第3話 蛇の魔女の誘い

 その黒いワンピースの女性は赤い瞳で僕のことをじっと見ている。

 その瞳の色は血のようだ。

「あ、あなたは……」

 突如あらわれた人物に僕は混乱していた。


「僕はメドゥーサ。あなたのリビドーが擬人化した存在よ」

 にこりとメドゥーサを名乗る女性は笑う。

 唇の隙間から舌がチロチロと出入りしている。

 その舌の先端は二つに割れていた。

 それは蛇そのものだ。


 メドゥーサといえばギリシア神話で顔を見た者を石に変えてしまう魔物だ。

 だが、どうしたことか僕は石になったりしない。


「それはそうよ。僕は君と同じなのだから」

 またうふふっと微笑む。


「あなたあの女を自分のものにしたいのでしょう」

 メドゥーサは言う。

 きっとあの女とは鷹峰麗華のことだろう。

 僕にとって女性とはまず鷹峰麗華のことを指す。


 僕は首を下にさげる。

 そうすると、どういうことだろうか場面が一気に変化した。

 そこは近所の公園だった。

 背後にベンチがある。

「すわりましょうか」

 メドゥーサは言う。

 僕は彼女にいわれるがままにベンチに腰かける。

 メドゥーサはその小さな手にスケッチブックを持っていた。

 それは僕が愛用しているものだ。

 そこには僕が妄想のままに描きつづったイラストがある。

「なかなかうまいものね」

 メドゥーサはそう誉める。

 誉められると正直嬉しい。

 ある程度読むと、メドゥーサはそのスケッチブックを空に放り投げた。

 スケッチブックは空の彼方に消えていく。

 くそ、僕の大事なスケッチブックに何をするんだ。

「大丈夫よ、あの子たちには先にアヴァロンに行ってもらっただけだから」

 メドゥーサは言う。

 それはどういうことなのだろうか。

「さて、本題に入りましょうか。あなたはあの女が好きでたまらいのでしょう。妄想のはてに自分を慰めるほどに」

 メドゥーサは僕の顔を下から見上げる。

 どうして彼女は僕がそうしていることを知っているのだ。

「それはもちろん僕があなたのリビドーだからよ。君はあの鷹峰麗華とともに君の好きなゲームや小説、アニメの世界に行ってみたいと思わない」

 メドゥーサは話続ける。

 それはもちろん、僕が何度も妄想したことだ。

 僕はヒーローになって鷹峰麗華と共に冒険をし、最後に結ばれるという妄想とか空想は何度もしたことがある。

 現実は彼女と会話することもままならないというのに。

「僕なら君に好きな異世界に連れていってあげられるわよ。君はそこで冒険を繰り広げるのよ」

 メドゥーサはそう提案する。

「そんなこと、本当にできるのかよ」

 僕は言った。


 異世界に行き、現実では手にいれられない力を手に入れ冒険する。

 それは僕が幾度となく妄想したことだ。

 彼女はそれができるのだという。

 だとしたら、僕はその異世界というところにいってみたい。

 現実世界ではどうしようもない僕だけど異世界ならきっと違う自分になれるかもしれない。


「この七つの原罪を飲み込めばね」

 メドゥーサはそう言い、僕に両の手のひらを見せる。

 そこには小さな小さな七匹の黒蛇がうごめいていた。

 うっこれは正直気持ち悪い。

 こんなのを飲めというのか。

「そうよ。この子たちはいわばトリガーなのよ。あなたの能力をひきだすね。さあ、遠慮なく飲みなさい」

 そう言い、メドゥーサは僕の口に手のひらを近づける。

 そうするとどうだろうか、蛇たちは勝手に僕の口に入り、抵抗むなしく喉を通り、体の中に入っていった。

 その後、急激な痛みが全身を襲う。

 痛くて痛くて、体が動かない。

 どうにかうめくだけだ。

「さあ、異世界にいってらっしゃい。そして敬愛する鷹峰麗華を手にいれるのよ。君は僕だからね」

 そのメドゥーサの言葉を最後に僕の足元が光輝く。

 そこに複雑怪奇な魔法陣が刻まれていた。

 僕はその魔法陣に吸い込まれていった。



 気がつくと僕は石造りの部屋にいた。

 そこには数人の男女がいた。

「おいおいどういうことだよ、救国の騎士は七人じゃなかったのかよ」

 体格のいい男が言った。

 こいつのことは知っているラグビー部の本田正勝だ。

 あの七人の星たちセブンスターズの一人だ。

 ほかにも結城涼、羽柴マリア、渡辺蓮、石川咲夜、真田雪、そして憧れの鷹峰麗華がいた。

 鷹峰麗華はその長い手を伸ばし、うずくまっている僕に手を貸す。

 僕はその手を掴み、立ち上がる。

 ああ、初めてにぎる鷹峰麗華の手はなんてすべすべして気持ちいいんだ。

「少年、君もこっちに呼ばれたようだね」

 鷹峰麗華は言った。


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