第7話

 人肉謝肉祭的な饗宴はしばらく続いた。高級夜族たちは世間話などせずに、もくもくと食べ続けた。

 コンパネ板に縛りつけられていた男の肉は、あらかた喰い尽されてしまった。ほぼ生きたまま食べたので、食卓が血の海となっている。

 一部始終を絶好の位置で見学していた紀美子隊員は、すでに大量のゲロを吐いていた。ついでに小便もダダ漏れだ。激しく泣きじゃくっていたが、あまりの衝撃で声がでていない。

 その隣で同じく最高の観客席を得ている倉之助隊長は、当然のようにゲロと小便をたれ流し、大量の下痢便まで噴出させていた。

「臭いなあ」

 背広を着た初老の男が、振り返って不快そうな顔をした。

「おい、こいつらを風呂場で洗ってこい。喰うのはそれからだ。それと女の胸の肉を切り落とせ。貧相なモノは見るに忍びない」  

「は、かしこまりました。切り落とした乳はどうしますか、僅かですから捨てますか」

「もったいない。挽肉にしてハンバーグにしたらいい。小さいのが二つはできるだろう」

「かしこまりました」

 どうやら倉之助隊長と紀美子隊員は、いったん風呂場に連れて行かれて、きれいに洗われたのちに喰われるようだ。そして、紀美子隊員の貧乳はあらかじめ切り落とされることが確定した。

「た、た、たいちょう、聞きましたか。私のオッパイ、切りとられてミンチにされるみたいですう。ハンバーグになって、美味しく頂いてもらえるみたいですう。私、ハンバーグって本で見ただけで、実際に食べたことないのに、私が食べられてしまうんですう。なんか、おかしくね」

 自らの悲劇を必死になって訴える紀美子隊員であったが、倉之助はそれどころではなかった。

「あいつ、いちおう死んでからチ〇コ切りとられていたな。つうことは、僕のも殺された後からか。生きているうちに切られるのはヤダなあ、絶対ヤダ。早く殺してもらうようにお願いしてみるかな」

 まさに家畜の懇願であった。生きたまま局部を切りとられたくはないと、ただそれのみを追求する態度だった。

「連れていけ」

 二人はコンパネ板に貼りつけられたたま、台車で運ばれていった。下痢便や小便をたれ流しているので、相当な悪臭がした。運び役の給仕がそのニオイに腹が立ったのか、廊下を歩きながら、ときおり蹴りを入れたり頭をポカポカと殴ったりした。

「このオヤジの糞、くっせえなあ。なに食ったらこんなになるんだ」

「女のゲロも臭いぞ。男みてえな乳のくせに」

 給仕たちは言葉の暴力もあびせていたが、もちろん二人に反抗する気力はなかった。倉之助隊長はアソコのことを気にしてブツブツとつぶやき、紀美子隊員は小便を垂れながら泣き続けていた。

 浴室にやってきた。もとはホテルの大浴場なのか、けっこうな広さがあった。また、ここで夜族による人間の解体が頻繁に行われているのだろう。床のあちこちに血溜まりのあとがあり、汚らしくも不気味であった。作業台には刃物類などが無造作に放置されていており、さながらスプラッター映画の最恐シーンを彷彿とさせていた。

