桜舞い散る校庭で
栗鼠咲
第1話
ー桜舞い散る校庭で、僕は一時の恋をした
僕、
どれだけ此処にあるのか、それは木の立派さを見れば分かるもので、入学した時はこの桜に驚きを隠せなかった。
「赤城くん、じゃんけんによる平等な勝負の結果、貴方は園芸委員会へ所属されました!」
クラス役員決めの際に、運のなさを惜しみなく発揮して園芸委員に。
生活委員にならなかったのが唯一の救いだとは思ったものの、長期休みにも登校しないといけないと言う点では生活委員よりも過酷なのかもしれない。
「どうしてこんなに運がないんだろう...」
「お前の一つの才能じゃね?」
背後に座る森川君は僕を茶化すように言った。
それに反論しようにも言い方次第では認めざるを得ない。
「悲し過ぎる...」
結局その日、ずっと沈んだ気持ちのまま学校を終えた。
翌日、早速委員会がある為学校に残ることとなった。
殆どの人がジャンケンで負けたか本当に花が大好きな人で、やる気に満ち溢れた人と雑談しかしない人が1:5くらいの割合だ。
僕の性格上、仕事はしっかりとしたいから、と真面目に先生の話を聞いていた。
「園芸委員会と言っても、いくつか仕事の振り分けがある。2年生は緑化推進ポスターを描いたりしてもらう。で、1年生が学校の植物の世話。一応一年生は当番制にしようと思う。ただ、桜だけは少しやることが多くて2年通してやってもらいたいんだが」
先生は黙って挙手を催促する。
この学校の校歌にも登場するような立派な桜だ。
出来るだけ希望者にやってもらいたいのだろう。
お人よし、というのも自分に一番害を及ぼすもので、意識しない間に手を挙げていた。
「おっ、やる気があるのはいいことだな。よろしく、えっと赤城か」
「あ・・・。はい」
桜の木には虫が付きやすく、世話が大切だと用務員のおじさんが教えてくれる。
おじさんは芝刈り機で桜の周りの植木をそろえたり雑草をむしったりしながら、桜の世話をする僕に良くしてくれた。
その時によく合う生徒が一人。
園芸委員会ではないらしいけど、制服を着て桜の木の下でいつもスケッチをしている女の子がいた。
何年生か、とかそんなことをずかずかと聞ける性格でもない僕はその子の絵がひと段落してから桜の近くの雑草狩りを始める。
「おじさん、あの子って?」
「あぁ、今年の入学式の時にずっと桜の前に立ってたから俺の印象にも残ってるな。何しとるのかは知らんけど、まぁ、この桜に惚れてくれるのなら、ずっとコイツの世話をしてきた俺にとって嬉しい事この上ないわな」
「そうですよね」
桜が大好きな子、か。
今はもう花弁がほとんど落ちて葉が茂りかけている桜。
何という桜かと聞いてみたものの、「なんていったかな?」とおじさんも忘れているようだった。
ある日、いつも通り桜の周りの雑草取りをしていると、スケッチブックを持った女の子がこちらに歩いてきた。
おじさんは「もう慣れてきただろ」と言って中庭へ行ってしまっていて、桜の近くには僕しかいない。
「あの、すいません」
「えっ、あ、はい。なんですか?」
まさか声をかけられるとは思わず変な答え方をしてしまった。
「貴方が、桜係の方ですか?」
桜係、か。
確かにそうなのかもしれない。
「そうです。いつも、桜の木を絵に描いていますよね?」
「はい、どれだけ経っても変わらずに咲くこの桜は、それでもいつ見ても違いますよね。それが好きなんです、私は」
「そう、ですか」
当たり前の事ではあるのだが、改めて言われると何故だか新鮮な感じがする。
桜自体は僕もきれいだなぁ、とは思ったけれど、花がなくなってからも、花弁が落ちてからもきれいだと感じたことは、一度もなかった。
毛虫がいっぱいいる木、そんな感じしかしてはいなかった。
「あっ、ごめんなさい。お邪魔でしたね」
「いえいえ、そんな」
緊張して他人行儀な話し方になってしまい、女の子は校舎のほうへ帰って行ってしまった。
桜はそれからたくさんの葉を茂らせる。
夏休み。
集まって遊ぶような友達はいない僕は、ほぼ毎日学校に来ていた。
勉強をするためというわけでもなく、桜を世話する。
ただそれだけのために。
「おじさん、おはようございます」
「おぉ、君みたいに熱心な子は君が初めてだよ。どうしてもどんどん足が遠くなってくからね、今までの子は」
「一種の暇つぶし、いや、遊びに来てるって感じです」
「そうかい。いつ来ても相手してくれる友達が出来てよかったじゃないか」
面白そうに笑いながら麦わら帽子で僕を
汗が風で冷やされて気持ちがいい。
おじさんと話しながら桜の周りの掃除をしていると、いつもの女の子がやってきた。
セーラー服を着てスケッチブック、水彩絵の具をもって来る。
彼女は夏休みに入っても、いつも木の下で絵を描いていた。
「こんにちは」
