第89話わがままなハートの女王
鷹峰麗華は幼いとき、両親から激しい虐待を受けていた。
熱湯をかけられたり、タバコの火をおしつけられたり、寒い日にベランダに放置されたりと。
本当に胸くその悪い話だ。
ある時、暑い日に車に放置されているところを僕の母さんがみつけて、助け出したという。面倒みのいい母さんは一時的に麗華を我が家にあずかった。
精神的にかなり参っていた麗華はアリスという別人格をつくりだし、心の平静をどうにかたもったのだという。
僕の創作したお話を聞くのがなによりの心の支えになったのだという。
僕のつくったお話をきいているときだけ、現実のつらいことを忘れることができたという。
セーラー服を着た麗華がそう手早く説明してくれた。
幼い僕は頭に浮かんだお話を思いつくまま話しただけなのに、麗華にはそれがなりよりの励ましになったという。
「ストーリーをつくれるのは実はすごい才能なのよ。人間だけがすべての動物の中でフィクションを共有できるの。鷹峰さんが燐君のつくる物語に心を救われたのは私にはわかるわ。私も作家としての燐君がうらやましいもの」
雪が言う。
僕にとってただただ、妄想を垂れ流していただけなのに、それで人を救うことができるなんて。創作を趣味にしていてよかった。
「なに、一人だけで幸せそうにしてるの。麗華は私のものよ。だから私のところに来なさい」
玉座の女王はたちあがり、麗華に言う。
「嫌よ、あんたたちは私をストレス発散の道具にしてたのでしょう。あげくに、交通事故で勝手にしんじゃって。私は燐太郎の家で本当の家族をみたのよ。あんたたちは血がつながっているだけの他人よ」
麗華は冷たく言う。
「それに死ぬ前にあの男がしようとしたことは私は忘れないわ」
さらに麗華は言う。
「なにをいっているの。親は子供になにをしてもいいのよ。どんなことをしても許されるのよ」
女王はそう言うと宝石のついた杖を手に持ち、それを頭上に掲げる。
その杖の先端には無数の宝石がちりばめられている。その輝く宝石たちはハートを形づくっていた。
ハートの女王は声たからかに歌い始めた。
それはあの魔女ローレライの魔歌に似ている。人の生きる希望を奪い取る呪われた歌だ。
「やめて……」
麗華が耳をおさえてしゃがみこむ。
「こんなことを思いださせないで……」
麗華は苦しそうにゼエゼエと荒い息を吐いている。
「楽しいときの思い出を思いださせているのか」
蓮が言う。姑息な真似をともつけ足す。
蓮は
どうやらハートの女王は麗華にテーマーパークにいったときの楽しい思い出を見せているのだと蓮は言った。
これは卑怯だ。
完全な悪なら麗華は憎みきることができただろう。でも、ときどき見せる優しさが彼らを完全に捨てきることが麗華にはできないのだろう。
なんてやつらだ。自身の欲望のためだけに麗華にひどいことをするなんて。
麗華の心のことなんてなにも考えていない。
自己中心的な存在だ。
やつらに親を名乗る資格はない。
俺の女にひどいことをするやつは許さない。
麗華は俺のものだ。
誰にも傷つけさせない。
誰にも壊させない。
何故なら、俺の所有物だからだ。
僕は
ちらりと雪の秀麗な顔を見る。
「雪、力を貸してくれ」
僕は言う。
「わかったわ」
雪は答える。
「
僕が魔法少女あずきの描かれた
一瞬、雪は真っ裸になったかと思うとまばたき一回にも満たない時間のあとにはあのフリフリの衣装を着た魔法少女あずきに変身していた。
雪は小柄で細身なのであずきちゃんのフリフリのロリ衣装がよく似合う。
「すごいわ、体中から魔力があふれてくるわ」
魔法の指揮棒をくるくると回転させ、雪は決めポーズをとる。
「悪いノイズはおしおきよ!!」
決めセリフはばっちりだ。
「雪は昔からコスプレしたがってたからちょうどよかったじゃない」
良い巨乳の前で腕をくみ、咲夜ちゃんが言う。
愛を忘れたかわいそうなノイズたち。
君たちに歌いましょう。
私たちはいつかきっと友だちになれる。
希望を捨てないで。
夢を諦めないで。
心に勇気を芽生えさせましょう。
なにも生まない戦いはむなしく、悲しい。
だから歌おう。
生きてるみんなのために。
雪が僕の考えたあずきちゃんのテーマを歌いあげる。高く、かわいらしい声の雪にはあずきちゃんの歌はぴったりだ。
オリジナルのダンスもとりいれて、雪はまるでミュージカル女優のようだ。
芸術系の才能が豊かな雪だが、演劇の才能もあるようだ。
「マジカルアタック!!」
激しく雪が魔法の指揮棒を振るうとハートの女王の魔歌は完全に鳴りやんでしまった。
ハートの女王はただただむなしく口をパクパクさせるだけだ。
「とどめはまかせな。いいな鷹峰?」
咲夜ちゃんが麗華に訊く。
「ええ、いいわよ。あの人たちはもう私にはいらないから。私には燐太郎たちがいるから」
麗華は答える。
ハートの女王は両手を目の前にだし、激しくふっている。
雪がうたった聖なる歌によって音を封じられたハートの女王は何をいっているのかわからない。
たぶんだけど命ごいをしているのだろう。
そいつは傲慢だ。
おまえは幼い麗華に何をしたのだ。
泣いている麗華に何をしたのだ。
俺の麗華におまえはひどいことをしたではないか。なら、その報いを受けて当然でははないか。
咲夜ちゃんが手に持つ
ハートの女王の体はバツ印に引き裂かれる。
最後にもう一度ふるとハートの女王は完全に粉々にくずれさった。
声を封じられていたので断末魔をあげることさえできなかった。
「さあ、次の部屋に行きましょう」
麗華が言う。
さよなら、もう二度と思い出さないから。
小さな声で、僕にだけ聞こえるように麗華は言う。
すでにもとの麗華の姿に戻っていた。
あのセーラー服姿、よかったのにな。
今度、あの服をきてもらおうかな。
それにはセーラー服をつくらないと。
マーズにでも頼んでみよう。
僕が下らない妄想をしていると麗華が腕を引っ張る。
「ほら、兎が前を走っていくわ」
麗華が言う。
僕たちは兎を追い、次の場所を目指した。
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