「どっちから洗うか」

「糞オヤジのほうからだな」

 給仕たちは、まず倉之助隊長をコンパネ板ごと壁に立てかけた。隊長は「ナマンダブナマンダブ」と念仏を唱えている。

「そうらよっ」

「ほうらよっ」

 給仕たちはバケツに水を汲んで、それを叩きつけるようにあびせかけた。地下からの湧水を使っているのか、それは非情なまでの冷たさだった。

「ぶっひゃー、ちべたい、ちべたい、ぶっひゃー、たじゅけで」

 冷水を力のかぎりぶっかけられて、倉之助は呼吸もままならなかった。そして急激に腹が冷えたせいか、下痢が止まらなくなっていた。

「おいおい、洗えば洗うほど糞まみれになっていくぞ」

「どうなってんだ、このオッサンの体は」

「面白いからもっとやろうぜ」

 さんざん冷や水をぶっかけられた隊長は、真っ青な顔で喘いでいた。なさけないことに、このまま心臓が止まってほしいとひそかに願っていた。

「こっちのゲロ女もきれいにしてやろう。それっ」

「きゃっ」

 紀美子隊員にも遠慮なく冷や水がぶっかけられた。刺すような冷たさの水に、

「この女、顔はまあまあだけど、乳がガリガリで腹立つなあ。ぶっ叩いてやるか」

 給仕の一人が紀美子隊員の右胸をバシバシと叩いた。

「くそう、骨っぽくて手が痛え。おまえも、やれよ」

「よし」

 二人そろって張り手をする。よほど痛いのか紀美子隊員は泣き叫んでいた。

「お、叩いたら柔らかくなってきたんじゃないか」

「よし、切りとってしまおう」

 給仕が肉切り包丁を持ってきた。それを見た紀美子隊員の絶望が計り知れない。

「おい、いつまでかかってるんだ。奥様が待ちくたびれてるぞ」

 別の給仕がやってきて、早くしろと催促した。

「いま、この女の乳を切りとるところだよ」

「切りとったら、連れてくるのは女のほうだけでいいって。男はチ〇コとタマだけ持ってこいってさ」

 そう言うと、その給仕は戻ってしまった。

 倉之助隊長の絶望が計り知れない。

 すでに腸の中の不浄物は出しきっているので、奈落の底で落胆している肛門から出てくるのは、力のない屁でしかなかった。

「俺が両方の乳首を引っぱってるから、おまえ、バッサリ切れや」

「おおう」

 給仕の一人が紀美子隊員の両乳首をつまんで引っぱった。かろうじて円錐状に膨らんだそれらを、もう一人の給仕がぶった切ろうと肉切り包丁を振り上げた。

「オー、マイ、ガーッ」

 流暢な英語で紀美子隊員がつぶやいた。

 その時だった。

「な、なんだ」

「地面が揺れてるぞ」

 最初は小さな初期微動だった。

「地震か」

「ああ、でも小さいなあ。こんなのすぐにおさまるだろう」

 だが揺れは徐々に大きくなっていく。ものの数秒で立ってはいられないくらいの大揺れとなった。

 給仕の一人は、肉切り包丁を持ったままその場にしゃがみ込んだ。もう一人は倒れそうになっていたが、紀美子隊員の胸を両手でしっかりと掴んで、サーファーのようにかろうじてバランスを保っていた。

「わあ、わあ」

「痛い痛い」

 大人の男の全体重で引っぱられているのである。叩かれた時とは比較にならないほど強烈な痛みだった。

 天井から、メリメリと不吉な音と粉が落ちてきた。鉄筋コンクリート製の梁の部分にひびが入っていた。

 それは、ドカッと瞬間的に落ちてきた。

 コンクリートではなかった。天井に吊るされていた豪華な照明器具だ。鉄製の複雑な形状をしたもので、数十キロはあるだろう。コンクリート梁に数か所のアンカーを打ち込んで固定されていたが、大地震の揺れで緩んでしまったのだ。

