第35話 二枚目の蛇の呪符

 イザールが語るにはこのボードワン邸とおなじように主人を失った屋敷で幽霊が度々あらわれるのだという。

 その屋敷に次の買い手があらわれては幽霊騒ぎで辞退され、結局買い手がつかないという事態が何度も続いているのだという。

 幽霊という単語がでる度に麗華がその美貌を曇らせる。

 あれっ、もしかして麗華はその絶対無敵な能力を持っているのに幽霊が嫌いなのかな。


「それでさ、商人ギルドを通じて冒険者ギルドに依頼クエストがあったっていうわけさ。屋敷も家も誰も住むものがいないと痛んでいくいっぽうだからね。そのロベルト邸の幽霊を退治してくれっていうことなのさ」

 イザールは例の両手を頭の後ろで組むくせをしながら僕に説明した。


「いいよ。その幽霊退治、引き受けよう。本当に幽霊かどうかみきわめようじゃないか」

 僕はイザールに言った。

 麗華やミラたちと違って、僕はアヴィオールと蔵書を読んだりしてスローライフを送っていたので時間ならあるほうだ。それにこの異世界での幽霊というものを見てみたい。そう、それは単純な興味本意であった。

 僕が承諾すると麗華ははっきりと見てとれるほどの嫌な顔をした。


「あれ、どうしたの。もしかして麗華は幽霊がきらいなの」

 僕は麗華に言った。

「えっそうなの。まあ、今回はそれほど強い怪物とかでないと思うから麗華がいなくてもなんとかなるとおもうけどね」

 イザールがいう。


「こ、こ、怖いとかじゃないから。ちょっと新王国軍の訓練に疲れてるだけだから」

 麗華は言い訳めいたことをいう。どうやら本当に麗華は幽霊やお化けが苦手なようだ。相手が怪物モンスターなら眉ひとつ動かさずにぶった斬ることができるのに幽霊が苦手だとは不思議だ。


 僕は麗華の長身を抱き締める。身長差のため、顔がそのJカップロケットが顔にあたる。ああっやっぱり麗華のおっぱいは格別だ。これはまさに国宝といっていいだろう。麗華はいやがらず、僕の抱擁をうけとめる。

 僕は憧れの麗華と普通にこんなことをするようになっている。

 たしかにステンノーのいう通り、かなりの進歩だ。

「いいよ、麗華は疲れてるんだろう。今日は休みなよ」

 僕は彼女にいう。

 まあ、苦手なことは無理することはないだろう。

 でも幽霊が怖いなんて麗華にもこんなかわいいところがあるんだ。

「わ、わかったわ。燐太郎がそこまでいうなら、今日はもう休むわ。け、けっして幽霊が怖いんじゃないんだからね」

 ツンデレヒロインみたいなことを麗華は言った。


「なら、私がかわりに同行してもいいかしら」

 顔の前でちょこんと手をあげて、雪が言った。

「さっそく、私もアルタイルの役にたてそうね」

 また、うふふっとあのかわいい笑みを浮かべる。

 どうやら彼女の魅力はその笑顔にあるようだ。

 貧弱な体をおぎなってあまりある魅力だ。


「ご主人さま、私もいくよ」

 応接間にそう言い、入ってきたのはアヴィオールだった。

 ご主人さまを守るのは臣下の役目だからねと付け足した。

 アヴィオールはこの屋敷に住むようになってから、僕のことをご主人さまと呼ぶようになった。どうやらローレライの呪いを上書きしたためらしい。そう神官の資格を持つミラが言っていた

「それとね、これ見てよ」

 そう言い、アヴィオールはその丸くてかわいい手に一枚のカードが握られていた。それを僕に見せる。

 そのカードの背は三匹の蛇が複雑に絡んでいるものであった。


 これは蛇の呪符スネイクカードじゃないか。


「これってあのローレライを倒したときにご主人さまがつかっていたものよね。私、ご主人さまにご本を読んでもらおうと書庫を探してたらみつけたんだよ」

 自慢気にアヴィオールは言う。

 たしかにこれはおお手柄だ。

 僕はアヴィオールの頭をなでる。そうするとアヴィオールはみるからに嬉しそうな顔をした。


 僕はその蛇の呪符スネイクカードをひっくり返す。

 そこには鋼鉄の鎧を着た金髪の女騎士が描かれている。その下半身は鋼鉄のスカートで手には大剣クレイモアを持っている。

 これは僕の独自の登場人物オリジナルキャラである鋼鉄姫アイアンプリンセスアルマエル・ボードワンであった。

 アルマエルはベルサレム王国の国王ボードワン三世の妹で神聖軍を率い、砂漠の王国のファランギース姫と死闘を繰り広げるのである。

 くしくもこの屋敷の前の持ち主であるボードワン伯爵と同じ名前だ。

 金髪からもわかる通り、この鋼鉄姫アルマエルのモデルはもちろん麗華だ。



 僕たちはアルファルドさんが用意してくれた簡単な夕食をとるとその幽霊がでるというロベルト屋敷に向かうことにした。

 向かうのは僕と雪、イザール、アヴィオールの四名である。

 僕はオリオンにまたがり、雪が僕の後ろに乗る。

 雪はなにも言わずに僕の背にしがみつく。

 あれ、案外、雪の体温が肌につたわり心地よい。

 イザールはもう一匹の馬にのり、その後ろにはアヴィオールがまたがった。

 馬でゆっくりと歩き、おおよそ三十分ほどでその目的地であるロベルト邸に到着した。

 その屋敷は僕たちのボードワン邸に近いつくりであった。

 イザールの話ではこのようなつくりはアヴァロン王国ではオーソドックスな設計らしい。近世ヨーロッパの貴族の屋敷を連想させた。

 僕たちは庭の適当な木にオリオンたちをつなぎ、その屋敷に入ることにした。

 屋敷の中は暗く、静まり返っていた。

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