第17話 魔王
三十人ほどで出発した調査隊は夕方前、四人だけになって戻ってきた。
一人は意識がなく、一人は足の骨が折れているなどの重傷で、話せる状態の二人もあちこちを怪我していた。
ガルム部長が彼らから聞いた話によると、目星をつけて向かった郊外には地図にない古城ができていたそうだ。
その周囲には誘拐されたらしい人々が徘徊していた。
話しかけてもしばらく反応がなく、ひとまず隊員たちは彼らを連れ帰ろうとした。
そのとき、古城の上階から若い男が地上を見下ろして声をかけてきた。
『ハルト』と名乗った男は何かを呟き、地上に向けて手をかざす。
すると突然、徘徊していた人々が一斉に隊員たちを襲った。
隊員たちは攻撃を避けようとしたり人々を傷つけない程度に反撃したりした。
だが反撃した隊員たちはみるみるうちに灰になり、地面に吸収され、人の倍の背丈ほどの土人形になったという。
そして他の隊員を襲い、どんどん新しい土人形が作られて暴れた。
その光景はこの世界で使われる魔法と非常によく似ていたそうだ。
魔法を使える人たちは他人を灰にして兵士を作ったりはしないが、自然物から従順な人形をつくることはできる。
「ほうっておけば『魔王』になるだろうな……。
消えても消えなくても厄介だ」
かつての隣国の村を焼いた異世界人は『魔王』と呼ばれた。
元の世界の歴史によく似たこの世界には、異世界人が来るまで討伐されるほどの『魔王』はいなかった。
魔法が使える者がいても、その力が強くても、厳しく律してきた歴史がある。
元の世界とこの世界では人間の性質そのものが少し違うらしい。
異世界人という災厄がなければ、長い歴史の中で戦争そのものがほとんど起こっていないのだ。
『ハルト』は凶悪犯罪者から『魔王』にレベルアップした。
魔王ハルト。
彼は宇上君なのだろうか。
わざわざ戻ってきたのだとしたら何が目的なのか。
『魔王』と呼ばれた異世界人は捕らえられれば幽閉される。
昔は次の異世界人が来るまで気が狂っても拷問していた。
文明や研究の発達とともに、異世界人の性質によっては管理して「使う」ようになったのだ。
蠱毒のように異世界人だけを集めて殺し合わせてもいいが、従順であれば次の異世界人の襲来に向けて保存管理しておく。
無用の用は有用の用、というやつだ。
僕と同じように異世界人庁に管理されている異世界人が『ハルト』を倒せばいい。
それがこの世界の平和をつくることになる。
日暮れ時から始まった作戦会議の席で、ガルム部長は僕が閲覧を許可されていない書籍にかかれていそうなことも含めて説明してくれた。
夜間の出発に備えて昼間に眠ったせいか少し頭がぼんやりする。
メモを取り、なんとか集中して聞いた。
会議には他の異世界人たちも数人出席していた。
宇上君を除けば、初めて見る僕以外の異世界人だ。
ただし僕も含めた異世界人は全員、お互いの姿を見ないよう目元以外を隠した真っ黒なローブを着せられている。
会話も禁止されている彼らは僕と違ってもう何度も同じ話を聞いているような、無関心にも見える様子だった。
もしくは、飽きていただけなのかもしれない。
作戦の目的は街の人を救出し、『ハルト』を倒すことだ。
会議の数時間後、庁舎内にある大広間のような場所に部隊は集められた。
銃などの武器を装備した救援隊であるこの世界の役人たちが数十人。
魔法師と呼ばれる二十人ほどの人たちは紋様や装飾のついたローブをそれぞれ着ている。
こちらはほとんどが何ももっていない人たちだ。
彼らの最後尾、十人程の黒い集団の中に僕はいた。
僕らは本当に身一つで盾として使われるだけだろう。
と思ったが、そうでもなかった。
もっさりしたローブには衝撃を吸収・緩和したり魔法攻撃をある程度無効化したりする機能がある。
糸にしか見えないものの、痛みを軽減する指輪や筋力・運動能力を増強するペンダントなど魔法術でつくられた道具も支給された。
ある意味とても残酷かもしれない。
それでもあの青い炎に左手を焼かれた痛みを思えば、ないよりはいい。
左手首に薄く浮かぶ文字を見る。
僕は多分生き残らない。
でもせめてもう一度だけ、メイラに会いたい。
自己満足かもしれないけれど、少なくとももう一度謝罪と感謝を伝えたい。
「アマハシ、ちょっとこい」
異世界人庁の偉い人の話が終わったあと、近づいてきたガルム部長が僕に耳打ちした。
あとはこのまま出発するだけというタイミングだ。
何か僕に、今すぐ呼び出さねばならないほどのミスがあったのだろうか。
装備の点検や作戦の確認は何度もした。
途中だった仕事も区切りはついている。
思い当たることがないまま、僕はガルム部長に大広間の外へと連れ出された。
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