第26話 話す

 一度焼き殺した相手と再会するは不思議な感覚だった。

 もちろんあの世界のことなんて、生死を彷徨っていた僕が見た、ただの鮮明な夢である可能性が高い。

 だとしたら僕は思っていた以上に宇上君が大嫌いだったのかもしれない。


「わた……天橋」


 昼休み、校庭の隅にある木陰のベンチで弁当を食べていた僕に宇上君は緊張した様子で声をかけてきた。


 僕はもう、あの空き教室のような場所を探さなくなった。昼食はなるべく教室以外の場所で食べているが、短い休み時間くらいなら教室で読書している。

 会話が増えた祖父母の家にも、あまり寄り道せず帰るようになった。


 今はその日の気分で居場所を変える僕をよく見つけたものだ。

 僕は箸を止め、読書をしていたスマートフォンから顔を上げた。


「……何か用?」


 宇上君が怯む。

 彼の昼食だろうコンビニの袋を持っていることはあえて無視した。

 それでも彼は諦めなかった。


「隣、いい?」


 そもそも僕だけのベンチではない。

 ベンチの端に座る僕の隣は鞄を置いてもまだスペースが余っている。


「好きにしなよ」

「……ありがと」


 広げた弁当を途中で片付けるのも面倒だった。

 ベンチの反対側に腰掛けた宇上君は三ツ矢サイダーを取り出して飲み始める。フライドチキンの匂いもしていた。


 宇上君は僕の少し後、中間試験の返却が終わった頃に復学した。

 彼は朝の通勤列車の大事故に巻き込まれた。右手足を骨折し、一時的に意識がなく右目もケガをしていたらしい。

 復学からしばらくは杖をつき、眼帯をつけていた。今はどちらも必要ないようだ。


 十数人が死傷した列車事故から生還した彼はクラスで英雄扱いされていたが、彼はあまり話したくないような素振りで徐々に一人でいることが増えた様子だった。


 復学しても彼の周りから人が減っても、彼から話しかけられることはなかった。もちろん僕から話しかけることもない。


 隣で宇上君がサイダーを開けて飲み始める。

 僕は祖母のつくった甘い卵焼きを口に入れ、読書を再開する。

 だがペットボトルの半分ほどを飲み干した彼に声をかけられて、また中断した。


「天橋、ごめん」


 腹をくくったような緊張したような声だった。読書を中断させたことへの謝罪ではないだろう。


 あちらの世界でのことを除けば、突然消えたことだろうか。

 だとしたら全く気にしなくていい。壊れて買い直した僕のスマートフォンに、LINEの友達リストに、もう宇上君はいない。


「……何が?」

「意識がない間、おま……天橋もあっちの世界にいた?

 中世ヨーロッパみたいな世界だけど、異世界から来た奴はみんなそれだけで罪人扱いされる世界なんだけど……。

 もしもあれが本当に天橋だったら、謝りたくて話しかけた」


 彼の言葉にどう返すか考える。

 ただの夢だとすら思えるあの世界での悪事なんて、彼が言っていたとおり、こっちの世界で誰に咎められるものでもない。一体何が彼の目的なのか。


「……誰かにバラされたくないってことなら心配しなくていいよ。

 あの世界がどこかにある証拠もないし、話したって誰も信じないだろうし。

 誰かに話すつもりもないから安心しなよ」


 宇上君に握られてサイダーのペットボトルが少しだけ音をたてる。


「そうだけど、そうじゃなくて……俺は天橋に謝りたいんだよ」


 謝られたところであれは妄想のような非現実の話だ。

 許すも許さないもない。


「……たまたま同じ夢を見ただけだよ。

 こっちの世界で君が僕に何かをしたわけじゃない」

「そうかもしれないけど……じゃあ天橋、俺と友達になってくれる?」


 僕は咀嚼していた煮物を途中で飲み込む。

 むせそうになりながら宇上君を見た。

 焦点の合う両目が僕を、どこか迷子のような表情で見てくる。


「……は? なんで?」

「天橋と話すの、好きだから」

「いや普通に気持ち悪いよ」


 思わず言ってしまった。

 地面を見つめて気落ちした様子の宇上君に少しだけ申し訳なさを感じる。でもそういう言葉は女子に言うものじゃないのだろうか。

 こっちの世界で、あっちの世界で、彼と話したことを思い出そうとする。だが人気者の彼がクラスメイトと笑い合っているような楽しい話を彼と僕でした記憶はない。


「……さすがにひどくない?

 俺が言えたことじゃないけど……。

 天橋、俺の機嫌とろうとか一切しないし俺に変な期待もしないだろ?

 本当は賢くて頭いいくせにマウントもしない。

 俺、殺されながら天橋ともっと話したかったって思ったんだ」

「……目立ちたくない僕が人気者の宇上君といて、いいことなんて何もないだろ。

 マウントできるほど僕に取り柄もなかったし、君と話すような話題なんて、教室にすらほとんどいない僕にあると思う?」

「今みたいに異世界の話とかも、できるじゃん」


 少し明るくなった宇上君の声に僕は苛立った。

 夢や妄想でのことに怒りをむけるのは筋違いだと思っていた部分が少しだけささくれたのだ。


 たとえ夢や妄想かもしれなくても、今の現実に何の影響もないとしても、あれを彼の意思でされたのなら僕は彼を許せないらしかった。



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