第23話 殺意

 平均より低い身長、運動も得意ではなく、明るい性格でもない。

 友達もおらず、いじめに遭いやすくて目立たないように過ごすしかできない僕。


 対して彼は背の高いイケメンで性格も明るく、サッカー部のエースで成績も学年トップクラスの生徒会役員だ。


 けれどそんな僕たちの属性なんてこの世界では何の意味も持たない。

 異世界人は存在しているだけで重罪人だ。


 壊してやるつもりで柵を掴む。

 だが手のひらに小さな痛みを感じて僕は手を離した。


 僕の魔法術の原動力は僕自身の体力や気力だとガルム部長は言っていた。

 要は生命力のようなものということだろう。

 彼を確実に殺すためにも、乱発はやめたほうが良いに違いない。

 少しだけ僕は頭を冷やす。


「……その人は、恩人だよ」

「ずいぶん必死に見えたけど?

 お前、こういう女子がタイプなの?」


 わかりやすい煽り方だった。

 今の彼が本性だとしても、少なくともあまり考えてしゃべってはいなさそうだ。


 煽る奴の言葉には相手をのせることで蓋をしたい弱さがある。

 他人の感情を刺激しようとして出される言葉は自己紹介みたいなものだ。

 彼女が僕にとって大事かどうか知りたいのは、彼女の人質としての有用性をみているだけではないと推察する。


「……僕が女子に相手されるような人間じゃないのは、君も知ってるだろ。

 その人は生きてるの?」

「死んでたらとっくに塵になってるよ。

 生かしておかなきゃ電池代わりにならないだろ」

「電池?」

「え、お前は違うの?」

「何が?」

「魔法術だよ。

 乱発すると周りの人間が死ぬだろ?」

「……そうなの?」

「なんだよ、お前しばらくこっちにいて、そんなことも知らずに使ってたのかよ。

 ――ほら」


 座ったまま彼は背後を振り返り、壊れた背もたれにガラス板をかざす。

 一人がけの椅子は草木が急速に育つように広がり、さっきより大きく上質そうな玉座になった。


 彼を取り巻き控えていた女性たちの後ろで誰かが倒れる。

 小学生くらいの男の子が床に転がっていた。

 その指先から塵になり、数秒ほどで消えていった。


「あ、やっちゃった、もったいない。

 ガラス板はこっちで殺したやつからパクったんだけどさ、書かれてる魔法陣? の範囲のことしかできないし、使いまくるとすぐ周りの人間が塵になったり城がちょっと崩れたりするんだよ。

 魔法ってのは異世界チートの定番なのにさぁ、不便だよな」


 指先で白い画面を弾いて彼は文句をたれる。


 表情を変えないよう気をつけながら、僕は玉座の後ろに目を凝らした。

 暗がりの中にたくさんの人が倒れている。

 体があるということは死んではいないのだろう。

 どこから男の子が出てきたのかわからなかったが、あの中から起こされたのか。


 彼が人間を「電池」と表現するということは――


「この世界の魔法って人間や物の命みたいなものを使ってるっぽいけど、面倒くさいだろ?

 消えちゃったら代わりを持ってこないと使えないし、使い切らないように加減して、また回復して使えるまで待たなきゃいけないしさ。

 航、もっと便利な方法知らない?」


 異世界人は自分の力でしか魔法術を使えないのだと思いこんでいた。

 魔王『ハルト』が他人を操り、反撃すれば消す、なんて魔法を使う時点でおかしいと気づいてガルム部長に確認しておくべきだった。


 こういう僕の詰めの甘さが誰かを困らせる。

 他の人は皆できるだろうことに思い至れない。

 だから他人と関わらない方が僕のためであり誰かのためでもある。


 いつもならそうして諦めてしまえた。

 でも今は、そんなことどうでもいい。

 彼女の命を使われる前に僕は彼を殺す。


「……残念だけど、僕は魔法にも魔法術にも詳しくないんだ。

 この世界で底辺である異世界人には、魔法に関する情報なんてほとんど入ってこない。

 僕は君を倒すために軽く教わっただけの、『人間の盾』みたいなものだから」

「お前ほんと、どこでも最下層なんだな」

「……まあ、そうだね」


 ここでは君もだよ、とは返さない。

 少し目線を下げた僕を諦めたと勘違いしたのか、彼は機嫌よく笑った。

 できるだけ普通の声になるよう気をつけて尋ねる。


「その人、目は覚めるの?」

「なんだよ、やっぱり気になるの?

 ……顔も中身も興味なかったけど、よく見たら可愛い顔してるな」


 彼女の体を抱え直し、彼は土気色の顔を覗き込む。


 今すぐその首を吹き飛ばしてやりたい。

 怒りが殺意に変わると、こうも抑制が難しくなるものなのか。


 とりあえず確実に生きてはいるのだ。

 次の手を考えろ。


 彼女を一瞥して、僕は自分をなだめる。

 

「……僕の任務はその人も含めた街の人の救出の盾になることだ。

 まだ合流してない部隊があればここにくるし、誰も街に戻ってこなければまた討伐隊が結成される」

「まじかよ、面倒くさいな」

「だったらひとまず逃げて、ほとぼりが冷めるのを待って、適当に過ごすのはどう?

 異世界人でも人の中に紛れて大人しくしてれば、普通の人にはわからなくなるよ」


 もちろん逃がすつもりなんてない。

 彼女を引き剥がして、それから絶対ぶっ殺す。


 交渉なんて苦手だけど僕は頑張った。

 そしてやっぱり失敗した。


「待ってたら電池が自分で歩いてくるんだろ?

 だったら多少面倒でも俺はここに居座るよ。

 基本戦うの俺じゃないし」


 確かにそのとおりだ。

 部隊はほぼ男性で編成され、魔法師もいる。

 待つほうが楽だし得だろう。


「それもそうか……」

「航さ、なんでこの世界のルールに従おうとしてんの?

 こっちに来ただけで冤罪ふっかけられるとか意味分かんないじゃん。

 お前賢いところもあるんだし、俺と世界征服しながらもっと便利に魔法術使う方法探さない?

 そんでもっと世界征服しない?」


 野球にでも誘うかのようなノリで世界征服に誘われるとは思わなかった。

 それに「もっと世界征服する」ってなんだ。

 元の世界でも彼は時々変わった言い回しをしていたと思い出す。


 もちろん僕は世界征服なんて興味ない。


「僕みたいな陰キャがそんなこと、できるわけないだろ」

「俺もついてるじゃん」


 自信満々に爽やかな笑みを浮かべた彼の白い歯が輝く。

 詐欺師ほど見た目がいいものだ。


「それって僕がついていく……いや、連れていかれるんだよね?」


 乗り出していた体を背もたれにあずけて彼はため息をついた。


「なんだよつまんねぇな……。

 じゃあお前も電池か消すかしなきゃじゃん。

 あ、でもその前にさ――『メイラ』」


 乾いた音が室内に響く。

 魔王は金色に光るガラス板を持った片手でメイラの後頭部を掴み、彼女の頬を強く叩いた。

 彼女が瞼を開いて焦点の合わない視線をゆらめかせる。 


 僕は檻の柵を握りしめて目を見開く。


「お、できた。

 名前があれば人格戻せるっぽいな。

 次からは名前聞いてから集めるか」


 魔王の膝の上で目覚めたメイラは掠れた声を振り絞るように絶叫した。


 お前に次なんてあるわけないだろ。


 思わずあの、呪詛のような音の言葉を呟いていた。

 黒い檻が崩れ落ちて足元に散らばる。


 駆け出しながら僕は右手を魔王に向けた。



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