明日がリアル

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

修宇あいの場合

あの夜は私たちが主人公だった。

 映画館の待ち合わせはありきたりだ。でも、今から見る映画の主題歌が”透明と犬”の新曲だから引き受けた。彼女もこのバンドを聞いて孤独な夜を癒しているらしい。自分の慰め方が私と似ているから、会ってみたいと思った。上手くいったらセックスしたい。


「もしかして、あいさん?」


 声がした方向に、女性がいた。全身が黒に統一されていて、歌手のような出で立ち。例えるなら、矢沢あいのナナみたいな女性だ。その姿に痛々しさや古めかしい空気を一切感じさせない。


「フユさん?」

「当たり。やっと逢えたね」


 私の想像通りに低い声だった。これなら男性が歌っている曲をこなせるだろう。思い通りで好みのタイプが前にいる。オフで会うのを初めてから、ここまで緊張したことない。


「あい、チケット代わたすよ」

「大丈夫です。代わりにポップコーンを奢ってください」

「いいよ。今のうちに並ぼうか」

 

 私たちは映画館の入口から進み、ショップの列に並んだ。コロナ禍の制限が緩んだせいか、映画館に人がおしよせている。購入する頃にはスクリーンが解放されているだろう。


「恋愛映画じゃなくてよかったね」

「え?」

「前に教えてくれてたよ」


 そういえば、1週間前に私が書いた。恋愛映画はあまり見ないということ。それを覚えていてくれたみたいだ。


「うん。今回みたいな映画が好き」


 私でさえ忘れていた。いま、わたしの中でチャット電話上のフユとリアルのフユが同一視できた。それは信頼されていることなのだろうと、私は胸のなかに熱が込み上げる。


「原作は読んだの?」

「面白かった。ネタバレになるかもしれないから詳細は語れないけど、あの一文がどう映像化してるのか気になる」

「監督は原作の空気を壊さない人だからよかったね」

「そして音楽と映像のテンポあわせるところアガる!」


 ポップコーン売り場の横に映像が設置されていて、映画の予告がループ再生されている。その中に、私たちが見る作品も写った。血に滴るナイフと、奇抜なマーク。不安をかりたてる不協和音。


「まあ、カルト信者が大量殺人する映画だから、暗いトーンだろうけどね」

「カルト宗教って皆なんでハマるのか分からないや」

「人は弱みにつけ込まれると冷静な判断が下せなくなるものだから仕方ない。あいだってハマるかもしれないよ」


 フユの目は、過去を想起させているような暗がりがあった。何かあったのだろうけど踏み込めない。


「私は耐性があるから大丈夫。フユは、今日みたいな映画は苦手?」

「サスペンス好きだよ。欲張るなら血飛沫が出て欲しい!」

「血って」

「エイリアンがテキサス州を侵略するから、ベトナム戦争帰りの兵士が撃墜。そういう内容ならテンション上がる。チェーンソーを括りつけたトラックで突撃とかしたらサイコー!」


 彼女の興奮した早口で思い出す。LINEのアイコンがグロテスクなゾンビだった。顔面の解けた男性が黄ばんだ目で睨む。オタクトークに耳を傾けると列の最前に到着する。


「だからアイコンがゾンビ」

「私のお気に入り。私が何に関心持ってるのか忘れない為に」

「好きなら忘れないんじゃないの?」

「好きでも忘れちゃうことはある」


 やがて私たちは列の最前にきた。私はジュースで、フユはお酒を購入する。スクリーンに向かった。席は空いていたし、中へ入りやすい。若手俳優を起用しているからか、お客さんのいりが良かった。


「フユは映画館で手を握りたい?」

「あいが嫌ならしない」


 私は手をポップコーンとドリンクを乗せたホルダーに当てないよう動かす。そして、伸びてきたフユの枝のような指を掴む。確かに暖かく、生きていた。


「さわっても平気?」

「フユなら平気。ほかは触るのいや」

「あいが来てくれてよかった」


 手を握り返される。周りの目は手と顔を交差し、滑っていく。観客は奇怪なものをみるようにして、それを表に出さないように取り繕っていた。彼らに気を取られるより、確かな温みを忘れないよう記憶したかった。