 落ちてきたそれに直撃された給仕は、瞬時に潰れて絶命した。そのさいに紀美子隊員の乳首をつまんでいた両手は、鉄の外枠に切断されてしまった。

「あひゃあ」

 両手が乳首をつまんだまま、空中にぶらさがっていた。そのあまりの気色悪さに、紀美子隊員は胸を左右に揺らす。だが指はガッチリとつまんでいて放そうとはしない。

「あぎゃっ」

 床に這いつくばっていた給仕の頭上に、コンクリートの塊が落ちてきた。幸いにも彼の脳みそが飛び散ることはなかったが、衝撃は中のほうにまでしっかりと伝わっていた。

「んごー、んごー」

 頭から血を流し、大きなイビキをかきながら意識がとんでいた。脳を修復不可能なほど損傷した時の特徴的な症状であり、彼が現世に戻ることは二度とないだろう。

「わあああ」

 大揺れは、まだ続いていた。

 エロ本探索隊の二人はコンパネ板に貼りつけられているので、通常よりもバランスをとりづらかった。

「ぎゃ」

 まず初めに紀美子隊員がうつ伏せに倒れた。

「ほげっ」

 そして間をおかずに倉之助隊長も、やはりうつ伏せの状態で床に倒れ込んだ。勢いがよかったので、顔面を思いっきりぶつけてしまった。

 揺れは続いている。すでに一分を経過しており、地震としては異常な長さだ。

 天井や壁の材料が、次々と崩れ落ちてきた。タイルや大小のコンクリート片がほとんどで、見る間に瓦礫の山がうずたかく積もり、もの凄い埃で真っ白になった。

「うわあ、こりゃひでえなあ」

 さっき様子を見にやってきた給仕が現われた。ドアを開けたはいいが、中の酷さに呆然としている。

「食堂のみんなは避難したけど、ここの奴らはだめだな」

 もう一人、別の給仕もやってきた。

「あの糞まみれの食材はどうだ」

「これだけ瓦礫だらけになったら、もう食えんだろう。ヘタに出したら大奥様に叱られてしまう」

「だけど、どうする。まだ晩餐は途中だぞ」

「あのガキをだそう。もう用なしだから、いつでも食材にしてもいいって旦那様が言ってた。だから、いまだせばいいんだよ」

「そうだな。で、どうする。シメるか」

「いんや、生のままで皆様にまかせた方がいいだろう。とくに奥様は、子どもの活きのいい睾丸に齧りつくのが大好きだから」

「ハハハ、あのクソ生意気なガキ、生きたまま喰われるんだな。ザマミロだ」

 物騒な会話の後、二人の給仕は出ていった。

「紀美子くん、紀美子くん、元気してますか」

 倉之助隊長だった。

 彼はいま、大量の瓦礫の下にいる。亀の甲羅のように背負っていたコンパネ板が、落下物から彼を保護していた。上に圧し掛かっている瓦礫が軽いものばかりで、怪我をすることはなかった。

「紀美子くーん」

「なんですか~隊長~、いまいそがしいんですよ~」

「よかった、生きてたんだ」

 紀美子隊員も瓦礫の山の下にいた。隊長と同じく怪我はないようだ。

「もう、さんざんですよ。人生でこれほど最悪の日はありません。屈辱です。恥辱です。汚辱ですう」

 紀美子隊員はメソメソと泣いていた。

「まあでもなんだ、どうやら喰われずにすんだのだから、それはそれで幸運だったよ。やっぱり神さまはいるんだよ」

「なにいってんですか~、この状態で、どうやって脱出するんですか~。もう絶望しかないですよ~」

「元気をだそう。病は気からだよ。元気があればなんでもできちゃうんだよ。元気ですかー、はは」

 倉之助は能天気にギャグを飛ばした。 

「うるさいっ、おめえは糞臭えんだよっ」

 突然、紀美子隊員がキレた。

「・・・」

 瓦礫の底で隊長は言葉を失っていた。相手が激昂状態の時に安易な対応をすると、火に油を注ぐことになる。気弱な彼は沈黙するしかなかった。

「すみません。いまのは、そのう、本気じゃありません」

 霞のような声だった。紀美子隊員はすぐに反省した。

「ははは、なんのことかなあ。僕には聞こえなかったなあ」倉之助はとぼけてみせる。彼なりの気のつかいようであった。

 しばしの沈黙があった。部屋中に舞っていた埃が薄くなってきた。

「それで、どうやって逃げるんですか。隊長にはいいお考えがあるのでしょう」

「いい質問だねえ。まさにグッドタイミングだよ。じつはいま、妙案を思いついたんだ」

 瓦礫の小山から、威勢の良い声がわき上がってきた。

「え、本当ですか。ありがとうごさいます」

 紀美子隊員の声にも張りが戻ってきた。この瞬間ほど倉之助を頼もしいと思ったことはなかった。

「で、どうするのですか」

「少しずつ動くんだよ。ほら、身体を絶え間なく振動させたら、ちょっとは動くだろう。これをしばらく続ければ、いつかはドアのところまでたどり着けるんじゃないかな」

「・・・」

 倉之助はさっそく、腰のあたりをヘコヘコと動かした。しかし、コンパネ板に貼りつけられたうえに、瓦礫に埋もれている。いくら振動させようとも数センチしか動かなかった。ほとんど無駄で意味のない努力であった。

「クソが」

「え」

 隊長の不甲斐なさと頭の悪さに、思わず悪態をついてしまった紀美子隊員であった。

「おおーい、おっちゃんたちどうしたんだよ。いまの地震で潰れちまったのか」

 あの少年の声だ。

「あ、おま、よくも騙しやがったな。この恨み晴らさずにおくべきか。三つ子の怨念百歳の婆も忘れんぞ」

「あ、バカ」

 少年がやってきたということは、食材を調達に来た可能性が大きい。せっかく夜族たちに死んだと思われているのに、ここで健在ぶりをアピールしたら、今度こそ喰われてしまう。美子隊員はそう考えたが、隊長は、うかつにも主張してしまう単細胞男だった。

