第50話飛天王の最後

僕たちがその広間に入るとほぼ同時に逆側の大扉から瑞白元帥たちが入ってきた。

「ご無事でなにより」

僕の顔を見て、瑞白元帥はにこりと微笑む。

「無事で良かったわ」

と雪が言い、手を握る。

「怪我はなさそうね」

イザールは逆の手を握る。

二人の手は温かく、さわり心地抜群だ。

「ちょっと、二人とも敵が目の前にいるのよ」

麗華が注意し、二人を引き離す。

ああっもう少し、さわっていたかったな。


「こちらの方の治癒をお願いします」

アルファルドさんがエメラルダスの治療をミラに依頼する。

「これはかなりのダメージを受けていますね。わかりました。私は治癒に専念しますね」

ミラはそう言うと、大地母神ベラに祈りを捧げる。ミラの手のひらが淡く輝く。

苦悶の表情をしていたエメラルダスの顔が安らかなものになる。


「まさかあのロトの光さえも貴君らにきかぬとわな。これは人の力を見誤ったということか」

玉座から立ち上がり、その背中に羽を生やした人物はいう。

端正な顔立ちで、金色の長い髪がライオンを連想させる。

かつての古代ギリシャ人が着ていたような白い長布の服を着ている。

「ミカエラ様、この場はマリアにおまかせください」

マリアが両手でサラディンの戦斧を持ち、僕たちにむける。

やる気まんまんだな。

彼女の瞳からは殺意だけを感じる。

僕はどうしてここまで、羽柴マリアに憎まれるのだろうか。


「マリアちゃん、もうやめて。私たちが戦う理由がわからないよ」

雪が涙目で訴える。

「そうだ、マリア。降伏しろ、悪いようにはしない」

麗華が降伏を勧告する。

おとなしく降伏してくれそうにもないが。


「ふん、貴様ら和久の毒牙にかかったものたちの言うことなどきかぬ」

マリアが言う。

やっぱりな。

さらに殺気をこめた瞳で僕を見る。

美人なだけにその殺意満載の顔が怖い。


「マリア、君はここから去りなさい。生きて我らの仇をうってくれたまえ」

天使ミカエラはそう言うと背中の羽を一枚とり、マリアに投げつける。

ヒュッという風を切る音とともに羽は空をかけ、マリアの豊かな胸の前でとまる。

羽柴マリアの全身がまぶしい光におおわれる。

「ミカエラ様!!」

マリアの声が玉座の広間に響く。

その光と共に羽柴マリアは消えていった。


天使ミカエラはマリアを別の場所に転移させたようだ。

決着は先延ばしになったが、それでよかったと思う。どんな理由があれ、同級生とは戦いたくない。この問題は永遠に棚上げでいいと思う。


「貴君たちに問いたい。その者の本当の姿を知ってもまだ彼につき従うかね」

天使ミカエラは言う。

そのきれいな人差し指を僕にむける。

その者とは、きっと僕のことだろう。

なんだ?

本当の姿ってなんだ。

僕は僕じゃないか。


天使ミカエラはその指を自身の左胸にあてる。


「気をつけて、なにかしかけてくるわ」

雪が真剣な顔で注意をうながす。


「させぬ!!」

瑞白元帥が飛び出す。流れるような動作で抜刀し、天使ミカエラに肉薄する。


「やらせないわ」

アルファルドさんも長針剣ニードルを抜き放ち、床をかける。


だが、ミカエラの行動のほうがわずかに速い。

二人の切っ先が彼の肉体に届く前に、その指は胸の中に入り、驚くべきことをする。

胸から心臓を取り出したのだ。

どくどくとまだ脈打つそれをなんと握り潰してしまう。

心臓の肉片が周囲に舞い散り、天使ミカエラは血を噴水のように吹き上げ、床に倒れる。

そのわずかな肉片と血液が僕の頬まで飛んできて、濡らした。


彼は自殺した。


僕たちに囲まれて、もう駄目だと思ったのだろうか。

しかし、魔王を名乗るものがそう簡単に自殺などするものだろうか。

その天使ミカエラの血肉は僕の頬まで飛んできて、肌を赤くぬらす。

僕はそれを指でぬぐう。


「燐太郎!!」

どうしたんだ?

麗華が僕を見て叫んでいる。


「燐君!!」

雪が悲痛な悲鳴をあげる。


「燐さん!!」

イザールも驚愕の表情を浮かべている。


「キャアア!!」

ミラが僕を見て、ホラー映画の女優のような悲鳴をあげる。


みんなどうしたんだ。

あれ、視界がおかしいぞ。

だんだん下がってくる。

それに手足が動かない。

僕の視界は地面すれすれになる。

駆けよった麗華が僕の体を抱きしめる。

雪も駆け寄り、抱きしめてくれた。

ああっ、二人の体温は気持ちいいな。

あれっ、体が異様に冷たいような気がする。

それに手足の感覚は完全にない。

胴体だけが左右にもぞもぞと動かせる。

言葉を発しようとするが、言葉にできない。

ただ、シャアシャアと奇妙な声しか出せない。


僕はその大広間の壁にかけられていた鏡を見る。

そこには麗華と雪に抱きしめられている巨大な黒蛇が写っていた。


「魔王子アモン」の称号を獲得しました。

視界に文字が浮かぶ。

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