第87話夢幻の国のアリス

この少女のことを僕は知っている。

この子には昔会ったこたがある。

ちょうどこの子と同い年ぐらいのころだ。

ある日突然、母さんがアリスちゃんを家に連れてきて、一ヶ月ほど生活を共にした。

アリスちゃんは僕の創作するお話が大好きで、いつもお話きかせてよとせがんできたものだ。

僕に抱きついているアリスちゃんのふわふわの金髪をなでると彼女は、にこにこと微笑んだ。


これは消去法なのだが、あとこの場にいないのは麗華だけだ。

ということはこのとつてもなくかわいらしい少女が麗華ということなのか。



その子は麗華ちゃんで間違いないわ。

そしてアリスちゃんでもあったのよ。

十一年前にね、訳あってうちでしばらく預かっていたのがその子なのよ。

それは淫魔王リリムこと母さんの声だ。


訳ってどういう訳なの?

僕は訊く。


ガガガガッ……。

それはラジオのノイズのような音だ。



ごめん、燐君。ジャバウォックの妨害が入ったわ。

燐君、アリスちゃんをお願い。

その子と麗華ちゃんは同じだから、燐君が守ってあげなさい……。

そのあと、母さんの声はノイズにかきけされ、完全に聞こえなくなった。



たしかにこの美少女っぷりは麗華のおもかげがある。

そうか、僕は彼女と小さいときにであっていたのか。

母さんの話を信じるならばであるが。

しかし、こんなところで嘘をつく必要もないと思われるから、母さんの言葉は真実だと思う。

気になるのはとある訳というのだ。

麗華の過去になにがあったのだろうか。


「どうやらこの子が会長のようですね」

じっとアリスちゃんの顔を見ながら、蓮が言う。

「これは完全な私見なんだが、聞いてもらえるかな」

さらに蓮が言う。

僕は頷く。

どうやら、雪も咲夜ちゅんも同意見のようだ。


「どうやらこの世界ではその人の本質というか心の内面が実体化しているようなんだ。僕が狼犬の顔をしていないようにね」

蓮は言う。

「えーじゃあ、私の本質はサキュバスだっていうの」

咲夜ちゃんは言い、自分の頭の巻き角をなでる。

「咲夜ちゃん、性根はビッチだったということね」

目を細めて雪が言う。

雪はローブを着た魔法使いのままだ。

彼女の本質は研究者とか探求者なのかもしれない。

「雪、こっちにきてからあたりきつくなってない」

ぷっと咲夜ちゃんが頬をふくらませる。

女の子がぷっと顔をふくらめせる仕草、好きなんだよな。

とくに咲夜ちゃんはもとが美少女なだけに格別にかわいいや。


蓮が言うには心の内面がこの世界での肉体になるのだという。

感覚的に僕も同意見だ。

ということはこの金髪のかわいい少女が麗華の本質なのか、

なら、僕はなんだろうか。


「和久君、君の胸元をみたまえ」

蓮が僕の胸元を指差す。

僕は言われたとおりに服の内側を見る。

僕の胸にびっしりと黒い鱗が生えている。

それはあの魔王子アモンに変身したときと同じものだ。

ということは僕の本質はやはり蛇なのか。

蛇は欲望の象徴ときいたことがある。

あのアダムとイヴをたぶらかして知恵の実を食べさせたのが蛇だともいわれている。

メドゥーサも僕の性的欲求リビドーにとりつき、女神としての存在をたもっているらしい。

そんなに僕のリビドーとやらは強いのかね。

まあ、異世界でハーレムを築こうとしているのがまあ、そうなのかもしれない。



「燐君、あの兎をおいかけて!!」

耳元でアリスちゃんこと幼女になってしまった麗華が言う。

とことこと巨大な兎が夢幻迷宮にむかって走っていく。

麗華は兎といったがその兎はかなりの大きさだ。小柄な人間ぐらいはあるだろうか。

シルクハットをかぶり、黒いベストを着ている。

ベストのポケットから懐中時計を取り出し、ちらちらと見ている。

「このままでは遅刻してしまう」

そう言うとその兎はあのピラミッド型の夢幻迷宮ラビリンスに入っていく。


とりあえず、この迷宮を攻略しなければいけないのはたしかなので、僕たちは兎をおいかけることにした。



夢幻迷宮の中はぼんやりと明るい。

壁のところどころにランプがとりつけられ、床をてらしている。

ずいぶん親切なつくりだな。

そのダンジョンの広さは僕と蓮が両手を広げたぐらいだと思う。

蓮と咲夜ちゃんが前衛となりアリスちゃんを抱っこした僕と雪が後衛をつとめる。

「しかし、最強無敵の鷹峰がこんなにちっちゃくなるなんてね」

ちらりと僕の背中におんぶされる麗華ことアリスちゃんを咲夜ちゃんは見る。

「しかし、これはかなりの戦力ダウンだな」

蓮は形のいいあごをなでながら、言う。


たしかに蓮の言うとおり、いつも頼りになる麗華がこんな幼女になってしまったのだ。

いざ、戦闘となったらいつもの麗華を頼れない。むしろ彼女を守りながらので、戦いが難しくなるだろう。

おっと考えごとをしていたら、兎がドアを開けて中に入る。


僕たちはドアの前にたつ。

やっぱりいくしかないよね。

さきになにがいるかわからないけど。

この迷宮のどこかにいる獣魔王ジャバウォックの霊を倒さないといけないのだから。


僕は蓮と咲夜ちゃん、雪の顔を順番に見る。

皆、頷いてくれた。

意を決して僕はドアをあける。


そこは学校の教室ぐらいの部屋であった。

四隅にランプがあり、ぼんやりと部屋の中をてらしている。

その部屋の中心にずんぐりむっくりな物体が鎮座している。

兎はシルクハットをとり、そのずんぐりむっくりな物体に御辞儀する。

「ハートの女王がお待ちだぞ」

そいつは兎に言う。

そいつはすくりと立ち上がる。

1メートルほどの大きさの卵であった。

卵に男性の顔が刻まれている。

極端に短い手足が卵についている。


兎はその卵人間にあいさつすると奥に消えていく。

僕たちは兎の後を追おうとしたが、その卵人間が前をふさぐ。

「どいてもらおうか」

蓮が言うと名刀正宗の柄に手をかける。

行く手を阻むものは切る、そんな気迫を感じる。


「まあまあ、お客様がた。これをご覧ください」

卵人間は言い、パチンと指を鳴らす。

次の瞬間、天井になにやら画像が浮かぶ。

そこに写しだされたのは僕の背中にいるアリスちゃんであった。

そこに写るアリスちゃんは見るからにボロボロのスウェットの上下を着ている。


「どうしてあんたはいつもそうなのよ」

大人の女性の声がする。


その女性は手に電気ポットを持っている。

あろうことかその女性はその電気ポットの中身の熱湯をアリスちゃんにかけた。

きゃああっ!!

女の子の悲痛な声がする。


「ママ、やめて!!」

僕の背中に乗るアリスちゃんが叫ぶ。


これはどういうことだ。

まさか麗華の幼女時代の出来事なのか。

まさか、麗華は虐待を受けていたというのか……。


「やめてママ。言うことを聞くからやめて」

アリスちゃんはさらに叫ぶ。

僕はちいさな彼女の体を抱きしめる。


「おい、そいつを早くだまらせろ!!」

それは男性の声であった。


「燐太郎、あの男の声、ジャバウォックと同じよ」

咲夜ちゃんは僕の顔を見て言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る