「子どもだと思って大目に見てきたが、今度ばかりはお仕置が必要だ。そうだなあ、なにがいいかなあ。ゲンコツは児童虐待になるし、かといって言葉だけじゃインパクトがないし。そうだ、宿題を山ほどだしてやるか。小学生にはちと早いが二次関数なんてどうだ。いや、これだけのことを仕出かしたんだ。もっとキツいものでなければな。うう~ん、だとすると代数幾何なんかどうだ。だいすうきか、大好きか、なんちゃって」

 この緊急事態時に、うすら寒いオヤジギャグをとばす隊長をぶっ飛ばしてやりたいと、紀美子隊員は切に願っていた。「このクソが」

「おっちゃん、ここにいるのか」

 少年は瓦礫の山から倉之助の位置をすぐに特定した。やる気があるモグラのようにかき分けると、コンパネ板を見つけた。それを引き起こして、近くの壁に立てかけた。非力そうな体格だったが、意外と力が強かった。

「いま助けてやるからよう」

「そ、それはありがたや」 

「隊長、そいつを信じてはダメですう。絶対に裏切りますから」

 紀美子隊員が瓦礫の底から叫んだ。

「今度は裏切らないから大丈夫だよ。俺、あいつらに喰われかけたんだ。あんだけつくしたのに、あったまきたんだよ」

 少年は夜族たちに喰われかけたが、寸前のところで逃げだしてきたと言った。

「おっちゃんたちを逃がしてやるから、俺も連れて行ってくれよ。な、な」

「隊長、ダメですよ。そんなやつは、わたしたちの家には入れませんからね」

「ああ、うん。そうだな」

 紀美子隊員の口調は厳しかった。倉之助隊長も連れて行く気はないようだ。

「そういうわけだ。助けてもらえるのはうれしいけど、一緒には行けないよ。とりあえず、逃がしてくれる礼だけはするよ。ありがとう」

 申し訳なさそうに言うが、それを受けた少年の態度は不遜だった。

「ああ、そうかいな。そんじゃあ、夜族の人たちを呼んでくるかなあ。まだここで美味しそうなお肉がいきてますよー、ってな。みんなでよってたかって喰ってくださいって言おうかなあ」

「わ、わ、わ、ちょちょ、待って、待ってよう。そういう意味じゃないんだよ。とりあえず、落ち着いて話しをしようか」

 隊長は必死になってなだめようとした。

「俺を連れていってくれるんだったら助けてやるんだけどなあ。残念だなあ。ちなみに貧乳のお姉ちゃんは、アソコから熱々に焼けた棒をつっ込まれて、子袋をジュージューと焼かれるんだよ。そうすると、モツ焼きが美味くなるんだってさ」

「わあわあ、イヤだあ。そんなの、ぜったいにイヤっ。オエー」

 その光景を想像してしまった紀美子隊員は、小便を洩らしながらまたもやゲロを吐きだしていた。顏と床がほぼくっ付いているので、そのゲロに溺れかけてしまう。「げっほげほ」

「うん、わかった。君の言う通りにしよう。ちょうど若者がいなくて困ってたんだよ。婆さんもきっと喜んでくれるさ。手を叩いて喜んでくれるよ、うんうん」

 隊長は少年を連れて行くことを約束した。それ以外、助かる道はないと悟ったのだ。

「貧乳の姉ちゃんは」

「大賛成ですう。みんなで帰りましょう。すぐに帰りましょう。とっとと帰りましょう。てへ」

 エロ本探索隊と少年との取引が成立した。

「よし、そんじゃあ、助けてやるか」

 少年は紀美子隊員のもとへ行き、やはり熟達したモグラのように瓦礫をかき分けた。そしてコンパネ板を引き起こすと、そのまま引きずって倉之助のとなりに立てかけた。

「なんだよ、姉ちゃん。乳から手が生えてるぞ」

「とれないのよう、これ」

 切断された給仕の両手は、紀美子隊員の乳首をしぶとくつまみ続けていた。かなりの重量で引っ張られているが、胸の大きさはさほど変わっていない。

「とにかく助かったよ。早くこの板から外してくれないか。そんで、みんなですぐに逃げよう」

「そうしましょう」

 二人は、ホッとしていた。生きたまま喰われる、そして解体される恐怖から解放された。クソもゲロもすべて吐き出してしまい、心身ともに疲れ果てている。一刻も早く、安全な場所へ退避したいと切望していた。

