第61話遊牧民天狼族

王都キャメロンの北方にハイランドと呼ばれる地方がある。

そのハイランドを拠点に遊牧生活を送るのが獣族である天狼族である。

彼らは身体能力に優れており、一般の人間の約三倍の身体能力があるといわれている。

頭に動物の耳、尻に尻尾があるのが彼らの特徴である。

その天狼族の族長は代々ロボという名前を受け継ぐのだという。

ハンナさんの旦那さんが残したあのノートにはそう書かれていた。


僕たちは彼らの集落にあるひときわ大きな移動式住居に案内された。

たしかそれはゲルと呼ばれるものに近い。

「さあさあ、かけてかけて」

天狼族のロボが僕たちに言う。

僕たちは言われるがままに椅子に座る。

ゲルの中はテントとは思えないほど快適だ。

四方に呪符がはられていて、その魔法効果はエアコンのような役割をはたしている。


「どうぞ」

ウサギ耳の少女が僕たちの前にお茶とドライフルーツをのせた皿を置いてくれた。

僕はありがとうと礼を言う。

そう言うとウサギ耳の少女はペコリと頭を下げてゲルを出ていく。

うーん、ケモ耳少女はかわいすぎる。

一度あの耳をさわってみたい。


「蓮、やはり君なのか……」

じっと渡辺蓮の犬の顔をみつめて、麗華は言う。

麗華には昨日のことをだいたいであるが話してある。

僕が偶然ではあるが、渡辺蓮に再会したことを。

「そうです、会長。僕は蓮です。このような姿になってしまいましたが」

渡辺蓮ことスピカは答える。

「こんな姿なんて何いっているのよ。初代狼王ロボ様の姿なのに」

ロボはそう言い、蓮の体に抱きつき、頬をなでつける。

この行為は親愛の表現だとあのノートには書かれていた。

これは二人がすでに男女の関係になっているものと思われる。

たしかにロボは麗華に負けず劣らずのグラマーなので蓮の気持ちはわからなくはない。


「まずはこの顔について説明せねばならないですね」

渡辺蓮は語りだす。



交易の街ケイの奪還作戦に参加した渡辺蓮であったが魔女王ローレライの魔歌のため、ラインスロット率いる近衛団は混乱の極致に陥った。

あるものは戦意を失くし武器をすて、あるものはローレライに操られ同士討ちを始めた。

本田正勝はそんななか善戦したが、知ってのとおり左腕と右足を失う重傷をおってしまう。

乱戦の中、結城亮と羽柴マリア、石川咲夜は行方不明になり、雪と渡辺蓮は捕虜となった。

そこで魔物たちに筆舌に尽くしがたい拷問を受けたと蓮は言った。

雪もPTSDのようなものをひきずっている。

そこで蓮はその女性のような美しい顔を傷つけられ、この狼犬の顔を魔物たちの戯れに被せられたという。

しかしこの顔を被せられたことにより、蓮は精霊魔法に目覚めたのだという。


「これは僕の勝手な推測だけど死にかけたこととこの顔をつけられたことにより人間ではない別の何かになってしまったのだと思うのです」

渡辺蓮は言った。

精霊ジンの声を聞きとれるようになった蓮は精霊魔法を使いケイの街を脱出した。

そこで偶然、天狼族の一人に出会い、蓮は救出されたのだという。

それ以来、蓮は天狼族と行動を共にしているのだという。


「そうか、雪は無事なのか」

ほっとしたような声で蓮は言う。

雪は僕たちの仲間になったけど羽柴マリアは何故か敵対して、さらに行方不明になっている。


「そうか、蓮。君もたいへんだったんだな」

麗華は言った。

たしかに蓮の話は驚愕的であり同情を禁じえない。いけすかない優男と思っていたが、彼のみる目が変わってしまった。


「でもさ、不幸中の幸いだよ。私はこうしてダーリンに出会えたのだからさ」

笑顔でロボは言う。

その瞳はまさしく恋する女性の目である。


「そこで本題なんだか聞いてもらえるかな、和久君。いや、アルタイル子爵として」

蓮は言う。

僕はお茶を一口飲み、こくりとうなづく。



天狼族と行動を共にするようになった渡辺蓮はハイランド地方を我が物顔で荒らしていた巨人族の討伐作戦に参加した。

蓮たちは苦戦の末、巨人たちを駆逐し、ハイランド地方の安全をとりもどしたのだという。

本来ならば王国軍がやらなければいけないことを天狼族がかわりにやってくれたのだ。

北方の街道の安全が確保されたことにより、北東にある商人の街パーシバルと北にある歓楽の街モードレッドへの行軍は容易になった。

この功績をいわば手土産に天狼族は王国軍に参加したいのだと蓮は言った。


これは願ってもないことだ。

身体能力に優れた彼らが味方になれば戦力の増強はかなりのものになる。

でもひっかかることがある。


「たしか王国の法律では獣族は王都キャメロンに入れなかったはず」

麗華が僕のかわりに言ってくれた。


獣族は何故か王国での行動を制限されていて、遊牧がゆるされているのはハイランド地方のみということだった。

遊牧の民が行動地域を制限されるのはかなり苦しいことだ。

あまり家畜を増やせないので、その生活は貧しいといわざるおえないものだった。

王国軍に参加して、戦功をあげたならば活動できる土地を増やしてほしいというものだった。


僕個人としてはこれはウインウインの関係になると思う。何よりもケモ耳のあの娘たちが仲間になることはうれしいかぎりだ。

いつかモフモフさせてもらいたい。


彼ら獣族がその活動を制限されるには何か理由があったはずだ。

ハンナさんにもらったノートに書かれていたはずだ。

アルタイル屋敷に帰ったら読み返してみよう。



「わかった、蓮。王宮のリオネル王女にかけあってみよう」

僕は蓮と約束した。

僕と麗華は王都に戻ることにした。

この交渉はかなり骨がおれることが予想されるが、成功させなくてはいけない。

ケモ耳娘たちを仲間にするために。


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