「ずっと会いたかった」

「私もあいにずっと会いたくて仕方なかった。想像よりも可愛いね。金髪も似合ってるし、クラスでモテるよね」

「好きでもないやつにもてても嬉しくない」

「クラスは誰も私の心を知らないし、触らせたくない。どうせ、見くびられるだけだから」

「それは私にもわかるな」

「それに、強気な性格のせいで圧があると思われてるみたいだから」


 上映が始まる。周りが暗くなり、新しい生活様式の文字が映り出された。私と世界の繋がりが極端に排除され、スクリーン上の人間模様とフユの手しかない。



 上映が終わり、私たちはご飯を食べた。近くの居酒屋で卵焼きをつつく。フユはコークハイを飲んでいた。感想会をしつつ、外に出る。酒で頬が火照った。


「面白かったね」


 フユは目を輝かせて言った。おそらく、終盤の血飛沫をさしている。カルト信者の息子を止めるために、母親が刃物を首に当てるシーン。その母親は自分を愛していると過信していて、自殺を示唆する。しかし、息子の第一は教祖へと変わっていたため、その刃物を奥まで押し込む。噴水のような血がフローリングに放水され、息子の白い靴下が滲んでいた。あの過剰な演出がフユの好きな味なのだ。


「うん。血のところ以外も楽しめた」


 世界を良くしようと願っていた主人公は、世界の善良な人々を無差別に刺し殺してしまう。その思想は徐々に歪んでいき、教祖も逮捕される。彼の世界の終わり方は切なかった。


「物語はハッピーエンドじゃなくてもよいね」

「なるべくしてなったからね」


 私たちは飲食のある通りを歩く。帰宅するために最寄りまで歩いた。もっと話せるように緩やかに進む。


「ねえ、フユって本名?」

「今度会った時に教えてあげる」

「えーずるいな」


 近くのホテルを脳内で検索した。付近のホテルまで場繋ぎの話題を考えていたら、ふと目に入る。

 白いTシャツを着て、黒いカバンをみな持っていた。女性の数が多く、先頭は老人が仕切っている。


「どうしたの? あい」

「う、ううん」


 目線の先をおわれる。


「ああ。『カソ』か」

「知ってるの?」

「だって、あんなにタイムラインで騒がれているからね」

「……」

「あ、バイクあった」


 彼女は道路横に置かれたバイクに駆け寄る。ポケットから鍵を取りだし、エンジンをつけた。


「お酒飲んでたよね?」


 私は飲酒運転を窘める。すると、フユは半笑いをみせる。


「あいちゃんは飲んでないよ」

「うそ……」


 その細い腕が私を掴む。情に弱い私だから抵抗することなんて出来なかった。この特別な夜を彼女と共にした。2人の別れ方が気になって、バイク前まで歩かされる。


「免許もってないよ」

「思いっきり吹かさなければいいよ」

「が、学校にバレたらどうしよう」

「誰も私たちを捕まえることなんて出来ないよ」


 ハンドルを握り、後ろに彼女。ヘルメットを被り、視界に色が着く。夜の寒さと緊張が汗を流した。でも、同時にワクワクした。

 私は緩やかにスピードを出した。バイクは私たち二人を連れていく。遅い速度でも、事故が起きないように祈っていた。素通りする人々のなかに、クラスメイトがいて欲しい。かわいい私を見つけてほしい。

 赤信号で泊まる。隣に暗がりの公園がひとつある。その先にホテルが見えた。


「公園の先にあるホテルでバイク置くよ」

「うん」


 ラブホテルでセックスした。彼女の全てを支配したくてキスをした。彼女も求めていたようで潰れるほど抱いてくれる。彼女は舌遣いが上手いから、室内で雰囲気を作った洋楽が聞こえなくなるほど、絶頂へ導かれた。こんなに私の体が情熱的なんて知らなかった。客観視なんて許されないほど、私の身体は喜んだ。彼女も恍惚とした表情で乳首を刺激していた。


「二作かりんって転校生がちらちら見てくるの」


 2回果てて、2人は乱れた髪をそのままにした。息が上がり、2人の体は汗をかいたまま密着して、まるでひとつのからだになったようだ。


「何かされた?」

「見つめてくる。何?って問いつめてもはぐらかしてくるし。文句があるなら直接話してほしい」


 今までの相手はセックスしたあと、私のプライバシーの深くに入り込もうとした。それが不快で、距離をとったりした。でも、フユだけは特別だ。


「明日もう一度つよく聞いてみたら。月曜だし」

「学校行きたくないー」

「行きたくないー」


 2人でシャワーを浴びた。フユさんはこのままホテルに泊まっていくらしい。私もそうすることに決めた。そのまま就寝する。



 目を覚ますと、高校生が目に入った。私の通う高校と同じ青色を基調とした制服。整った髪型に黒いメガネ、

上から革ジャンを羽織っている。


「おはよう。修宇あい」


 私は飛び起きた。そこにいたのは、紛れもなく二作かりんだ。


「な、なんで貴方がここに?!」


 フユはどこに消えたのだろう。いや、その前にかりんの革ジャンに見覚えがある。これは昨日の夜にフユが着ていたものだ。


「フユは本名じゃないよ」


 二作かりんは言った。

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