第57話エウリュアレは語る

柔らかいタオルのような生地のガウンをエウリュアレは僕に手渡す。

なかなかいい着心地だな。

僕はそれを着て、クイーンサイズのベッドですやすやと眠る雪とイザールにシーツをかけた。よほど気持ちよかったのか、二人はスースーとリズミカルな寝息をたてている。


「すこし、よろしいですか、燐太郎様」

エウリュアレは言い、僕を彼女の自室につれていく。

よく冷えた紅茶が空中を浮遊し、僕の前におかれる。

僕はそれをごくごくとのむ。

疲れた体に響くな。


「まずは第二の都市、奪還おめでとうございます」

そう言い、エウリュアレはまぶたをあける。

エウリュアレも赤い蛇眼を持っている。

ただ、この王国ではこの眼はよく思われないので、ふだんは目が不自由なふりをしてとじているのだ。

「うん、ありがとう」

僕は答える。


「あの天空城ラピュタを攻略するんだからさすがだね」

いつの間にかステンノーが影からあらわれ、僕の紅茶を一口飲む。

エウリュアレとステンノーは瓜二つだ。

二人とも目が真っ赤だ。

僕と同じ蛇の眼をもつ魔女だ。

違うのはエウリュアレは炎のように真っ赤な髪をしていて、ステンノーは亜麻色の髪をしているところだ。


「それはそれは……」

にこりとエウリュアレは微笑む。

エウリュアレもステンノーもけっこう美人だけど不思議と二人には性的な欲求はわかないんだよな。かわいくてスタイルもいいのに。


「でも魔王子アモンに姿を変えられたときはどうなるかと思ったけどね」

ステンノーは言う。

アヴィオールがいなければあの蛇の化け物のままだったかと思うとゾッとする。


「魔王子アモンね。燐太郎さん、あれは実はメドゥーサの男性になったときの姿なのですよ」

エウリュアレは言う。

「いい機会ですし、我々の素性をすこし、お話したいと思います」

エウリュアレは言った。


彼女たちの素性か。

確かにこの世界に僕を送ったメドゥーサたちがどういう存在か、僕は詳しく知らない。

彼女たちはことあるごとに自分たちは僕の性的欲求リビドーの化身だと言っていた。


「簡単に言いますとこのアヴァロン王国をはじめとしたこの異世界は人間の共通無意識が具現化した世界です。人間の想像力が生んだ世界と言っていいでしょう。そしてメドゥーサはかつてこの異世界で夜を司る女神として信仰されていました。ちなみに私は闇を司る女神だったのです」

エウリュアレは言い、自分に用意した冷たい紅茶を一口飲む。

「ちなみにうちは影を司る女神だったのよ。まあ、今はしがない魔女におちぶれたけどね」

ステンノーがおちゃらける。


なんと彼女たちは女神だったのか。

でもどうして今は人間と同じようになっているのだろうか。


「それはね、うちらが魔女戦争に負けちゃったからだよ」

ステンノーが言う。


「五百年前に魔女裁判をきっかけに女神たちの間に争いが起こりました。人の欲望に忠実にあろうとする私たちと秩序を重んじる七柱の女神たちとの」

エウリュアレは言う。

「ところで燐太郎様、どうして人は交わると快楽を得られるのでしょうか?」

エウリュアレは僕に問う。


「うーん、それは体がそうなっているからかな。例えば苦痛だったら人間はとっくに滅んでいると思うよ」

僕は答える。

人同士が肌を重ねるのが気持ちいいから種が存続し、増えることができるのだと思う。

もし、苦しかったらそんなのしたくないからね。人間は気持ちいいことに弱い存在だからね。


「そうですね、私たちもその通りだと思いました。だから人間たちには欲望に忠実に生きても良いようにいろいろと加護を与えました。ですが、他の女神たち、とくにベラは気にいらなかったようですね」

エウリュアレは言う。


「そうそう、あのデブ女がさ、反対したんだよね。人間を堕落させてはいけない。愛あるもの同士だけが子孫を残さなくてはいけないとか言ってさ。でも、燐太郎ならわかるだろ。いろんな人とエッチなことしたいよね」

ステンノーは僕の目を見て言う。


ううっ、図星だ。


「そこで女神ベラは自身の信徒を導き、メドゥーサの加護を受けたものたちを裁判にかけ、そのほとんどを殺したのです。女神の力はその信じるものの力、信仰心から生まれます。力が弱くなったメドゥーサは異世界、燐太郎様たちの世界に追放されました」

エウリュアレは語る。

彼女たちにはそんな過去があったのか。

「うちとエウリュアレは魔女に姿をかえてどうにかこっちにのこれたけどね。ほら燐太郎の世界でも性的なことを悪としてやたら憎む人たちがいただろう。女神ベラはそいつらを力の源にしてるのさ」

ステンノーがつけ足す。


確かにそんな人がいたな。やたらとゲームやアニメ、コミックを目の敵にしてる人たちが。ちょっとエッチなイラストをみては性犯罪を助長するとか言ってさ。


「異世界に追放されたメドゥーサはそのままでは滅びさる運命でした。メドゥーサが滅びれば我らも運命を共にします。私もステンノーもメドゥーサと一心同体ですからね。ですが、一人の人間の男の子にとりつくことでどうにか生き延びることができました。その男の子の想像力と性的欲求のエネルギーを糧にメドゥーサは生き残れたのです」

エウリュアレは言う。


それってもしかして。


「そう、それが燐太郎。燐太郎君が毎日イラストを描いたり、エッチな妄想をしてくれたおかげでうちらは生き残れたんだよ」

うふふっとステンノーはかわいらしい笑みを浮かべる。


「燐太郎様にとりつき、力をためたメドゥーサはあなたをこちらに送りこむことに成功しました。燐太郎様、お願いがありますがきいてくれますか?」

エウリュアレは訊く。


ものすごく衝撃的な話だったけど僕は理解していた。不思議だけどね。

我ながら自分の想像力におそれいる。

三人もの元女神を生き残らせるだけのエネルギーがあったなんて。


「歓楽の街モードレッドにはメドゥーサを奉る教会が一つ残されています。魔王軍との戦いでいずれそこを取り戻して欲しいのです。そうすればメドゥーサをこちらに呼び戻すことができるのです」

エウリュアレはペコリと頭を下げる。


「うん、わかったよ。その教会を必ず取り戻すよ。僕もメドゥーサたちの考えと同じだからね」

僕は答える。

そう、欲望や欲求に正直に生きてもいいじゃないか。


「さすが、この世界ゲームの主人公だね。たよりにしてるよ。まあ、エロゲーの主人公みたいなところもあるけどね」

そう言い、ステンノーが首に抱きつく。

「よろしくお願いしますね、燐太郎様」

エウリュアレはそう言うと僕の手をぎゅっと握った。

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