第21話 玉座の間

 白く靄がかった石造りの城内を十人程度の部隊にわかれて僕たちは進んだ。

 ロールプレイングゲームみたいな城内マップはない。

 魔法を使っても妨害されているそうで、最短ルートはわからなかった。


 『ハルト』がさらった人の中に魔法師がいたのか、『ハルト』自身が魔法を使っているのか。

 後者だと厄介だ。

 しかしその確率のほうが高いように思われた。


 上階へと進む途中の階段で前方にいた部隊が交戦していた。

 相手は虚ろな目をしたパジャマ姿の人たちと土人形だ。

 さらわれてきたときの姿のままなのだろう。

 一応は斧のようなものを持っていたが武装した僕たちに挑む格好ではない。


 部隊はできるだけ傷つけずに武器を奪おうとした。

 しかし仕方なく発砲した瞬間、撃たれたのは銃を持っていた隊員だった。

 その他の隊員も、反撃すると何もない場所から同じ攻撃が返ってきていた。

 魔法師の魔法による攻撃でも同じだった。


 魔法師を見た目で判断することはできないが、魔法は無意識に使えるものではない。

 意識がなさそうな人々にはできないだろう。


 ついでに撃たれた隊員は異世界人ではなかったはずなのに、異世界人と同じく死んだ瞬間から灰になった。


 反撃すれば塵になる。

 これには皆が恐怖した。

 特にこの世界の人は戦意を失う人もいた。


 異世界人の死は消失に近い。

 この世界の人々は元の世界と同じく、本来は死ぬと肉体が残る。

 だが僕たちは死の瞬間から灰になり塵になっていく。


 門扉の柵で布だけになった彼を思い出す。

 まるで異世界人には弔う価値もないとでもいうようだった。


 それと同じ死を迎えるというのは、魔法師や役人たちにとっては心が折れても仕方のないことだろう。


 魔王がいる玉座の間にたどり着けた隊員は、出発したときの二割ほどだった。



 あからさまに大きな扉を開いて入った部屋に彼はいた。

 城内や外と違って視界を遮るものはない。

 ただ薄暗く、いくつかのほのかな照明だけが灯っている。

 部屋の真ん中、赤黒い絨毯がまっすぐに奥へと向かっていた。

 天窓から差し込む月光が淡い円を描く、そのさらに向こう側に玉座がある。


 手にしたスマートフォンのようなものから顔を上げて、彼は僕を見る。


「待ちくたびれたよ、航」


 人違いです話しかけないでください。

 と言いかけた僕の口を困惑しているのだろう隊員たちの視線が塞ぐ。

 そんな目で見られても……僕も困惑していた。


 僕におしゃれのセンスはない。

 けれど、この世界の人から見てもおかしいのだろう。

 チャラいとダサいと中二病は紙一重ではないだろうか。


 他の隊員が絶句している理由がわからなくなる。

 それくらい魔王『ハルト』はなんというか――黒歴史をまとっていた。


 右目の黒い眼帯とか。

 どこで買えるのかわからない、魔法陣や呪文のようなものが描かれた服とか。

 体のあちこちで輝く鎖だとか。


 元の世界での彼は制服をほどよく着崩す、オシャレ上級者の男子高校生だったはずだ。


 いろんな意味で知り合いだと思われたくないが、仕方がない。


「……やっぱり君か」


 周囲から突き刺さる視線が怒りと疑いを含んで一歩引き下がる。

 僕はため息をついて魔王『ハルト』である宇上君と正面で対峙した。


「航、俺のこと、待っててくれたんだ?」


 嬉しそうに笑う爽やかな笑みが不快だ。

 元の世界にいたときとは違う不快感が僕の腹を静かに焼く。


 それは正義の怒りでもなんでもない。

 玉座を囲む数人の女性の中にメイラがいたからだ。

 目は開いているが焦点は合っておらず、覇気もない。


 重い熱が腹から胸へ、頭へと上っていく。


