第51話処女のキス

血の呪いにより、遺伝子を強制的に書きかえられました。心臓の鼓動が四百回を過ぎると完全に定着します。それまでに解除をしてください。


オーディンの義眼だけは顔にちょこんと乗せられていたからだろうか、視界に文字だけは見ることができる。


僕は天使ミカエラの命を触媒とした呪いにより、このような黒い大蛇の姿にかえられたようだ。

蛇はこのアヴァロンでは忌み嫌われる存在であるというのは以前、エウリュアレに教えてもらった。

ミラが僕の変わり果てた姿を見て悲鳴をあげたのはそのためだ。

かつて、楽園に住んでいた人間の祖先に神が禁じた果物をその甘言により、食べさせたのが蛇であるというのが、その理由だったはず。アヴィオールと一緒に読んだ本にもそうかかれていた。

神の怒りを買った人間の祖先は楽園を追放され、死や病、老いに苦しむようになったという。

それを憐れんだ七柱の神々が人間にそれぞれの加護をあたえたというのがこの国に伝わる神話の一つだ。


視界に数字が浮かぶ。

四百からはじまり、それがどんどん減っていく。

たしか心臓の鼓動は一分間に約八十回前後。ということは後五分もすれば僕は完全な蛇になってしまう。


呪いをとくにはどうしたらいいのか?

後、五分は少なすぎる。

これが魔王が命をかけてなしえた呪いだとすれば、さすがと言わざるおえない。

僕はこの姿から元に戻ることができなければ、アヴァロン王国でまともに生きていけない。

ちらりとミラを見ると両手で口を押さえ、わなわなと震えている。

神官である彼女には僕は悪魔そのものに見えるのだろう。

そうこうしているうちに視界の数字が三百を切る。

それにしても、こんな姿になっても抱きしめてくれる麗華や雪、イザールは優しいな。

そうそう、イザールは麗華や雪に続いて僕を戸惑いながらも抱きしめてくれた。この国の人間ならミラのような態度をとるのが当然なのに。


あれっ、僕がなかば諦めかけていたら視界の数字が泊まる。

目の前にステンノーがあらわれた。

「ここまでするかね」

ステンノーはそう言って、僕の顔を撫でる。

「僕はこのまま蛇になってしまうのか?」

僕は訊いた。

シャーシャーと唸るような声しかでない。

それでも不思議なことにステンノーには伝わった。

「呪いを解く方法はあるよ。君たちにも聞いてもらおうかな」

ステンノーは周囲を見渡す。


この時間が停止された空間に麗華、雪、イザールが召還された。

「えっ、ここどこなの……」

イザールはキョロキョロと周囲を見渡す。

「あなたはステンノーね」

麗華は言う。

雪は僕とステンノーを交互に見る。

「ということは何か解決のヒントをくれるのかしら」

さすがは七人の星たちセブンスターズの二人だ。冷静でしかも頭の回転も速い。


「いやあ、また関係者が増えてるね」

またステンノーは関係のところにイントネーションを強くする。

そうか、この魔女ステンノーの停止空間に来れるのは僕と肉体関係があるものだけなのか。

「さて、あまり時間がない。手短に説明するよ。飛天王ミカエラの血肉の呪いによって魔王子アモンに変えられた燐太郎をもとに戻すにはずばり処女の口づけだ」

ステンノーは三人を順番に見て、言う。

麗華、雪、イザールは黙っている。

ううっ、彼女たちは処女ではない。

それは僕が一番よく知っている。

「昔から言うだろう。魔法によって野獣にかえられた者を救うには清らかな処女の口づけだと。アルタイルの他の女性がまだ処女なら口づけしてもらって燐太郎をもとに戻してもらうんだね」

ステンノーは言う。

「たぶん、大丈夫だよ。君は手当たり次第に手をだしたわけじゃなさそうだしね」

小声で僕だけに聞こえるようにステンノーは言い、ウインクする。

「さあ、もう限界だ。時間をもとに戻すよ」

そう言い、ステンノーは姿を消し、また視界の数字が減っていく。



「どうやら燐太郎をもとに戻すには処女のキスが必要らしいの」

麗華が言う。


「なるほどね。昔から伝わる方法ですね。申し訳ありません。私は清らかでも処女でもありません」

アルファルドさんが頭を下げる。

大人の女性であるアルファルドさんならまあ、そうだろう。

となるとあとはミラかアヴィオールか。


僕たちはミラとアヴィオールを交互にみる。

その間にも視界の数字は減っていく。

ああ、二百をきってしまった。


ミラはガクガクと震えている。

「ごめんなさい。とてもじゃないけど、私にはそれはできません。神官である私が悪魔に口づけするなんて……」

ミラはそのかわいらしい顔を左右にふる。

やっぱりな、それがこの国の女性の当然の反応なんだろうな。

たとえば人助けのために自分の嫌いな虫や動物にキスをしろと言われてできるだろうか。

とくにミラは神官で教義やなんかでその行動はかなり制限されているはずだ。

だからこそ治癒の魔法を使えたりするのだろう。


「なんだ、そんなことでいいんだ」

アヴィオールが言い、僕の蛇となった顔を両手で挟んだ。ああっ、低温動物になってより理解できた。アヴィオールの手も温かく、気持ちいい。

「ご主人様、その姿もかわいいんだけど。アヴィオールが元にもどしてあげるね」

アヴィオールはそう言い、僕に顔を近づける。間近に見るアヴィオールの顔はぷにぷにしていてかわいらしい。これぞロリ顔の愛らしさだ。アヴィオールに比べれば雪なんかは大人びて見える。

唇をつきだし、僕の口に重ねる。

チュツという湿った音がした。

その瞬間、僕はもとの人間にもどっていた。

おおっ、ありがとうアヴィオール。

それに人間の唇で感じるアヴィオールの唇のなんと柔らかいことか。


「あ、ありがとうアヴィオール。でも、もう離れようね」

麗華がアヴィオールの体をひきはがす。

ああっなんか名残おしいな。

アヴィオールもどこか残念そうな顔をしている。

今度はご主人様が私を大人の竜にしてくださいね。

ひきはがされる瞬間、アヴィオールは耳元でささやいた。



職人の街ガラハットは魔王軍から解放されました。

因果の鎖が切り離され、絆の光に照らされました。

「ガラハットの街の解放者」「天使殺し」「乙女の口づけ」「ラピュタの城主」の称号を獲得しました。

おおっ、レベルもぐんぐんあがる。

僕のレベルは35となった。

相変わらず幸運の数値は半端なく上昇していく。魔力もかなりあがる。さすがに魔法使いの雪ほどではないけどね。


称号の特技スキルとしての利用枠が三つに増加しました。

メドゥーサの加護を持つものに一時的に称号を特技スキルとして貸し与えることができるようになりました。

さらに視界に文字が流れる。


やったぞ!!

この文字を信じるなら僕たちは二つ目の街の解放に成功したのだ。

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