第11話 異世界人庁

 翌朝僕を迎えに来た役人によると、異世界人庁とはこの世界の有史以来、異世界人に関する全ての管理を引き受ける省庁だという。


 異世界人の捕縛や刑罰を含めた法律や処遇全てを決定している機関への呼び出しなんて死刑宣告だとしか思えなかった。

 僕は死ねないらしいけれども。


 役人の馬車で小一時間ほど移動した隣街の異世界人庁の庁舎は大きかった。

 天井が高く、大勢の人が足早に行き来している。

 元の世界の首都にあるハブ駅に似た外見といい、少しだけ懐かしくなった。


 手足を縛られたりはせず、いつもの仕事服姿の僕は応接室に通された。

 凶悪犯扱いされていたときとは少し違う状況に死刑宣告ではないのかもしれないと期待する。

 しかし真っ黒い軍服のような服を着て銃器を携帯している数人の役人たちが室内にいるのを見て、僕はうつむいた。良い話ではないのだろう。


 応接セットのふかふかのソファに促され、二人がけの席の端に座って僕は足先だけを見つめる。

 そうしているうちにいかつい相貌の壮年の男が入ってきた。

 明らかに偉くて怖そうな人だ。

 テーブルを挟んで僕の向かいに座り、彼は僕を睨めつける。


「異世界人庁特殊管理部部長、ガルム・リューズだ」

「アマハシ、ワタルです……」


 低い声で名乗る部長に蚊の鳴くような声で僕は返す。

 特殊管理部、なんて未来を黒く塗りつぶす響きでしかない。


「……君は自分が異世界人であるとわきまえているか?」


 どう答えればいいのかわからなかった。

 自分が世界に相応しい人間だなんて思えたことはなく、けれど相応しくないならとっくに死んでいるはずだとも思う。

 しかしこの世界は異世界人を否定しながら死ぬことすら許さない。

 ならば少しでもマシに生きるしかない。


 そう思ったのに、追い詰められると言葉が先に出る悪癖は死んでも治らないらしい。


「この上なく異世界人だと思います……」


 はいと答えるのが正解だった気がしたのは言ったあとだった。

 室内の役人たちが鼻で笑う。

 僕を蔑み嘲笑する視線が痛い。


 ガルム部長は小さく吹き出したがほとんど表情を崩していなかった。


「確かに。この上なく珍しい異世界人だな。

 これだけ虐げられて、この世界の人間に復讐したいと思わないのか?」


 普通の人なら見返してやる、とか、ぶっ殺してやる、くらい思うのかもしれない。

 だが僕は元々、誰かに復讐するほどやる気に満ちた人間ではなかった。

 やり返しても負け続け、悪事に走れるほどの勇気もない。

 そういう人間は小さな自分の世界の中にいるほうが安全で効率的だ。


 世界を滅ぼしてやろうなんて思わない。

 それにこの世界にはメイラがいる。

 異世界に来てすら、エキストラどころかお遊戯会の木にすらなれない僕が傷つけていい世界ではない。


「別に……痛くなければいいです。

 あとは、できれば静かに読書ができて――恩人に手紙を書ければ」


 無気力な僕の返答を彼は今度こそ声を出して笑った。

 だが彼はしばらく僕を凝視して、部下らしき役人に目配せした。

 何も書いてない紙がテーブルに置かれ、次々と文字が浮かび上がる。

 この世界で初めて見る技術に驚いた。


「君が異世界の知識を使って人々をかどわかしていると情報が入った。

 そのために無用の争いが起きている可能性もあるとも。

 異世界人は皆高慢で無知で暴力的で、突然この世界にやってきては犯罪や事件を起こす者ばかりだ……少し賢い者も結局は反乱や戦争を起こして秩序を乱してきた」


 ああ、もうだめだ。どうにもならない。

 人体実験、強制労働、見た目にも恐ろしい器具による拷問……元の世界の歴史書で読んだ、あらゆる非道な刑罰と拷問を思い浮かべて血の気がひく。


「わかりやすい犯罪を起さず、民衆を扇動しうる死なない者など悪魔でしかない。

 悪い芽は早めに摘まねばならん」


 彼は書類にサインした。

 小さすぎる文字で書かれた文書の内容までは読めない。


「……せめて田舎に、あるいは誰もいない山奥に追放してもらえませんか……?

 死ぬまで、この世界から消えるまで僕はもう誰とも口をききませんから、」


 なんとか彼の目を見て僕は懇願する。

 返ってきたのは耳に直接ねじ込むような圧をもった低い声だった。


「左腕を出せ」


 逆らわないことを学習し続けてきた僕の体は恐る恐る腕を差し出す。

 腕をかざす形になった書類が突然燃え上がり、炎の中から細い針金のような銀色の糸が伸びる。


「あっつ!!」


 それは僕の左手首に巻き付いてすぐ熱を失い、銀色の文字のようなものになった。


「君は今日から異世界人庁特殊部部長預かりの異世界人だ。

 私の雑用係として働いてもらう」


 僕は恐怖しながらも自分の左手首に刻まれた文字を見つめた。

 見たことがない文字で、何が書かれているのかわからない。


 とりあえず新しい仕事をさせられるらしいとは理解した。


「あの……これは……」

「魔法が使える者にしか書けない特殊文字だ。

 『異世界人庁 特別職員』と書いてある。

 君の身分証であり、悪さをすれば罪に応じて発火する契約印でもある。

 永遠に焼かれることがないよう、せいぜい気をつけろ」


 周囲の役人たちが目を丸くしている様子を見るに、これは異例の事態なのだろう。

 だが僕も「魔法」という言葉に目を丸くしていた。

 少なくともこれまでには見たことがなく、この世界に魔法があるとは思ってなかったのだ。


 すごい。異世界っぽい。異世界だけど。

 元の世界でもこの世界でも、本の中でしか感じなかった感情が踊ってしまう。

 僕は魔法を見るために悪さをしてみたいと、少しだけ思った。



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