「こんにちは、お疲れ様です」
「おぉ、君も来たかい。若い子たちの邪魔はできねぇわな」
面白そうに片手を振っておじさんはどこかへ行ってしまう。
夏休みに入ってもう二週間がたつ。
家にいてもやることが無いため、桜の木の下、木陰で宿題をしている。
「貴方も、この桜を好きに?」
「どちらかと言えば、愛着、ですかね。ずぅっと世話をしてると、友達になれたみたいな気がして」
「それは、いいですね。それなら私も友達になれたでしょうか」
「僕よりも長くこの桜の木に惚れているんです。絶対に友達ですよ」
「そう、ですか」
控えめに微笑みながら、女の子は鉛筆を滑らせる。
僕はシャープペンシルでワークを着実に埋めていく。
桜の葉がこすれる音を聞きながら、僕たちは夏休みを過ごした。
やがて夏休みが終わり、再び学校が始まる。
僕は運動が苦手のため運動部には入れない。
しかし何らかの部活に入る必要があったため、文芸部にいた。
そうは言っても文章を書くというのもそう得意なわけではなく、催促されれば何とか書く、という一時しのぎのような感じだ。
そして部活に出席しない分、桜の世話に精を出していた。
夏休みの前におじさんに「部活は大丈夫か?」と聞かれたため、どのみち運動もできないし、桜の世話をしながら日を浴びておきますよ、と部活にはいかない宣言をしておいた。
女の子も僕と同じなのか、僕が桜の世話をしていると知らない間に座って絵を描いている。
葉も落ちかけて、寂しい雰囲気を感じさせる桜。
その風景を、スケッチブックに写し取っていくのだ。
まるでその景色をそこに留めておくかのように。
そのころには僕は女の子としゃべれるようになっていた。
些細なことを話題にしたり、時には勉強を教えてもらったりと、仲も良くなれたと僕は思っている。
描いた絵を見せてくれたり、たまに書いている小説を読んで感想をくれたり。
桜の木の下は、一つの秘密基地にように感じる。
やがて冬になり、肌寒くなってきた。
今日は初めて女の子が桜の下に来なかった。
おじさんも見ていないと言って心配していた。
しかし僕はまだあの子の名前すら知らない。
不安でたまらなくなって、だけどどうしようもなくて。
心此処に在らず、という感じでその日を過ごした。
それから3日後、女の子は再び学校にやってきた。
風邪をひいていた、と言って心配かけてごめんなさいと頭を下げる女の子。
「やめて、いいよ謝らなくて。よかった」
「心配してくれて、ありがとうございます」
まだ風邪をひきずっているのかまだ顔が赤い。
僕もその子に久しぶりに会ったからか、心臓がドキドキしている。
自分は実は自分の気持ちに気付いていたのかもしれない。
それでも、その時は自分の気持ちに噓を
年は明けて再び春がやってきた。
桜の花は咲き乱れ、元気いっぱいに新学年を迎える僕たちを歓迎しているようだ。
冬の間もずっと一緒に桜の木の下にいた僕たちは、さらに仲良くなっていた。
それでも会うのは学校で。
一緒に絵をかいたり、勉強を教え合ったり。
時には桜の世話をしながら、去年とは違った一年を過ごす。
それでも補習などが増えて、会う事の出来る日は減ってしまった。
教室の窓から、桜の下で絵を描いている女の子を見てはため息を吐く。
そのころには自分が胸に秘めている感情を自覚し、それでも今の現状が壊れると思うと、怖かった。
会える回数が減るにつれて、その思いはどんどん大きくなっていく。
どうしての子はずっとあそこにいるのだろう。
補習は無いのだろうか。
そんな疑問を持ったりもした。
それでも、そんなものは関係ないことだと割り切って、スッキリしないままあっという間に一年が過ぎてしまった。
三年生になり、委員会の仕事で桜に近づくことはなくなった。
それでも用務員のおじさんの手伝いと称して桜の木に来ている。
ポケットには勉強用具を入れて、桜の世話をしながら絵を描く女の子と話をする。
学校で何があったか、どこの高校に行くのか。
他愛のないことも、話をしているだけで心が満たされる。
それでもその子に会えるのは週に二回程度になって、それでもなんとか時間を作って会いに来ていた。
そして受験が終わった2月。
僕はその子に告白をした。
名前も知らない桜の下にいつもいる女の子。
それでもずっと一緒にいて仲良くなれたと思う。
しかし、
「ごめんなさい」
帰ってきたのは、そんな一言だった。
僕をひどい喪失感が襲う。
この行動によって、僕はこの子に嫌われてしまったのか。
もしもそうだとしたら、僕は・・・。
しかし、女の子が次に発したのは意外な言葉。
「でも、卒業するまでだったら。いいよ」
悲しげな眼をして、スケッチブックに目を落としてそっとこちらに歩いてくる。
僕は今、どんな顔をしているのだろう。
付き合えてうれしいという喜び?
