第88話紫の猫
アリスちゃんは僕の背中で震えながら泣いていた。
僕はアリスちゃんの体の向きをかえて、両腕で抱きしめる。
小さくてかわいい。
あの長身でボリュームたっぷりの肉体美を誇る麗華に将来なるとは思えないほど、腕のなかの少女は細くてはかない。
おかしい、小学生一年にしては軽すぎる。
手首なんかを見ると骨が浮いているのが見える。
「アリスちゃん……」
僕は言い、彼女の頬に浮かぶ涙を指でふきとる。
「安心してよ。僕が君をこれ以上誰にも傷つけさせないから」
僕は言う。
「この会長、何歳ぐらいかわかるか?」
蓮は僕に訊く。
「たぶんだけど六歳ぐらいかな」
僕は答える。
「ちょっと、この子痩せすぎじゃないの」
咲夜ちゃんがじっとアリスちゃんを見つめて言う。
「鷹峰さん、当時ろくに食べさせてもらってなかったようね」
目を潤ませて雪が言う。
雪も天井に写る映像を見て、かなりショックを受けているようだ。
「子供は親のものです。その子供を我々に引き渡してもらいましょう。他の方々はこの場を去るなら、命まではとりますまい」
卵人間は言う。
こんなわけのわからない存在に大事な麗華ことアリスちゃんを渡すわけにはいかない。
「断る」
僕は言う。
ふっと笑い、蓮は僕の顔を見る。
どうやら、彼も同意見のようだ。
「なら仕方ないですね。死になさい」
そう言うと卵人間はどこかからステッキを取り出すと自分の体を叩き始めた。
何度も叩くと卵の殻にひび割れが入る。
そのひびは大きくなり、ついには卵を割ってしまった。
ぱかりと卵は左右にわれ、その中から何者かがあらわれた。
卵の中からあらわれたのは紫色の巨大な猫であった。
猫特有のかわいらしさはどこにもない。
狂暴な黄色の瞳で僕たちをじっと見ている。
「シャー!!」
その紫色の猫は体長三メートルはあるだろうか。ナイフのように尖った爪を床にこすりつけ、研いでいる。
どっからどう見ても敵意しか感じない。
卵から猫があらわれると同時に天井の映像は跡形もなく消えていた。
「チーちゃん、どうして……」
アリスちゃんは言う。
どうやら彼女はこの存在を知っているようだ。
「ハンプティダンプティの次はチシャ猫なのね」
雪は言う。
彼女はすでにパラケススの杖を構えている。
やはりこの化け猫を倒さなければいけないのだろう。
「おまえたちは戯れに命を無駄にした。その報いを受けてもらおう」
くぐもった声で紫色の猫は言う。
もともと発生する器官ではなかった喉で無理矢理話したという印象だ。
妖魔チシャ猫。
レベルは72。
戦闘力はそれほどだが、素早さはかなり高い。こいつに追いつけそうなのは今の僕たちでは蓮ぐらいか。
完全にスピードタイプの近接戦闘型と見ていいだろう。
「かなり速いよ、あいつ」
僕は言う。
「承知した」
蓮は短く答える。
雪と咲夜ちゃんも頷く。
ダンっとチシャ猫は床を蹴る。
一気に天井近くまで飛び上がると僕めがけて飛びかかる。
その凶悪で鋭い爪で切り裂こうというのだろう。
「
咲夜ちゃんが手をくるくると回すと瞬時に黒い鞭があらわれ、その手に握られる。
その鞭には鋭い刺がついていて、かなりの攻撃力がありそうだ。
バチンと一度地面を叩いた後、その風の鞭でチシャ猫を攻撃する。
なんだかこの姿はSMの女王様みたい。
ちょっとぞくぞくしてきた。
空中で身をひるがえし、チシャ猫はその鞭の攻撃をよける。
「グッ……」
チシャ猫はわずかにうめく。
どうやら風の鞭の直接の攻撃はよけられたものの、武器に付与された魔力でわずかだがチシャ猫を傷つけたようだ。
風の鞭に付与された風属性の力で産み出されたかまいたちにより、右足から血がどくどくと流れている。
「もうひとつ!!」
雪がオーケストラの指揮者のように杖をふる。複雑な魔法陣が空中に浮かびあがる。
「レイドフォーリアクーシオン。敵を撃ちつけろ
瞬時に紅蓮の槍が空中に浮かびあがり、チシャ猫めがけて飛来する。
周りの空気をやきながら炎の槍は空中を駆け抜ける。
チシャ猫は飛び退き、避けようとするが咲夜ちゃんによって傷つけられた右足が痛むようで、わずかに行動が遅くなる。
チシャ猫はあわれにも左足を
左足がちぎれ、どす黒い血が吹き出し、床を汚す。
ガクリとチシャ猫は頭を床にうちつける。
蓮が抜刀し、床を蹴る。
瞬時に肉薄した蓮はチシャ猫の首をはね飛ばしてしまった。
チシャ猫は驚愕の表情のまま絶命した。
見事な連携技だ。
今の僕たちにはこのぐらいのレベルの怪物は敵ではないようだ。
とことことアリスちゃんはチシャ猫の首に近づき、その顔をなでる。
「ごめんね、チーちゃん。また死なせてしまって……」
アリスちゃんは言う。
むろん、死体となったチシャ猫からはなんの返事もない。
「さあ、行こう」
僕はアリスちゃんの手を握り、その部屋を出た。
部屋を出ると上に登る階段があった。
僕たちは階段を登る。
道の突き当たりにあの兎を見つけた。
僕たちは急いでその兎の後を追う。
あれっなんだか背中が重くなってきたぞ。
「燐君、背中……」
早足で兎を追いかける僕に雪が声をかける。
「燐君、もう一人で歩けるよ」
背中のアリスちゃんが声をかける。
僕はゆっくりと彼女を下ろす。
あれっすっかり体が大きくなっている。
身長なんかは僕よりも高い。
でもまだあの麗華よりは低い。
だいたい百七十センチほどだろう。
セーラー服を着ている。
うわっ麗華のセーラー服姿めちゃくちゃかわいい。
もう胸もかなり大きくなっている。
Jカップには程遠いが、それでもかなり立派なものだ。
「この姿はねきっと中学生一年のころね」
麗華は言う。
「うわっ鷹峰って中学生でそんな胸でかかったの」
咲夜ちゃんは驚いている。
「ほんと、腹立たしいわ」
雪が一人プリプリ怒っている。
「そんなことより、早くしないと兎をみのがすわよ」
麗華は言い、僕の手をひき、兎をおいかける。
やっと追いついたと思ったら、僕たちはまた大きな部屋に出た。
「遅いじゃない、時計屋兎。まあいいわ、あの子を連れてきたんだから」
部屋の奥にいる金ぴかの趣味の悪い椅子に座る女性が言った。
その女性は赤いぴったりとしたデザインのドレスを着ていた。
スタイルはむっちりとしてグラマーだ。
「こんなところで会うとはね、お母さん……」
麗華は言った。
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