第36話 館の幽霊

 その館の中は薄暗く、湿り気をおびていて埃っぽかった。

 それは長らく、掃除などの手入れをしていないものと思われる。

 それにしては所々、床につもった埃が少ないところもある。

 掃除はされていないが誰かが出入りしているということか。

 だとすると幽霊よりも厄介なのかもしれない。

 浮浪者とかならまだしも盗賊なんかが勝手に住んでいたらかなり厄介だ。

 このメンバーなら大きな失敗をすることはないだろうが、やはり近接戦闘を得意とする麗華がいないのは心もとないのも事実だ。

 思えばずっと麗華と行動をともにしてきたのだ彼女がいないというだけでも妙に寂しいものだ。


「光よ」

 雪がパラケススの杖を頭上にかざす。

 その杖は一メートルほどの赤い木の杖で足の不自由な人が使うものではなく、かつての軍人がもつ指揮用の棒に近い。先端がややとがっていて、持ち手に五芒星が刻まれている。

 雪がそう唱えると彼女の頭上に拳大の光が灯る。

 魔法の光が僕たちの前方を照らす。

 これでかなり歩きやすくなる。

「ありがとう雪さん」

 僕は彼女に礼を言う。

「おやすいごようですよ。それに雪でいいですよ、燐君」

 と雪は言った。

 燐君か、そう呼ばれるのいつぶりだろうか。ずいぶん前にそう呼ばれていたような気がするな。


「このつくりなら、廊下をまっすぐすすむと大食堂か大広間につきますね」

 イザールが言う。

 館の作りはそれほど複雑ではない。

 長い廊下があり、左右に小部屋があり、つきあたりにイザールのいう大食堂なり大広間があると思われる。

 ならとりあえず、その食堂を目指してみるか。


 僕たちはゆっくりと警戒しつつ、その長い廊下を進む。僕の横に雪がならび、背後にイザールとアヴィオールが続く。

 イザールは念のため手に弓矢をもち臨戦態勢だ。


「あれ、この部屋だれかいるみたいですよ」

 途中の小部屋の扉をアヴィオールが指差す。

「そうですね、カタカタと何か聞こえますね」

 雪が扉に耳をあて、言う。

「中を見てみよう」

 なら確認しなくては。

 さて本当に幽霊がいるのか、はたまた別のものなのか。

 僕は慎重に扉をあける。

 どうやらその部屋は何かの物置のようだ。掃除道具なんかが雑におかれている。

「奥にだれかいるよ」

 アヴィオールが言う。

 雪の魔法の光が部屋を照らす。

 たしかに何者かの気配がする。

 僕は目をこらし、その部屋の奥を見る。

 うっすらとした影のようなものが動いている。


「誰かいるのか?」

 僕は聞く。

 そうするとその影はさらに奥に消えていった。

 僕たちはその影がいた場所を見る。

 そこは壁であったが子供ぐらいなら通れそうな穴が空いていた。


「どうやらここから別の部屋にいったみたいね」

 イザールが言う。


「幽霊さん、消えちゃったね」

 アヴィオールが残念そうだ。


「しかし、あれは幽霊というよりはなにか生物のような気配がしましたね」

 雪が頬に手をあて、言う。そういう仕草もかわいいな。

 僕も雪の意見に賛成だ。

 もしかすると幽霊ではなく、この屋敷を不法占拠しているなにものかもしれない。


 僕たちは部屋を出て、また突き当たりの大部屋を目指す。

 やはりこの屋敷には誰かいるような気がする。

 確信はないが気配のようなものを感じる。

 奥の部屋の前にたどりついた僕は、ライオンの頭の形をしたドアノブに手をかける。

 僕は雪とイザール、アヴィオールの顔を順番に見る。

 皆、声をださずに頷く。

 意をけっして僕はドアを開ける。

 さて、鬼がでるか蛇がでるか。



 ドアを開けた瞬間、ヒュンっという風を切る音がする。

 不可侵領域を自動発動します。

 僕の視界に文字が瞬時に並ぶ。

 不可侵領域の光の壁が矢を弾きかえした。

「光よ!!」

 雪がさらに部屋を魔法の光で照らす。


 そこには文字通りの鬼がいた。黒髪の長髪にすらりと背の高い女の鬼だ。

 その鬼の女は手に弓を持ち、こちらをねらい済ましている。

 女の鬼の角は一つだけだ。左の額にとがった角が生えている。

 僕はこの姿をした鬼を知っている。

 いつも妄想を書きつづったイラストにこんなキャラがいる。

 その名は鬼姫ロベルト高杉結。

 鬼族でありながら人間の男を愛してしまい、同族と戦うこととなる鬼の戦士だ。彼女は同族を裏切った罪によりもともと二本あった角の一つを折られるのだ。僕の設定では片角の鬼は鬼族の裏切り者として一生命を狙われるのだ。

 いくら自分の妄想とはいえかわいそうな設定にしてしまったな。

 目の前にいる片角の鬼女は僕がイラストにしたものとそっくりな姿をしている。

 僕の設定では彼女は弓だけでなく剣術も得意だ。

 とおもったら問答無用で襲ってきた。

 たしか彼女の愛刀は霧一文字。

 水属性の妖刀だ。


 ガツンと大きな音をたて、鬼姫の攻撃は僕の不可侵領域によってはじきかえされる。

 鬼姫はその秀麗な顔を疑問の色を浮かべる。

「これは心の壁の光では。もしやあなた様は我が君となられるかたですか」

 光の壁をみつめながら、その鬼姫は言った。

 彼女が僕の独自の登場人物オリジナルキャラなら僕がたしかに主といっても過言ではない。

「たぶん、そうだ」

 僕は答える。

「これは大変しつれいをいたしました。我が名はロベルト・高杉結ともうします。メドューサ殿の力によりこの世界で一時的に受肉したしだいでございます。主にたいして矢をむけた罪、どうかご容赦を」

 鬼姫結は深々と頭を下げた。


 どうやら彼女に敵意はないようだ。

「なに、この人燐さんの知り合いなのかい」

 イザールが言う。

「うん、そんなところかな」

 僕は答える。


「ねえねえ、鬼のお姉ちゃんどうしたの」

 そう言い、さらに奥から五人ほどの子供たちがあらわれた。

「奥にかくれていなさいっていったのに」

 鬼姫はその子供たちを優しくみつめる。

「我が君がこられたのなら、結の役目をこれでおわりでございます。この子たちは戦でみよりをなくした者たちでございます。縁あってわたくしがかくまっていましたが人化の魔力がそろそろ解けそうだったのです。勝手なことではございますがこの子たちのことをよろしくお願いします」

 そう言った直後、鬼姫結は淡い光につつまれ、どこへともなく消えてしまった。

 残ったのは彼女の姿が描かれた蛇の呪符スネイクカードだけであった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る