卒業までという短すぎる時間に対しての絶望?
否、言葉では言い表せないほどの何かだ。
何を、どう思えばいいのか分からない。
どうして、卒業まで?
「なんで、そこまでなの?」
「実はね、私は桜なのよ」
は?
訳が、分からない。
くだらないフィクションだろう?
そんな、そんなこと・・・。
気付いたら、家の前にいた。
家の前でただ立ち尽くす。
虚無、心の中が空っぽになって。
何も考えることが出来ずに自分の部屋に向かう。
そして布団の中で
それから一週間後。
ようやく学校に復帰した僕は、桜の下に立っていた。
まだ桜の目すらも出ていない、葉も付いていない桜を見てその子が訪れるのを待つ。
「こん、にちは」
「うん、こんにちは」
僕は女の子に顔を向けられないでいる。
一度見てしまうと、涙があふれてしまうような気がして。
どうせ叶わない恋なら、しなければよかった。
そう思ってしまうから。
女の子は、僕の手をそっと握る。
僕は震えている。
涙を、感情を堪えながら。
「卒業までの一か月。私は貴方の彼女でいてもいいですか?」
「・・・、駄目なんて・・・言いません・・・よ」
それでも、必死で笑顔を作り彼女に答えた。
どうせかなわない恋なのなら、出来るときに。
出来る間に、一生分の思い出を。
それから僕たちは、いろいろな事をした。
デートもしたし、自分が思いつくいろいろな事を。
そしてもう、卒業の日が来てしまった。
学校との別れの日。
桜との別れの日。
不思議と晴れた、僕の気持ちは女の子、桜の事でいっぱいだった。
この短時間で過ごした”彼女”との日々はぜったいに忘れない。
卒業式のあと、多くの人が桜を背景にして写真を撮っている。
人の波が消えてから桜に近づくと、女の子は現れた。
いつも通り、セーラー服を着て。
スケッチブックをもって。
「今日までありがとう、楽しかった」
「私も、です」
最後だというのに、話す話題が出てこない。
一体何と言えば良いのか。
どんな気持ちでいればいいのか。
「赤城、くん?」
初めて名前で呼んでくれた。
最後の日に、初めて。
「何?」
不格好な笑みを浮かべて答える僕。
きちんと笑えているのかは分からない。
唇を噛んで、必死で涙を抑える。
「これ、押し花。」
「押し花?」
「うん、ずっと一緒に居られるようにって」
「そっか・・・」
どうしてだろう。
やはり、未練が出てきてしまう。
やりたいことを全てやったはずなのに、それでも。
涙は、見せたくない・・・。
「ありがとう。大事にするよ」
「私を忘れないで。だけど、幸せになってね」
そんな事、絶対に無理だ。
そんなことを言われてもッ!
涙をこらえ、僕は桜に背を向けた。
一本桜の若い枝を折って手に持つ。
右手には桜の枝を一本。
そして押し花を。
左手に卒業証書を。
家に帰って、花瓶に枝を刺す。
押し花は財布にでも入れておこうか。
平常を装いながら、心では泣いていた。
悲しみを堪えることなど、出来はしなかった。
次の日、高校に行ってみた。
もう会えないと分かりながら。
未練がましいといわれても仕方がない。
それでも桜の下に来た。
「良かった、な。君は気持ちを伝えられて」
用務員のおじさんが声をかけて来た。
「桜の世話をしているときに、君が一人で話していてね。気が付いたんだよ、彼女と、会っているんだ、と」
おじさんは手を後ろに組んで桜を見上げる。
「俺もね、君と同じで彼女が好きだった。」
「名前も知らない、女の子」
「あの子は、まだ居たんだ。そう思えた」
おじさんも、僕と同じで・・・
「そう、僕も彼女が好きだった。でも、君とは違ってね」
「気持ちを伝えられなかったんだ」
おじさんは目に涙を溜めて僕を見る。
「君は、気持ちを伝えられた。それだけで、十分じゃないか?」
おじさんはそういって僕の肩をポンポンと叩き反対側へ歩いていく。
「僕は、恵まれていたんだ・・・」
すぅっと気持ちが軽くなる。
「幸せになってね、か・・・」
僕は精一杯の気持ちを一言の言葉に乗せて言った。
そっと。
力強く。
「君も、幸せになってね」
桜舞い散る校庭で、僕は一時の恋をしたー
桜舞い散る校庭で 栗鼠咲 @kurisosaki
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