第59話エルナトの助言
アルファルドさんが焼き菓子を僕たちのために用意してくれたので僕はそれを一口食べた。すっきりとした甘さが心地いい一品だ。
「ふむ、これはうまいな」
エルナト財務大臣は言う。
「ところであらためてガヴェインの街奪還おめでとう」
エルナト財務大臣は言う。
さらに紅茶をすする。
「ありがとうございます。エルナト大臣」
僕は礼を言う。
「それで今日は君に助言というか忠告とかまあ、そういうのを言いに来たんだよ。君の宮廷での評価は表向きかなり高い。それはそうだろう、魔王軍から二つの都市を解放しなおかつ救護院なんかもつくり貧しい人たちのためにはたらいている」
そこで一息つき、また紅茶を飲む。
アルファルドさんがカップに紅茶を注ぐ。
エルナト大臣はありがとうと礼を言う。
「だがね、なかにはそれを妬む人間がいるのだよ。王国軍でもなく、異世界から呼んだ伝説の騎士たちでもなく君のような一見すると普通の人間が王国の二つの都市を取り戻したことに」
エルナトは言う。
「君の功績は巨大だ。そしてさらに大きな功績をあげるだろう。だが、君が功績をあげるほどその功績にたいしてひがむ者が増えるのだよ。なぜ、君ばかりが王女の信頼を勝ち得るのかとね」
エルナト財務大臣はさらに言う。
そんなことは考えたこともなかった。
自分のような人間を羨んだり妬んだりする人間がいるなんて。僕のようにぱっとしない人間に。
「その嫉妬の炎はまだくすぶっている種火にもならない小さなものだ。でもな、その火の音はかすかに宮廷内部に響いているのだよ。とくにわずかに残った貴族の子弟たちに多くみられる」
エルナト財務大臣はそう言った。
たしかオグマなんかが僕をライバル視して自己鍛練や兵たちの訓練に励んでいるという。
ラピュタ城攻略戦で留守番を命令されたのが悔しかっらしい。麗華がそう言っていた。
「オグマなんかは気にしなくていい。あれは君をライバル視して切磋琢磨している。よくも悪くも裏表がない。陰謀や策謀なんかとは無縁な男だよ」
オグマのことはエルナト大臣はどうやら好意的にとらえているようだ。
僕もそんなに彼とは話す機会があったわけではないが生真面目で誇りを重んじるタイプだ。優等生の委員長タイプだと僕は見ている。エルナト大臣の言う通り、隠れてこそこそ策略を巡らす型ではないと思う。
きっといいたいことがあれば面と向かって言うだろう。それがいいか悪いかは別だが、オグマはそういう人間だと思う。
「だからだ、君の近しい人間を新しい貴族にしたのだ。君としても権力争いなんかは嫌だろうしそんなことをしている場合ではないのだがね」
エルナト大臣はあきれた顔で言った。
だからルイザさんやイザールに男爵夫人の称号を与えたのだという。
宮廷内での僕の味方を増やすために。
エルナト大臣の言う通り、まだ都市は二つしか解放していない。
戦いはこれからだというのにどうやら嫉妬にかられた連中も相手にしないといけないのか。これは困ったものだ。
もしかすると魔王軍と戦っていたほうがマシなんて事態もありえることになるかもしれない。
「馬鹿馬鹿しい話だが、まあ、用心したまえ。君にはもっともっと働いてもらわないといけないからね」
快活な笑いのあと、エルナト大臣はアルタイル屋敷をあとにした。
その日の夜、公女エスメラルダをむかえてささやかな舞踏会が開かれた。
僕は麗華、雪、イザール、ルイザさんをともない宮廷に赴いた。
アヴィオールはそんな堅苦しいところにいくのは嫌だということでアルファルドさんと留守番をすることになった。
「ドレスなんてはじめて着たよ」
イザールが歩きにくそうにしている。深くスリットの入ったなかなかセクシーなドレスだ。
雪のドレスはワンピースみたいでかわいらしい。
ルイザさんのドレスは胸元がざっくり開いていてこれまたセクシーだ。
特筆すべきは麗華だ。
彼女はやはり別格だ。
背が高く、豊満な体をしている麗華のドレス姿は妖艶でありながらも高潔さもかねそろえていた。
これらのドレスは職人の街ガヴェインで仕立てたものをマーズさんが用意してくれたものだ。
そのマーズさんは白いつめいり服を着ている。昔の海軍の軍服のようなデザインだ。
これがドワーフ族の正装だとマーズさんは説明してくれた。
王宮の広間には武官や文官、貴族の人たちが集まっている。魔王軍が侵略する前はもっと盛大な舞踏会が開かれていたという。
今回、エスメラルダをもてなすために開かれたが、これはかなり質素なものだということだ。
それでも陰キャの僕にとってダンスパーティーなんてしろものは眩しくて仕方ないものだった。
緊張してはきそうだ。
こんなことだったらアヴィオールと留守番をしていればよかった。
でも、そんなことはいっていられない。
僕はこれでもアルタイルのリーダーなのだから。
この舞踏会を機にエスメラルダは王族となる。彼女には公爵夫人の称号と王都に屋敷が与えられた。また王女の呼称も認められた。
これよりリオネル王女は第一王女、エスメラルダ王女は第二王女とも呼ばれるようになる。
「さあ、踊ろう」
麗華が僕の手をとる。
温かくて力強くて、それにすべすべとして気持ちいい。
僕は麗華に手をひかれ、曲にあわせて踊る。
運動神経なんてほとんどないに等しい僕だったけど麗華のリードでなんとか踊ることができた。
どこかでクスクスという笑い声が聞こえるがそんなのは気にしない。
僕のことを妬んだりひがんだり、馬鹿にしたっていっこうにかまわない。
僕たちは信頼できる仲間たちと戦い抜くまでだ。
ルイザさんやイザール、雪とも一緒に踊ったのでかなり疲れた。でもみんなうれしそうだ。
「私みたいなのをこんなところに連れてきてくれて本当にありがとうね」
ルイザさんがその巨乳を僕の顔におしあてる。
今夜だけは麗華も許してくれた。
「踊り子の私が男爵夫人なんてちょっとこしょばゆいけど感謝しているよ、燐さん」
とイザールは言い、腕に抱きついた。
「一曲おねがいできますか?」
なんと僕の前にリオネル王女が手を差し出す。
「もちろんです」
僕は答える。
僕はリオネル王女の手をとり、ダンスを踊る。リオネル王女のリードも麗華なみにうまくて、どうにか形になったと思う。
しかし間近にみるリオネル王女は本当に妹の理緒そっくりだ。
曲がおわり、僕は自身の右こぶしを心臓にあて一礼する。
リオネル王女もスカートの両端をつまみ、軽くお辞儀する。
なんてかわいらしい姿なんだろうか。
「がんばってね、お兄ちゃん……」
去り際にリオネル王女は言った。
その声はあまりに小さかったため、そう言ったような気がしただけかもしれないし、聞き間違いなのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます