第4話

 話の全てを聞き終わった私の中には、ただただ何とも言葉にはできない感情があった。私は友人の罪の告白を聞き、一体何を感じどうすればいいのかまったく分からない。


 だが私の頭には、いくつか疑問が残っている。

 それを残したまま立ち去る事はできない、私は一つ目の疑問を彼に伝えた。


「どうして今になって、菊池祥子の事件の話をしたかって?」


 友人は自分の頭を指差し、軽くとんとんと叩いて見せた。


「頭の病気なんだよ、色々な事を段々と忘れていくらしい。だから俺が何もかも分からなくなる前に、誰かにこの話をしたかったんだ」


 なぜか私はこの時、なんとなくだが友人はこの話を終え、私が帰ったあとに命を絶つような気がした。

 これといって確証はないが、やたらと小奇麗な部屋と自分の役割を終えたような笑顔がなんとなくそう思わせた。

 人殺しの十字架を背負ってまでも手に入れた菊池祥子との思い出、それを失うという事は彼にとって死にも等しい。


 だから何もかも忘れてしまう前に自ら命を絶つ、それはむしろ彼にとって救いなのだろう。


「だからお前に話せてほんとによかったよ、なんだかやっと自由になったような気がする」


 彼はそう言ってふふふと笑い、冷蔵庫からコーヒーの缶を二つ持ってきて、一つを私に手渡し、自分はそれを開け勢いよく飲み干した。


「俺もさあ、ずっと演じてきたんだよ。彼女を殺してから、ただの一般人を今日までずっとな。だから今ならもっと彼女の事が分かる、自分を偽って、何かを演じるって辛い事なんだって」


 そして私の中に残る疑問は一つだけになった。


 私は最後に残った疑問を友人にぶつけた。

 彼はまた小さく笑い、それに答えてくれた。



「じゃあ、気をつけて帰れよ」


 私はこの日友人の家に泊まるつもりだったが、さすがにあんな話をされた後では眠れそうになかったため、駅の方まで歩きどうにか夜を超すことにした。

 寂しい地域だったが、来る時に駅前でネットカフェやホテルを見た記憶がある。

 友人も私の気持ちを察したらしく、引き留める事無く私を送り出してくれた。


「今日は本当にありがとう、話せてよかったよ」


 そう言って笑う友人の顔は、どこか晴れやかで寂し気だった。

 私はまたいつか話そうと言ったが、それが実現しないのは私はもちろん友人も分かっているようだった。


 友人は私が階段を降り、見えなくなるまで二階から私を見送っていた。

 最後に軽く私が手を振ると、彼もそれに応えて手を振った。


 私はその姿を見て、学生時代を懐かしく思いながら友人と別れた。



 時刻はすでに一時を過ぎている、闇は来た時よりも深く濃くなっていた。

 雪もまだ降っており、道路にはうっすらと白い膜ができている。

 

 私は友人を告発する気にはならなかった。

 菊池祥子の死後、彼女の母は精神を病みそのまま死んだ。父親の方も今となっては行方知らず、となれば仮に友人を告発したとしても誰の益にもならないのだ。

 

 それよりも私は、彼の言葉が妙に引っかかっていた。


『お前も俺と同じだと思ったから』


 私の最後の問いに、彼はそう答えた。


 彼の言葉は、私の心に黒いシミをつくった。

 洗っても洗っても落ちない、黒々とした見ているものをどことなく不快にさせるような黒いシミを。


 一体何が同じだと言うのか、私と彼にどんな共通点があるというのだろうか。


 私が何かを演じているとでも言いたいのか。


 私は彼よりもずっと上手く生きているはずなのに。


 手に持っていた冷たいコーヒーは、私の手の温度を静かに奪っていた。

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