第25話囚われのドラゴン

漆黒の鱗は光苔のわずかな光でさえもその禍々しさがはっきりとわかった。

体長はおおよそ二メートル強。背中には羽のない翼が生えている。

前足は短く、その代わり後ろ足は強靭そうで一目でわかるほどかなりの筋肉がついていた。

その両手足の爪も凶悪で一本一本が名匠の刀剣のように鋭い。牙も鋭く、咬まれればひとたまりもないだろう。


やはりあれはドラゴンだ。それも飛竜ワイバーンではないかと思われる。だとするとこの狭い坑道ではその力のすべては発揮できないのではないか。

開けた土地でこそその能力を発揮できると思われる。しかし、油断していい相手ではないというのは明らかだ。


その飛竜がギャオウアとまた腹の底に響く唸り声をあげている。


「あ、あれは竜ですよ」

ごくりと生つばを飲み、ミラが僕の腕をつかむ。その様子を見て、麗華がチッと舌打ちする。ミラにしてもほぼ初めての戦いの相手がドラゴンだとは予想だにしなかっただろう。


飛竜アヴィオール。レベル68。

固有特技ユニークスキル飛翔、物理攻撃半減、炎の息ファイアブレスとある。竜といえばブレスか。当然のようにその能力を持っている。戦闘力、魔力は極めて高い。


僕がスキルを読みとっているとさっそくその黒き飛竜ワイバーンは目一杯顎をあける。その口に周囲の空気が吸い込まれていく。

くそっ、問答無用か。やつは僕たちをやる気まんまんだ。


「来る」

瑞白さんが短く忠告する。彼は刀の柄に手をあて、わずかに腰を落とす。その姿勢は陸上選手を連想させた。



「ミラ、イザールは僕の後ろに」

僕は言う。すでに瑞白さん、麗華、アルファルドさんは左右に飛び出していた。

僕はレオナルドの羽ペンを握り、不可侵領域を発動させる。瞬時に光の膜が広がり僕たちをつつむ。

一秒後に猛烈な火炎が僕たちを襲う。その炎は光の壁に防がれ、僕たちを焼くことはできなかった。ビリビリとした熱気だけはつたわり、その炎の凶悪さの片鱗をみせる。もし、この特技スキルがなかったら一瞬で消し炭となっていたかと思うとゾッとする。


「す、すごい。これは高位司祭ハイプリーストの使う絶対防御結界と同じもの」

ミラが感心して、光の壁を見つめる。僕の腕に思わずギュッと抱きつく。あっ、ちょっと柔らかい。それは麗華の超巨乳とはまた一味違うわずかなふくらみだ。これもいいものだな。

おっとミラのちっぱいに感心している場合ではない。

瑞白さんたちが刀を抜き、反撃を開始した。


まずは左に音もなくかけたアルファルドさんが長針剣ニードルをぬくと飛竜の左足に突きつける。第一撃はその鉄のような鱗によって弾かれる。

「ならば」

短く言い、第二擊を打ち出す。矢のような速さで打ち出された長針剣ニードルの先端がわずかな鱗の隙間を突く。長針剣が三分の一まで食い込み、すぐに抜き放たれる。長針剣によってできた小さな穴から鮮血が吹き上げる。つけた傷は小さいがダメージはかなりありそうだ。

飛竜はウガァァッと悲痛な悲鳴をあげる。


ほぼ同じタイミングで瑞白さんが右に回りこみ、抜刀術を繰り出す。飛竜の右脇下にもぐりこみ、斬擊をくりだす。

その動きにはまったく無駄というものがない。水が上から下に流れるようにスムーズだ。

僕は剣聖と呼ばれる瑞白さんの力の片鱗を見た。

刀は理想的な直線を描き、飛竜の鱗を切り裂き、中の肉が見える。そこから大量の血液が吹き出す。

瑞白さんは血にぬれることなく、僕たちの方に飛び退く。


すごい、僕たちアルタイルにとって強敵と思われたドラゴンも目ではない。


飛竜ワイバーンはまたもやグウァッと苦悶の声をあげ、首ががくりと落ちる。ぐったりと地面に伏せる。


「とどめだ‼️」

麗華が竜剣ジークフリードを上段に振り上げ、飛竜の首めがけてうち下ろそうとする。これで勝利は確実だ。麗華の一撃でその鱗におおわれた首は完全にはね飛ばされるであろう。


僕はその様子を固唾を飲んで見る。


あれっ、あの飛竜の首になにか文字が書かれているぞ。その文字はぐるぐるとまわっている。それを凝視して見る。

するとどうだろうか、その首の部分だけが拡大された。

そうか、オーディンの義眼にはこんな使い方もあるのか。


そこには「魔女王ローレライに従え。我に仇なす者を滅ばせ」と書かれている。


「待って‼️」

僕は思わず駆け出す。不可侵領域が解除される。僕は全力で駆けて、麗華に飛びつく。


「ちょ、燐太郎。危ないよ」

麗華はそう言い、つんのめりながらもバランスをとり、僕を抱き止める。うわっ、またあのJカップロケットおっぱいが僕の顔にあたってるや。ミラのちっぱいもよかったけどこれはやはり段違いだ。

竜剣ジークフリードが地面にカランと落ちる。


「たぶんだけどこの竜は操られてるようなんだ」

僕は言う。

「どういうこと?」

なぜか抱きついた僕を麗華は抱きしめる。


「いちゃついてるところ悪いけど確かに燐さんの言う通りこの飛竜の首に何か書かれているよ」

イザールが言う。きっとこれはドルイド語だよ。

「我に…従え…ごめん、難しい」

イザールが読もうとしたがあきらめる。


えっ、この言葉ってそんなに難しいの。僕には普通の日本語で書かれているように見えるけど。


「確かにこれは古代の僧侶ドルイドが用いた文字にちかいですね。かなり独創的アレンジされてますが……」

ミラが形のいい顎に手を当てる。


「魔女王ローレライに従え。我に仇なす者を滅ぼせ」

僕は言う。僕には使い慣れた言葉だ。


「えっ燐さん読めるの‼️」

イザールが感嘆の声をあげる。

「魔術学院の教授でも読めるのはわすがなのに騎士さま読めるんですね」

ミラが素直に感心する。

褒められなれていない僕は正直嬉しい。どことなく麗華も嬉しげだ。


僕は名残惜しいが麗華から離れて飛竜に歩み寄る。首にはその文字が首輪のようにぐるぐるとまわっている。

どうやら飛竜はこの文字によって僕たちを攻撃したのだろう。


飛竜の首をじっとみつめるとある言葉が視界に流れてきた。

呪言による制約を解除しますか?

という文字が視界に浮かんだ。

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