「な~んて、ウソだ、ぴょ~ん」

 突然のカミングアウトであった。少年はさも嬉しそうに跳ね回っている。わけがわからず、二人とも「?」となっていた。

「ハハハハ、♪ マンチョぐりぐり、マンチョぐりぐり、もつ焼きだよ~ん ♪」

 少年は、紀美子隊員のアソコに訪れるであろう悲惨を楽しそうに歌う。二人の前で珍妙なステップをして、自分の尻を叩いて屁をあびせかけた。

 ブヒッ。

「バーカ、おめえらを逃がすわけねえじゃん。俺が喰われてしまうわ。代わりを連れていいかないと俺が喰われてしまうってことさ。ひょっとしたら生きてんじゃないかと思ってここに来たけど、大正解だっちゃ。あははははは」

 なんと、少年は再び騙したのである。しかもおもしろおかしく、二人をからかい愚弄しながらのペテンであった。

「オー、マイ、ガッ」

 紀美子隊員の頭の中は真っ黒になった。絶望のあまり、白目をむいてまた小便を洩らし始めた。そして、どこにこれほどの尿を隠していたのかと思えるほどの量をたれ流すのだった。

「おまー、汚いぞ。キサマー、それでも人間かー。そんなことをして恥ずかしくないのかー。それでも帝国海軍軍人かー。気合を入れてやる、歯あ食いしばれ」

 気弱な倉之助隊長も、さすがに激高していた。彼の人生で、これほど怒ったことはなかっただろう。

「ほよよ、ほよよ、ほよよんよん」

 だがしかし、少年のふざけきった態度はとどまることを知らない。古代エジプトで流行っていたような踊りをしたかと思うと、いきなり倉之助の陰茎を掴んで「びろーんびろーん」と喚きながら引き伸ばした。さらに紀美子隊員の胸にくっ付いている給仕の手を、引っぱって弄んだ。

「うう、屈辱ですう」 

 紀美子隊員の涙が止まらない。切実に死にたいと思っていた。

「あ、あれ、あれ。なんだよ、また地震か」

 またもや揺れ始めた。さっきの地震の余震であった。

「おお、さっきよりもデカいんじゃね」

「あっ」少年が見上げた直後だった。

 天井から、なにか黒くて大きな物体が落ちてきた。ガシャーンと派手な音をして、それは瞬時に彼を叩き潰した。

 度重なる大地震で、なんと上の階の床が抜けて、そこにあったグランドピアノが落ちてきたのだ。

「あぶなかったなあ」

 壁に立てかけられていた倉之助は、間一髪で巻き込まれなかった。あと数センチ前に出ていたら、少年以上に悲惨なことになっていただろう。隣にいる紀美子隊員も無事である。

「夜族には喰われなかったが、ピアノに喰われたな」

 そうつぶやいた倉之助は、我ながら格好いいセリフだと思った。

「隊長~、うまいこと言ってる場合じゃないですよ。わたしたちはどうなるんですか。このままだったら、夜族たちに見つかってしまいますよ」 

「あ、そうだった」

 少年が死んだのはいいが、二人は相変わらず磔のままで、自由ということにはほど遠いものがあった。

「てか、また揺れてるぞ。しつこいなもう、あっちいけよ」

 余震はそう簡単に追い払えるものではない。しかもその力強さは、いささかも衰えることがなかった。

「揺れてますよ、隊長。すんごく揺れてますけど。これ、一番大きいんじゃないですか」

 地震の揺れに合わせて、紀美子隊員の乳首をつまむ腕も、ぶら~んぶら~んと揺れていた。

「これは、建物が壊れるくらいの揺れだな、あひゃあ」

「うきゃあ」

 二人のコンパネ板が寄りかかっていた壁が、突然崩壊した。ただ幸運だったのは、内側に崩れたのではなく、外側に倒れるように壊れた。

 その壁の向こうは外である。本来ならばコンパネ板ごと土の地面へと倒れるはずだったが、そうはならなかった。

「うんひゃあああ」

「あやややややや」

 二人は滑り落ちていた。どうしたことか、地震でホテルの裏側にある斜面が地滑りを起こしてしまった。そして、ちょうどそこに面していた壁が倒壊したのだ。急角度な斜面を、二人のコンパネ板は頭を下にした状態のまま滑り落ちていた。

「たたたたた、たいちょうー」

「ななななな、なんだー」

 本来なら、崩された樹木や礫や岩などによって粉々にされているはずなのだが、運のいいことに斜面はやわらかな砂の層が大半だった。したがってコンパネ板は、その砂の海の波に乗るサーフィンのように無事に滑り落ちていた。

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