビングに年老いた女性が座っていた。そこから、私に対して挨拶してくる。
「母さん。ちょっと部屋で休むからご飯できたら教えてね」
あの女性に聞こえるように大きく張った。私は後ろからの視線を知らない素振りで部屋に戻る。
その後、年老いた女性が帰るまで話が続いていた。正しい親になるためには自然の食材を使わないといけない。気の流れが悪いから額に気ためで逃しては危険だ。全ては親が犯罪を犯さず健やかに成長し、親を尊重するために。
「くだらない」
私は耳にイヤホンを入れて、好きな曲を再生する。曲と私の自我と、あとはまぶた裏の黒い空間。たったそれだけの世界が私には癒しだった。そして、音楽を待たす気になる儀式だ。透明と犬が私の黒い世界で鳴っていく。
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