「……君がここで何をしたいのか知らないけど、とりあえず街の人は返して。

 できれば僕たちに捕まるか、もう二度とこの世界にこないでほしい」


 ぶはっと彼は吹き出した。

 爽やかだった笑みは意地の悪そうな悪辣なものになる。

 それがまた中二病じみていて僕は苛つきながらもどこかが凍えた。


「嫌に決まってんだろクソが」

「……そう言うと思ったよ」


 予想よりだいぶ言葉は汚かったけれど、これが本来の宇上君なのかもしれない。

 まあ、相手が誰でも構わない。


 僕は誰のためでもなくメイラのためにここに来た。

 彼女を救えないまま塵になってたまるものか。


 魔法師の所作を真似て僕は右手を彼に向け、ガルム部長に教わった言葉を呟く。

 手首が一瞬光り、数本の赤い光の矢が放たれて玉座の背もたれを吹き飛ばす。

 矢のうちの一本が魔王ハルトの眼帯の紐を焼き切った。


 左目で僕を見て、右目で彼は室内をぐるりと見渡す。

 眼球の異様な動きが不気味だ。


「へえ、お前、逃げ回るしかないヘタレだったくせに他人を攻撃できるんだ?」


 今度は彼がこちらに手を向ける。

 スマートフォンのようだと思った物の真っ白な画面が光る。


 対異世界人用の攻撃魔法しか使えない僕に防御はできない。

 目を灼く強い光を腕で遮り顔を背ける。

 後ろで小さく悲鳴があがり、魔法師が防御魔法を使うが間に合わなかった。


 僕が出したものと同じ無数の光が現れ、僕以外の隊員を貫いて吹き飛ばす。

 攻撃が止んで確認してみれば、かすかに息をしている人もいた。

 だが死ぬのは時間の問題だった。


「ついでに魔法も使えんの?

 それ俺にも教えてよ……いや、やっぱちょうだい。

 魔法術だっけ?

 勉強してみたけど俺、これがないと使えなくて地味に不便なんだ」


 ご機嫌な様子で彼は手の中の真っ白な画面を指先で叩く。

 白い画面はよく見ると魔法術の術式が何層にも重なってできていた。

 薄いガラスに術式を描き、それを重ねてできた道具なのだろう。


 彼は気づいていないみたいだが、僕の腕輪と同じようなものだ。


「……帰れよ」


 低く這う自分の声に僕は驚く。

 次は威嚇ではなく、殺すことを視野にいれている自分に動揺する。


「嫌だってば。

 てかなんで航は何日もこっちにいられるんだよ?」

「……なんでって」


 元の世界で僕が死んだから、だろう。

 彼は知らされていないのだろうか。

 もしかしたら急に転校したことにでもされているのかもしれない。

 体面を気にする祖父ならありうる。


 だが彼の話は全て、僕の予想外のことだった。


「前に来たときは俺、七日しかこの世界にいられなかったんだよ。

 向こうに戻ったら二日経ってて、まだ試験期間中だった。

 お前は事故って意識不明で入院してて話聞けない状態らしいのに、なんでこっちで長期滞在して魔法使ってんの?」


 意識不明で入院。

 あの高さから落ちて僕の体はまだ、しぶとく生きているのか。

 じゃあいつか、僕はこの世界から消えて、戻されるのか。


 ……嫌だ。あんな場所に、戻りたくない。


「なあ、なんで?

 てかお前さー……もしかして俺をこっちで探すために自殺でもしたの?」


 粘ついた声と笑みで言いながら彼は「お前俺のこと大好きじゃん」と爆笑する。


 大好きなわけがない。

 僕が飛び降りたのは元の世界が嫌になった、それだけだ。


 ――そのはずなのに肺の奥が濁るように気分が悪くなる。

 爪が食い込みそうなほど手を握りしめて僕はその感情をやり過ごそうとした。 



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